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夏休みに入ると、俺と矢崎は、予定が合う日は、図書館で一緒に勉強することにしていた。どちらも、1人でやっていると、集中力が切れやすいタイプなので、お互いに声をかけ合いつつやっている方が勉強が捗った。でも、集中力が切れるタイミングが一緒だとダラダラと喋ってしまうこともあったので、その時は思い切って、外に出ていつものファストフード店で休憩を入れるようにしていた。その日も3時間ほど勉強したあと、同じタイミングで集中力が切れたので、いつものファストフード店に向かった。
「明日のライブ楽しみだなー。やっと林がベース弾いてるところ観られる。」
今回のライブが、俺が組んでいるバンドで参加する最後のライブだった。以前から矢崎に演奏しているところが観たいと言われてたので、招待したのだった。
「後ろでひっそりと弾いてるだけだから、あんまり期待しないでね。それと、矢崎1人でいたらきっとナンパされちゃうから、朝陽さんのそばから離れないでね。治安悪い人もいるところだから。」
矢崎が観にきてくれるのは嬉しかったけど、彼女の容姿なら、誰かと一緒じゃないと100%ナンパされそうだった。矢崎に嫌な思いをさせるのは避けたかったので、今も市内で働きながら、バンド活動をしていて、明日は観客として来る予定の朝陽さんに、付き添いをお願いしたのだ。彼は俺が信用できる数少ない大人の1人だった。
朝陽さんは俺からのお願いに驚きつつ、
「なるほどねー。大事な”友達”なんだね、その、矢崎さんって子は。」
そう言って了承してくれた。
ライブ当日、俺たちの出番の30分ほど前に、矢崎から待ち合わせ場所で朝陽さんと合流できたとメッセージが送られてきた。
“朝陽さんに会えたよ、今から向かいます、頑張ってね!”
俺はメッセージを見た後、もう一度気合いを入れ直した。
出番になってステージに出ると、最前列に矢崎と朝陽さんがいた。彼女は俺を見て驚いていた。
俺は文化祭の時に着ていたジャケットと矢崎が作ってくれた帽子を被っていた。
矢崎は、驚いた後、嬉しそうに笑顔でこちらを見ていて、俺も矢崎を笑顔で見つめ返した。
演奏は無事に終わり、矢崎は見ていて、手が痛くなってるんじゃないかと思うほど、たくさん拍手してくれた。片付けが終わり、打ち上げまで時間が空いたので、俺は矢崎と朝陽さんの元に向かった。
「林!お疲れ様!すごかったー、カッコよかったよ、誘ってくれてありがとう!」
彼女は満面の笑みで声をかけてくれた。
「楽しんでもらえたなら良かった、こちらこそ、来てくれてありがとう。」
「あと、びっくりしたよ!マッドハッターの衣装だったから。本当に着てくれると思わなかったからニヤニヤしちゃった。嬉しかった。」
「よくできてたから、文化祭だけじゃもったいないなって思ってて。サプライズで。」
俺と矢崎のやりとりを微笑ましそうに見ていた朝陽さんは、
「じゃあ、俺そろそろ会場戻るから。夜遅いし、海斗、矢崎さんを家まで送るでしょ?もしなんかあったら、みんなに俺から伝えとくから、送ってきな。」
そう言ってライブハウスに戻って行ったので、俺は矢崎を家まで送ることにした。
「林、ベース弾いてる時、楽しそうだった。観られて良かったよ。」
「ありがとう。あのメンバーでやるのは今日で最後だったからね。もう、楽しんでやろうって話してたんだ。」
俺が大学に進学予定なのと、来年から社会人になるメンバーがいるので、ライブを最後の活動にすることを以前から決めていたのだ。
「そっかぁ...もう、ベースはやらないの?せっかくだから、それこそプロ目指そうとか。」
「うーん。プロになるのってすごい難しいから、そこまで頑張れる気がしなかったんだよね。それに、ベースが好きだからこそ、仕事にすると、弾くことがしんどい気持ちになる日が来ちゃいそうで怖いなって思って。もちろん、趣味として、これからもやっていく予定だよ。長く続けられたらいいなって。」
もしかしたら、矢崎は俺がベーシストになるという夢を持っていたけど、諦めたと思ったのかもしれない。でも、俺は、長い人生で、ずっとベースをやって行きたかった。
それに、俺には別の夢があった。
「そっか。林がそう思ってるなら良かった。もし夢を諦めかけてるなら応援しようかと思ってたけど、そうじゃないんだね。」
矢崎はそう言って笑っていた。
「...俺、建築学科目指してるじゃん。理由までは詳しく話してなかったと思うんだけど、バンド活動でK市にある市民ホールで演奏したことあって、そこのホールがすごいかっこいいデザインで、一目惚れしたというか。あんな建物を作ってみたいって思ったんだよね。」
初めて行った時、田舎にあるにしてはあまりにも洗練されたデザインの市民ホールでとても驚いたのだった。
俺は矢崎にそのホールの写真を見せた。
「すごい!確かにかっこいい!なるほどねー。でもそこまで都会にあるわけじゃない市民ホールが、なんでこんなにオシャレなんだろう。」
「このホールをデザインした建築家が、K市出身で、地元愛が強いから、他にもK市の建物のデザインをやってるらしい。だから市役所とかもオシャレなんだよ。他にも同じ市内にその人がデザインした建物が何ヶ所かあるから、全部見たいんだけど、まだ見られてないんだよね。この人のデザイン好きだから、この人が通っていた東京の大学に行きたくて。」
市民ホールで演奏をしてからしばらくして、この事実を知ったので、他の施設は回れてなかった。K市はS市から特急列車で50分ほどかかる立地なので、気軽にいくことも難しく、実行できていない。
「へぇー...私も見てみたいな。」
市民ホールの写真を見つめたまま矢崎が話した。
「...せっかく夏休みだし、今度一緒に行く?小旅行みたいな感じで。」
こんな建物を作るために、建築学科を目指すのだと勉強のモチベーションを上げるためにも、夏休みを利用して、建物を見にいこうと思っていた。1人で行くつもりだったけど、矢崎と一緒に行けるなら、楽しいだろう。そう思って誘うと、矢崎はとても嬉しそうに、誘いに乗ってくれた。
「え!行きたい!それに私K市で行ってみたいカフェあったんだー、そこも行こうよ!」
こうして、2人でK市に行くことが決まった。
矢崎を家まで送った後、俺は打ち上げに合流した。
「矢崎さん、良い子だねー。ニコニコしててノリもいいから、話してて楽しかったよ。」
朝陽さんの隣に座ると、すぐに矢崎の話をされた。
「いいやつなんで。矢崎は。」
「しかも、可愛い。あれはモテるでしょー。」
「そうですね。いつも大変そうです。」
淡々と答える俺の様子を朝陽さんはよく見ていた。朝陽さんも、陽介と同じで、俺が話そうとしないことをあえて聞こうとはせず、見守るタイプだった。その代わり俺が話したくなった時は、しっかりと聞いてくれた。
その対応が俺としてはありがたかった。
「...海斗にとって、ものすごーく大切なお友達はのはよく分かった。」
しばらく俺の様子を窺っていた朝陽さんは、軽く笑った。
「はい、大切な、友達です。」
そう答えた俺の目を、朝陽さんは、まっすぐに見た。
「...後悔しない?」
その質問に、俺は答えることができなかった。
文化祭以降、矢崎と一緒にいると、ときどき驚くほど、胸が苦しくなる時があった。
彼女とはなんでも話せて、素の自分でいられて、話していると楽しくて、何時間でも話せて。
たぶん、今、彼女の家族以外で、彼女と1番長く一緒にいる人間は俺で、こんなにそばにいることができて、すごく幸せなのに。
...それ以上を望んでいけないことは、分かっていたはずなのに。
それ以上を望まないから、矢崎は俺と一緒に居てくれるのに。
打ち上げの喧騒の中で、俺はひたすらそんなことを考えてしまっていた。




