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文化祭期間中、陽介は本当に頑張って山下さんとの距離を縮めていた。
陽介を見て、顔を赤らめながら、目を逸らす山下さんを見た時は、思わず矢崎と目配せし合って、喜んだ。
後夜祭で、矢崎と俺は別行動を取り、彼らを2人っきりにしてあげた。廊下を歩きながら、陽介と山下さんの仲が深まったことを感慨深く話していると、廊下の向こう側から、友井さんたちが歩いてくるのが見えた。
俺が彼女を家の近くまで送った日以降、特に彼女からのアクションはなく、美化委員会でも避けられている感じがしたので、嫌われたのだろうとは思っていた。悪い噂を広められたら面倒だなとは思っていたけど、あの人と仲良くなるのも嫌だったので、それも仕方ないと割り切っていた。
ふと、矢崎を見ると、彼女は顔を顰めていた。
嫌な予感がした。もしかして、彼女に何かされたのだろうか。
「...ちょっとここ入ろうか。」
俺は心配になって、矢崎と一緒に、ちょうど通りかかったところにあった教室に入った。中には誰もいなかった。
「もしかして、友井さん達に何か言われたの?」
俺が聞くと、矢崎はどう話そうか迷っているようだった。
「えーっと、直接何か言われたわけじゃないんだけど、昨日、投票に行った時に、あの子達が投票会場にいて、私が近くにいることに気づかないで、私のことをよく思ってないんだなーって話をしてて、気まずくて。」
矢崎はそう言って、苦笑いしていた。
俺が友井さんの気持ちを逆撫でるよう対応をしたせいで、矢崎に対して、より、攻撃的になってしまったんじゃないだろうか。俺が考え込んでいると、彼女は心配になったのか、
「あー、でも、その場から離れた後に、一緒にいた真理子ちゃんが、あの子達のこと、バッサリ切ってくれてスッキリしたから大丈夫。深刻そうな顔しちゃってごめんね。」
そう言って笑っていたけど、無理しているように見えて、俺は胸が痛くなった。
「…ごめん。俺が、もうちょっと向こうの気分を害さないように言えれば良かったんだけど、色々あって上手く立ち回れなかった。だから俺のせいだ。本当にごめん。」
そう言って頭を下げると、
「いいよ。大丈夫。たぶん、どんな言い方しても、文句言う人はいるし。気にしないで。」
嫌な思いをしたはずなのに、俺に責任を感じさせないために、平気なふりをする矢崎を見るのが、いたたまれなかった。
「矢崎は、何も悪いことしてないのに。むしろ、あの子と俺の間を取り持ってあげようとしたのに。ひどいと思う。」
矢崎の悪口を言うなんて、友井さん達の逆恨みだ。
「…ありがとう。でも、大丈夫だよ。ほら、私、悲しいことに、異性関係で女の子から悪口言われるの。割と慣れてるからさ。」
前にも話してたけど、今までも、こういうことがあったのか。その度にどれだけ、矢崎は傷ついてきんだろう。
「...矢崎、無理してない?誰だって悪口言われたら傷つくでしょ。...俺の前で誤魔化さなくても良いから。嫌なことは、嫌だって言って良いから。」
せめて俺の前では、思っていることを話して欲しかった。少しでも矢崎の気持ちを楽にしてあげたかったのだ。
彼女は黙っていたけど、しばらくして、深呼吸をしてから、口を開いた。
「…慣れてはいるけど…林の言うとおり、理不尽だなって思う。自分の思い通りにならないのを私のせいにされるのはね。男に愛想振りまいてるとか、思わせぶりだとか、言われてね。言わせてもらうけど、私は男女関係なく、誰にでも愛想良くしてるんだよ。空気を壊さないために。私なりの処世術なの。私がどんな態度でいても、関係ないじゃんって思う。…私は自分がしたいように行動するのもダメなのかって。
私、声かけられる割に、誰とも付き合わないから…裏では遊んでるんじゃないかとかね。胸が大きいのも遊んでるからだろうとか。…本当呆れるよね。ゲスい目でしかみられてないんだなって思って、虚しくなる。私の見た目ばっかり見て、判断されるのは…悲しい。」
こんな目に合っても、今までずっと、彼女は無理して笑ってきたんだ。
周りが望む”矢崎琴音”でいるために。
でも、俺と一緒の時くらい、そんなことを気にしないでほしい。
「…矢崎は怒っていいよ。だって、矢崎は悪くないから。そんなこと言ってくるやつらが最低だから。ムカつくことがあれば、俺に言ってよ。一緒に怒るから。」
俺がそう言うと、矢崎は一瞬泣きそうな表情を見せた後に、ゆっくりと笑顔になった。
「…ありがとう。ムカつくことがあればすぐ言う。…林もムカつくことがあったら、言ってね。一緒に怒ろう。我慢せず。」
まだぎこちないけど、さっきよりは、自然な笑顔を見せてくれたので、俺はほっとした。
文化祭が無事に終わり、打ち上げも大いに盛り上がった。二次会で行ったカラオケで歌う矢崎の姿はとても楽しそうだった。
いつも、こんなふうに笑ってほしい。
そう思いながら彼女のことを見ていた。
カラオケのトイレから部屋に戻るために廊下を歩いていると、
「おお、林じゃん。いいところにいた。」
後ろから声をかけられた。振り返るとそこに杉谷がいた。彼とは1年生の時に同じクラスだったけど、体育会系のノリで、周囲をいじるタイプで、俺にも色々と言ってきたので、あまり良い印象を持っていなかった。
そんなに仲良くもなかったのに、なんでわざわざ俺に話しかけてきたんだろう。
そう思いつつ、俺はいつもの営業スマイルで返事した。
「お疲れ様、打ち上げ?」
「そんな感じ、バスケ部の奴らで集まってる。」
「そうなんだー、じゃあ、俺戻るから、」
そう言って、部屋に戻ろうとすると、
「待てよ、ちょうど良かった。林に聞きたいことあったんだよ。」
そう言ってきて、ニヤッと笑った。
「林、お前、矢崎と付き合ってんの?正直に言えよー。」
それが聞きたかったのか。
杉谷みたいなタイプは、多分女子にもデリカリーのない発言するだろうけど、そんな相手にも矢崎は笑顔で対応するんだろうな。
そんなことを思いつつ、早く話を終わらせたかった俺は、愛想笑いで対応した。
「どんな噂聞いたか知らないけど、付き合ってないよ。友達だから。」
そう言い、話を終わらせて歩き出そうとした。
すると杉谷は俺の腕を掴み、いやらしい笑みを崩さずに、続けた。
「えー、友達ってどういう友達?もしかしてセフレ?おっぱいくらい触ってるだろー。」
...こいつ、何言ってるんだ?
失礼だし、気持ち悪い。
何より、矢崎のことを馬鹿にしてる。
彼女が、性的な目で見られることをどれだけ苦痛に思っているのか分からないのか。
いや、分かろうともしないんだろうな。
お前みたいやゲスなやつは。
頭に一気に血が上ったのが分かった。
許さない。
「...お前、今なんて言った?」
自分でも驚くほど低い声が出た。
俺が睨みつけると、ニヤニヤしていた杉谷は、明らかに焦り出した。
そんな顔をしても、もう遅い。
「そんなゲスいこと言われて、相手がどんな気持ちになるかとか想像できないのか。お前、終わってんな。」
俺は杉谷を壁際に追いやった。俺がこんなに怒るとは思っていたかったのだろう。彼が狼狽えているのが分かった。
「...いや、冗談だって。」
冗談だと?笑わせるな。
言っていいことと悪いことの区別もつかないのか。
「謝れ。矢崎に。俺にも。ふざけんなよ。」
友井さんに悪口を言われ、それでも無理して笑っていた矢崎を思い出した。彼女を傷つける奴を俺は絶対に許さない。
「林、いいよ。もう。」
振り返ると、矢崎がいた。さっきの杉谷の発言を、絶対に彼女には聞かせたくなかったけど、その表情を見て、聞いてしまったのだと悟った。
「私に謝らなくて良いから。だって、さっきのが本心なんでしょ?謝られたところで上辺の言葉だって分かるし。それに、謝られたら、許さないと、こっちが悪者になっちゃう。...私は絶対に許したくないから。もう2度と話しかけてこないで。林、行こう。」
俺は矢崎と一緒にその場を離れ、そのままカラオケも出た。
夜道を歩いている間、矢崎は黙ったままだった。きっと傷ついたんだろう。
「...矢崎、聞こえてた?全部。」
「...セフレとかのくだりでしょ?聞こえた。気持ち悪かった。」
やっぱり聞いていたか。杉谷のことは絶対に許さないとして、俺はもう、矢崎に無理してほしくなかった。
「...怒って良いよ、矢崎。いくらでも。俺もムカついたから。」
すると矢崎は、深呼吸をしてから、声を上げた。
「あーーキモいキモいキモい!!ゲスな目で見んな!!好きで胸が大きいわけじゃないわ!好きで男ウケする顔なんじゃないわ!何も知らないくせに...私と林のことをそんな目で見んな!!私が、やっと見つけた、大事な友達を、バカにすんな!!私と林の関係は、お前みたいなヤツには理解できないんだよ!!ふざけんじゃねーーーー!!あんなヤツ大っ嫌い!!」
自分が言われたことだけじゃなく、俺との関係性をバカにされたことも悔しかったのか。
そう思ってくれて嬉しかった。
今度は俺が叫んだ。
「マジで気持ち悪いからな!あいつ!こっちが穏便に済ませようとしたら、調子に乗りやがって!何言っても怒らないやつと思ってんじゃねーよ!舐めんなマジで!!あーー殴ってやりたかったー!!ちょっと凄んだだけであんなにビビるなら絡んでくんじゃねーよ!」
込み上げていた怒りを口にすることで、少しは気持ちが楽になった気がした。
矢崎も同じように、少しでも、辛い気持ちが和らいでいることを願った。
「...でも、手を出したら林が悪いことになっちゃうから、そうならなくてよかった。あんなヤツのために、林が停学とかになったら、嫌だもん。
怒ってくれてありがとう。おかげさまで私も怒れた。すごい腹が立ったし、気持ち悪かったけど、林が怒ってくれたのが、嬉しかった。」
俺が怒ったことが少しでも矢崎の気持ちを楽にしたなら良かったけど、やっぱり、彼女は辛そうだった。
「どうしてもさ、私、胸大きいし、やらしい目で見られるのは、悲しいけど多いからさ。」
その言葉で、どれだけ杉谷の言葉に矢崎が傷ついたのかわかった。あんなやつらの悪意でこれ以上彼女に傷ついてほしくなかった。
俺は、深呼吸をしてから口を開いた。
「...あいつらは、バカだよ。矢崎の良さを全然分かってない。矢崎の顔とか、体とか、表面的なところばっかり見て。
矢崎は誰とでも仲よく話せて、自分のためにも、誰かのために一生懸命になれて、背中を押せて、集団の中でどう立ち回れば良いか、いつも考えてて気遣いができて、自分にないものを持っている人に嫉妬したりしない。たくさん素敵なところがあるのに、そういうところを一切分からないなんて、絶対バカ。」
そこまで話してから、改めて俺は矢崎を見つめた。
「矢崎が、どんな体つきしてようが...胸が大きかろうが小さかろうが、どんな顔をしていようが、矢崎が素敵な人なことは、絶対変わらないよ。俺は矢崎と仲良くなれて本当に良かったと思ってる。いつもありがとう。」
俺は心の底から矢崎に感謝している。
矢崎は俺に救われたと言っていたけど、俺の方こそ救われていたんだ。
俺の言葉を聞いた彼女の瞳は、みるみるうちに真っ赤になり、大粒の涙が溢れていた。
「...ありがとう...。私の方こそ、仲良くなってくれて、庇ってくれてありがとう。林は私の、本当に、本当に大事な友達。大好き。」
俺も大好きだと言いたくなった。
でも、口に出したら、俺の中で何かに気づいてしまいそうで、その気持ちをグッと堪えた。
「こちらこそ本当にありがとう。...背中さすって大丈夫?」
泣き続ける矢崎を慰めたくて、聞くと、何度も頷いていた。
「泣きな、泣きな。泣いてスッキリしな。」
そう言ってしばらくさすっていると、矢崎は泣き止んだ。
「ありがとう。スッキリした。感謝です。」
目は腫れてたけど、矢崎の言う通り、表情は晴れやかだった。
その顔を見て、ほっとした。
このまま帰るのは、あまりにも寂しい気がしたので、俺は海で花火をしようと提案した。
矢崎はすぐに賛成してくれて、2人でコンビニに向かい花火を買った後、海へ行った。
2人で笑いながら、たくさんの花火をやった。
笑顔で楽しそうにはしゃぐ矢崎の姿を見て、俺は、嬉しくて、幸せで、少しだけ胸が痛くなった。
この胸の痛みの原因が何なのかを自覚したら、俺は矢崎と一緒にいられなくなる。
俺は、少しでも長く、彼女と一緒にいたいと思った。




