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体育館で行灯製作を続けていると、リーダーの高野を含めた中心メンバー数人がざわつき始めた。しばらく話し合っていたかと思うと、高野が口を開いた。
「皆、悪いんだけど、ちょっと今やってる作業、止めてもらっていい?」
俺たちは言われた通り、大人しくその場で待機した。
「うーん。なんだろう。トラブルかな?」
「どうしたんだろうね。」
陽介と話していると、高野が神妙な顔つきで話し始めた。
「皆、本当に申し訳ないんだけど、設計図に不備が見つかったから、今修正してます。もしかしたから、今日作った分まで一旦壊して作り直すかもしれないです。本当にごめん。あと少し待っててください。」
そう話す高野は、可哀想になるくらい沈痛な表情をしていた。このタイミングでやり直しになる可能性に、少し重い空気が流れたけど、しばらくして、高野が修正案を提示してきて、今日までの成果の半分ほどはそのまま使えることが分かり、みんながホッとしたのが分かった。
「これで、完成できるので、あとはひたすら作りましょう。ちょっと作業が遅れちゃったので、今夜近くのファミレスで続きの作業してくれる人募集します。」
矢崎が寝る間も惜しんで衣装を作っている姿が思い浮かび、俺も、文化祭のためにできることは頑張ろうと言う気持ちになったので、手を挙げた。
その夜ファミレスで有志が集まり作業していると、店員から、食事以外の行動は遠慮してほしいと注意されたので、進捗状況はほとんど変わらなかったけど、リーダーの高野が先陣を切って誰よりも頑張ってたので、現場の士気は高かった。
翌朝、また矢崎の荷物を持つために、
“明日も朝、迎えに行こうか?荷物あるでしょ?”
とメッセージを送ると、
“ありがとう。でも、ミシンは学校に置いておくことにしたから、大丈夫だよ。林も今日遅くまで作業しただろうから、明日は直接学校で会おう。おやすみなさい。”
そう返信が来た。
明日も学校で会えるけど、一緒に学校に行けないことを残念に思ってしまった。
どんだけ矢崎と一緒にいたいんだよ、俺。
そう思って苦笑いしてしまった。
翌朝、教室に入り、荷物を置いていると、矢崎がやってきた。少し話してから、
「ちゃんと寝た?昨日教室ですごいぐっすり寝てたから。」
俺がそう切り出すと、矢崎はバツが悪そうに笑っていた。
「いびきかいてなかったかが心配。本当に気絶したくらいの勢いで寝たから、自分でびっくりした。貸してくれたタオル、今日洗ってもらってるから、明日には返すね。あと、クッキーもありがとう。メッセージもすごい嬉しかった。おかげで頑張れた。」
そう言われ、一瞬、矢崎の寝顔を思い出してしまった。
なんか、ダメだな最近。
矢崎はサイズを直したというマッドハッターの帽子を取り出して、渡してきた。被ると、緩みはなく、俺の頭のサイズにぴったりだった。
「すごい。ぴったり。矢崎ありがとう。本当にお疲れ様。」
俺は、鏡に映る帽子を被った自分の姿を見ながら、彼女にお礼を伝えた。他の作業と並行して、俺の帽子も直してくれたことに頭が下がる思いだった。
その日も黙々と行灯製作の作業を続けた。期限までに完成するのか、ギリギリのラインだったけど、高野は今まで以上にテキパキと指示を出してくれたので、作業はスムーズに進んだ。俺と陽介は喋るのも忘れて、一生懸命作業して、その1日はあっという間に終わった。
翌日も黙々と作業を続けていると、矢崎と山下さんが行灯の様子を見にきた。山下さんと久しぶりに会えて、明らかに陽介は嬉しそうだったけど、そこでまさかの事態が起きた。5組の浪川拓実が山下さんに親しげに話しかけてきたのだ。明らかに山下さんのことを好きそうな挙動に、陽介は驚き、頭を抱えていた。
やっぱり彼は山下さんと関係を深めることをあまりにも悠長に考えすぎていた。
見かねた矢崎は、陽介を昇降口まで呼び出して、注意し始めた。
「だから!言ったじゃん!あずにゃんのこと好きな人、他にも出てくると思うよって。笹井は油断しすぎ。ただでさえ、受験対策に行かなくなって、一緒に過ごす時間減ってたんでしょ?普段教室で話してるところも見なかったし。あずにゃんと約束したからってダンス頑張るのは良いけど、それに集中してる間に、あずにゃんに彼氏できちゃったら意味ないじゃん。きっと、彼氏は別の男のダンスする姿なんて見せないだろうし。」
矢崎にありとあらゆるダメ出しをされた陽介は、落ち込み、狼狽えていた。けれど矢崎は、根気強く陽介にアドバイスしていた。
大前提として、山下さんヘの好意を、行動と態度で示すこと。
前夜祭で仮装した山下さんをちゃんと褒めること。
文化祭を一緒に回ること。
矢崎の懇切丁寧な説明を受けて、陽介は、初めはへこんでいたけれど、戸惑いながらも徐々に前向きな表情になっているのが分かった。
その後、陽介がトイレに寄るというので、俺は矢崎と2人で体育館に向かって歩き始めた。
「いやー、さっきの矢崎すごかった。もう、あれはぐうの音も出ないわ。」
「私が散々言ってたのに、あずにゃんのことを放っておいていた笹井が悪い。あれくらい言わないと分からないかなと思って。」
山下さんのことをとても大事に思っている矢崎が、ここまで陽介のために動いていることが正直意外だった。俺は陽介が山下さんに、一途に片思いをしている様子をずっと見ているから、彼に肩入れしたくなるけど、矢崎にしてみれば、山下さんにとって一番良い相手が本当に陽介なのかは分からないんじゃないだろうか。
もちろん、自分が作った衣装が評価されて、仮装部門で優勝したいという気持ちはあるだろうけど、まるで、陽介に可愛いと言わせるために、山下さんの衣装作りやヘアメイクを頑張ると宣言する行動力はどこから湧いてくるのだろう。
俺だったら、誰かのためにそこまで頑張れるだろうか。菜穂さん以外の。
「でも、あそこまで陽介にアドバイスして、応援してくれるとは思わなかった。」
俺が自分の正直な感想を伝えると、矢崎は少し考えてから口を開いた。
「…私は、あずにゃんが幸せであればいいんだけど…。笹井は、林の友達だからね。友達の友達は応援したいなって。林が良い人なんだから、その友達の笹井も良い人なんだろうなって思うし。」
そうか、自惚れた言い方になるけど、俺のためでもあるのか。
これほどまでに俺のことを、評価して、寝不足になりながら、こんなに頑張ってくれたんだ。教室で眠っていた矢崎の寝顔がまた頭に浮かんだ。彼女への感謝と、愛おしく思う気持ちが湧いてきて、俺は笑顔になっていただろう。
「それなら、陽介はもっと俺に感謝しなきゃいけないなー。」
思わずそう言ってしまった。
前夜祭当日、ギリギリまで作業が続いたが、なんとか無事に行灯は完成した。作業が全て終わった後、リーダーの高野は込みあげるものがあったのか、少し泣いていた。俺と陽介も、散々働いたので、終わった瞬間はとてつもない解放感だった。
「いやー、無事終わって良かった。正直ヒヤヒヤしたよ。」
そう言って陽介は伸びをしていた。
「本当だねー。陽介もお疲れ様。頑張ったから、完成度は結構いい線いってるんじゃない?」
「海斗もずっと働いてたじゃん。お疲れ様。」
そう話しながらお互いを労い合っていたけど、いつまでも解放感に浸っている訳にはいかない。すぐに仮装に着替えなければ、行灯行列に間に合わないのだ。陽介は、配られたトランプ兵の仮装に、俺は、自前のオレンジ色のジャケットに着替え、矢崎からもらっていたマッドハッターの帽子を被った。矢崎が布選びからこだわってくれたおかげで、ジャケットと帽子はまるで、元々同じ衣装一式だったように見え、別々の行程で作られた物には見えなかった。矢崎の頑張りを感じて、鏡に映る自分の姿を見ながら、再び彼女に感謝した。
そのタイミングで、矢崎と山下さんが俺たちのところへやってきた。おそらく前日陽介に口酸っぱく言っていた”山下さんの仮装を褒める”というミッションをさせるために、わざわざ足を運んできてくれたのだろう。ここまで協力してもらえることに、陽介は感謝すべきだ。
矢崎の宣言通り、アリス姿の山下さんはとても可愛かった。普段の真面目そうな雰囲気とはがらりと変わっていて、絵本の中から飛び出してきたようなクオリティの高さだった。周囲が彼女を見てざわついているのがよく分かった。
「えー!めっちゃ似合ってる!可愛いね、山下さん!いつもと全然雰囲気が違う。」
俺はすぐに彼女を褒めた。こんなに可愛くなっているんだから、褒め言葉なんていくらでも出てきた。そして矢崎もハートの女王姿がとても似合っていた。衣装は手作りとは思えないほどクオリティが高く、多分、山下さんを引き立てるために、あえてきつい感じのメイクをしているのだろう。自分の仮装姿の完成度を高めながら、可愛いアリスを引き立てていて、心底すごいなと思った。
そのまま山下さんと矢崎と3人で話していたが、陽介が会話に入ってくることはなく、頭を抱えたまま何も言わなかった。山下さんのあまりの変わりように驚いたのは分かるけど、昨日あれだけ矢崎に念押しされておいて、何も言わないのはさすがにまずいだろう。山下さんはキョトンとしたままだったけど、矢崎の表情は明らかに曇っていくのが分かった。これはダメだ。
結局矢崎は呆れたようにため息をついて、山下さんを連れて帰ってしまった。このチャンスを逃すのは大きなミスだ。
「...せっかく矢崎が連れて来てくれたのに、これは陽介が悪いな。うん。」
「いや!あれは!反則でしょ!可愛すぎるって...心臓止まるかと思った。」
陽介は反論していたけど、例え驚いたとしても、あまりにも長い時間、驚きすぎだと思った。
「昨日、矢崎が言ってたじゃん。可愛くするからねって。心構えしておかなきゃダメだよ。油断しすぎ。」
矢崎は俺のためも思って、ここまで協力してくれてるのだから、陽介にはなんとか頑張って欲しかったのに、これは良くない。矢崎ががっかりしている様子が分かって、俺も残念だった。




