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待ち合わせのコンビニに入ると、まだ矢崎は来ていなかったので、雑誌コーナーで立ち読みして待っていた。すると、数分後に彼女がやってきた。
「お待たせ。大丈夫だったの?」
矢崎が不安げに質問してきた。友井さんとどんなやりとりをしたかを話すと、矢崎の悪口を言っていたことを説明することになる。詳細は伏せることにした。
「うん。まぁ、大丈夫なんじゃない?それに、俺、誰と仲良くするかは、自分で決めたいしね。」
俺がそう言うと、矢崎は、ホッとしたような表情を見せてくれた。これから何をするか2人で話した結果、飲み物を買って、海に見に行くことにした。歩いて30分ほどで到着した海は、天気が良いので、キラキラと水面が輝いていて、とてもキレイだった。
堤防に腰掛けながら、しばらく話していると、矢崎は真剣な表情になり、しばらく黙ってから、口を開いた。
「あのさ、急だけど...ちょっと、重い話しても大丈夫?今まで、誰にも話したことないんだけど、林には話したくて。」
誰にも話したことがない、大事な話をする相手に、俺を選んでくれたことが嬉しかった。俺は、矢崎の目を見て応えた。
「俺でよければ、どうぞ。話して。」
矢崎は、自分が恋愛感情、性的欲求を感じない人間なのだと話した。
普段、学生生活を送っていると、世の中の人全てが、異性愛者である様な感覚に陥るけど、そうではない。この世には様々なセクシュアリティの人達がいる。俺がそのことを知ることができたのは、バンド活動を通じて、色々な人と出会ったからだった。そして、その中の1人から、世の中には、他者に恋愛感情も性的欲求もほとんど、あるいは、まったく抱かない指向の人もいると教えてもらった。きっと矢崎はそのタイプなのだろう。
そして、矢崎がそのことを自覚したのは、かつて、断り切れずに付き合った男子に襲われたからだと言っていた。俺は彼女のことを傷つけ、トラウマを植え付けた、顔も見たことのない、そいつに腹が立った。
矢崎はモテるし、性的欲求を向けられることも多かったのだろう、そのたびに彼女が複雑な思いを抱き、傷ついてきたと思うと、胸が痛んだ。そして、こんな大事な話を俺にしてくれて、信用してくれていることが嬉しかった。
俺は矢崎の味方でいよう。そう思った。
「林はさ、私に対してそういう目線で見てないなって思ったから、話しちゃった。私の勘違いだったら申し訳ないけど。」
矢崎の言うとおり、俺は彼女のことを恋愛対象として見ないようにしていた。それは、まだ、今でも菜穂さんのことを引きずっていたからだ。もう会えないかもしれないのに心のどこかでいつも彼女のことを思っていた。
恐らく、自分以外の好きな人がいる男子には、安心して接することができるのだろう。
矢崎が陽介に当りが強いことにも納得した。
「...なんか、ごめんね、急にこんな話して。迷惑だったらごめん。」
俺が黙ったままでいるのが心配になったのか、矢崎は不安そうな表情をしていた。
俺にできることは、寄り添うことだ。
「...大変だったね。矢崎。話してくれてありがとう。」
俺がそう言うと、矢崎は泣き出してしまった。彼女の涙に驚き、俺は急いでポケットの中からティッシュを取り出して渡した。どうしよう、背中をさすって慰めたいけど、急に触ったら、トラウマを思い出させて、怯えさせてしまうかもしれない。
「えーっと、あくまで友達として、矢崎を慰めるために、背中をさすりたいんだけど大丈夫?触られるのが嫌だったら言ってね。」
そう聞くと、矢崎は何度も頷いた。大丈夫ということなのだろう。俺は彼女の背中をさすりながら話しかけた。
「嫌な経験したね。大変だったね。自分が望んでいない気持ちを、誰かから向けられるって、しんどいよね。」
矢崎はずっと泣いていた。
「俺は、矢崎のこと大事な友達だって思ってる。今のまま、仲の良い友達として、付き合っていきたいと思ってる。だから安心してほしい。」
思っていることを伝えると、矢崎は顔を上げた。
「ありがとう、林。これからも友達でいてくれるのが嬉しい。」
まだ泣いていたけれど、彼女は笑顔を見せてくれた。俺はそのまま背中をさすり続けた。
しばらくして泣き止んだ矢崎は、どこかスッキリした様子だった。
「あー、良かった。本当に。話を聞いてくれてありがとう。すごい感謝してる。」
そう、お礼を言ってきた。俺としては、そこまでたいしたことはしていない気がしていたので、少しこそばゆかったけれど、彼女の笑顔を見ると、話せたことで気持ちが楽になったのかもしれない。良かった。
「どういたしまして。同じ”地球の人”だからさ。俺は。役に立てて良かったよ。」
そう話しながら、俺も自分の話をしたい気持ちになってきた。誰にも話したことのない、菜穂さんとのことを。ずっと心の中に秘めていたけど、本当は、誰かに話せる日を待っていたのかもしれない。
そして、話す相手は矢崎な気がしていた。
俺は少し緊張しながら、切り出した。
「良かったら、俺も自分の話してもいい?」
俺がそう言うと、矢崎は、大きく頷いた。
「うん。私の話ばっかりしてるのは、申し訳ないし、林の話、聞きたい。」
林は深呼吸して、話し始めた。
「俺ね、ずっと、好きというか、忘れられない人がいるの。なんか、もはや、執着なのかなって思うけど。
その人と初めて会ったのは中学生の頃で、バンドやってた先輩の友達みたいな人だったんだけど...ものすごい自由で、何考えてるか分からなくて、でも、俺のこと一目見て、”ずっと笑って誤魔化してきたんでしょ”って言われて、見透かされたなって思って。そこから、付き合えたかと思ったら、そうじゃなかったり。連絡が途絶えたと思ったら、たまに連絡が来て、のこのこ俺が会いに行って...。どうせあの人は、またどこかに行っちゃうから、虚しくなるんだけどね。結局、連絡待ってる。」
今までの経緯を話すと、自分がいかに愚かな恋をしているのかが分かる。
でも矢崎は真剣に聞いてくれた。茶化したり、引いたりせずに聞いてくれるのが嬉しかった。今まで誰にも言えなかった話ができる人がいる幸せを噛みしめていた。
「俺のこと好きって言ってくれる人がいても、すぐその人のことが頭によぎるから、たぶん、その人に囚われてる限り、俺、無理なんだよね、誰かと付き合うの。」
全てを話し終えると、矢崎は心配そうな表情で俺を見つめていた。
「...私は恋愛感情って分からないけど、分かるのも大変なんだよね、皆。林も。...せっかく林が、自分のこと話してくれたのに、上手いこと言えなくて本当にごめん。」
俺にとっては、話を聞いてくれるだけで充分だった。
「...いいんだよ。聞いてくれるだけで。なんていうか...救われるから。」
そう言うと、矢崎は少しだけ笑顔を見せてくれた。
お互いに他の人には言えない話をしたことで、矢崎とは今まで以上に仲が深まった気がした。
「2人でいる時間が楽しいんだから、周りの目を気にして一緒に居ないのって勿体ないよね。」
「俺もそう思う。もうさ、2人で楽しく過ごそう。」
そう言って、笑い合った。
こうして俺たちは放課後を一緒に過ごすことが多くなった。美化委員会の仕事がある、週に2日は、ほぼ必ず、一緒にダラダラ喋りながら、勉強するようになった。色々な話をしたけれど、陽介と山下さんの話をすることが多かった。
この頃、陽介は、プロのダンサーになるために、東京の大会に出ることを決めていた。
「今まで、ずっと無理だって、自分で決めつけてたけど、山下のおかげで決心がついた。山下には本当に感謝しかない。俺、絶対頑張るわ。」
そう話す陽介の表情は明るかった。
目標に向かって頑張ることは、とても素晴らしいけれど、ダンスの練習に励み、今まで唯一の山下さんとの時間だった受験対策に参加しなくなったことで、彼女と話す機会は失われていそうだった。恐らく、陽介は、自分が大会で優勝して、山下さんが、受験に合格できたら、告白するつもりなのだろう。でも、その予定だと、思いを告げるのは大分先になりそうだった。
矢崎はこの状況に異議を唱えたいようだった。
「正直、そんなにあずにゃんのこと放っておいていいのかって思うけどね。AO入試終わるの1月末だし、あずにゃんのことだから大丈夫だと思うけど、もしニ次試験も受けることになったら...2、3月までかかるし。」
もうすぐ、各クラスの文化祭のテーマを決めるタイミングの頃、いつものようにファストフード店で過ごしながら、矢崎はぼやいていた。
「うーん。俺もそれは思うけど、今はダンスのことに集中してるからなー。まぁ、もうすぐ文化祭だし、さすがの山下さんも、いつもみたいに勉強に集中しない状態になるから、そこでさりげなく2人の仲を応援してあげられたらいいかもね。」
俺がそう答えると、矢崎は何か閃いたようだった。
「せっかくだし、ちょっとお節介しようかな。林、バンドの衣装でジャケット持ってない?オレンジ色の。」
「オレンジ色?…あったと思うけど、何に使うの?」
「あるならよかった。まぁ、見ててよ。」
そう言って矢崎はいたずらっぽく笑った。




