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「親からは、地元で就職するように言われてるんだけど、やっぱりあの人たちの思い通りになるのも嫌だから、東京で就職するつもりなんだ。だから、今までみたいに会えなくなるかもしれない。」
高校2年生の冬休み、またいつものように呼び出されたファミレスで、菜穂さんが切り出してきた。これは2回目の別れになるかもしれない。
もう、看護学校の卒業が近づいているのは分かっていたので、来年からはどうするんだろうと思っていた。だから、彼女からなんと言われても大丈夫なように心積りしていたつもりだけど、やっぱりもう会えないかもしれないと直接言われると、落ち込んでしまった。
「...そうなんですね。お仕事頑張ってください。」
我ながら、いつも以上の作り笑顔になっていたと思う。
「...そんな悲しそうに笑わないでよ。生きてればたぶん、また会えるからさ。」
彼女はそう言って、笑っていた。
でも、俺から連絡しても、彼女からの返事はない。いつも向こうの気持ち次第で会えるかどうかは決まるのだ。まるで、俺が会おうと思えば会えるかもしれないような言い方をされるのは、納得できなかった。
でも、この不満を言うことで、もう彼女から連絡が来なくなることも怖くて、何も言えなかった。
我ながら、なんて馬鹿なんだろう。
2年生最後の期末試験が終わった数日後、陽介は明らかにご機嫌だった。ふとした時に思い出し笑いをしているのは、ちょっと不気味でもあったけど、彼がこんなに嬉しそうなのは、山下さん絡みだろうと思った。
「...なんか、陽介ご機嫌だね。良いことあった?」
俺に指摘されると、陽介は驚いた表情をしていた。
「え、俺、そんな風に見えた?」
少し慌てたように言っていて、笑ってしまった。陽介は自分の感情が顔に出るタイプであることをもっと自覚した方が良い。
「うん。なんかいつもよりニコニコしてる気がする。もしかして...例の彼女絡み?」
俺がそう聞くと、陽介は顔を赤らめながら、
「...実はY県立医大のAO入試の受験対策で、一緒に勉強できるようになった...。」
例の会のことか。陽介が受験予定であることは聞いていたけど、山下さんも参加していたのか。これは距離を縮める大チャンスではないか。
「えー、良かったじゃん!話してみてどうだった?ずっと仲良くなりたかったんでしょ?」
陽介の様子を見るに、話してみて、より良い印象を持ったのだろうけど、一度、しっかりと聞いてみたかった。
「なんていうか、思ったよりも率直で砕けた言い方する人で、話してて面白い。びっくりしたんだけど、勉強そこまで好きじゃないんだって。」
「え?そうなの?好きじゃないのに頑張ってるの?それで一位はすごいなー。」
てっきり、勉強が好きで仕方がないというタイプだと思っていたので、その情報は新鮮だった。
「すごいよね。ストイックさが。勉強してる姿はやっぱり真剣で、なんていうか、凛としてる。」
彼女のことを話す陽介は嬉しそうだった。つい、いたずら心が出てきた。
「...可愛い?」
そう聞くと、陽介は一気に顔が赤くなった。
「...うん。」
ここでちゃんと肯定できるのが、陽介の素直で良いところだ。
「そっかー。良かったねー。距離縮められそう?」
「...とりあえず、名字を呼び捨てできるようになった。」
陽介は嬉しそうに言っていたけど、下の名前ではなく、名字の呼び捨てで喜んでいるところが、なんというか、女子との距離の縮め方に慣れていなさそうで、微笑ましかった。
「なるほどねー、そのうち下の名前呼び捨てにできるようになると良いね。”梓”って。」
俺がそう言うと、自分が言っている姿を想像したのか、陽介は耳まで赤くなった。
「...それはっ、さすがにハードルが高い。」
反応が純粋で可愛い。ピュアすぎるだろう。この様子を見ていると、彼の恋が叶ってほしいと思わずにはいられなかった。
良いことは続くもので、3年生に進級すると俺と陽介は山下さんと同じクラスになった。進級初日に黒板に張り出された学生名簿を見て、陽介はとても嬉しそうにしていた。
しかしその割に、彼が教室内で山下さんに話しかけることはほとんどなく、いつもただ見つめているだけだった。せっかくクラスメートになれたのだから、たくさん話しかけて、より仲良くなる方が良いんじゃないかと思ったけれど、もしかしたら、受験対策のときにたくさん話しているから、その時間にコミュニケーションを取れるだけで充分だと思っているのかもしれない。
それにしても、あまりにもよく彼女のことを見ているので、俺以外の誰かが、陽介の気持ちに気付く日も近いのではないかと思っていた。
進級してから数日後の委員会決めで、俺はじゃんけんに負けて、美化委員になってしまった。仕事量が多いことで有名な委員会だったので、なるべくやりたくなかったけど、決まってしまったからには仕方がない。同じタイミングで、じゃんけんで女子の美化委員も決まったようだった。
「うわー、美化委員かー。」
そう言って、矢崎琴音が頭を抱えていた。
彼女は可愛くてノリが良く、皆に笑顔で接するので、男子からの人気が高い。けれど、ガードが固く、彼氏は作らない。あと、胸が大きいので邪な目で見ている男子生徒も多かった。
彼女とは初めて同じクラスになったけれど、個人的には、いつも笑顔なところに、親近感を持っていた。なんとなく、俺と同じように、周りを見て、笑顔でいることを心がけているタイプなのではないかと思っていたのだ。
そして、初めての委員会の前に、矢崎に話しかけられた。
「お疲れ様。今日、美化委員会初日だよね。一緒に行かない?」
彼女はいつもの笑顔で話しかけてきた。なんとなく営業スマイルのような気がした。
「お疲れ様。そうしようか。そろそろ出た方が良いよね。」
俺も同じく営業スマイルで応えた。委員会が行われる教室まで一緒に歩きながら矢崎は自己紹介をしてきた。
「初めて同じクラスになったし、改めて自己紹介するね。矢崎琴音です。よろしくお願いします。」
「わざわざありがとう。林海斗です。よろしくお願いします。」
お互いに頭を下げ合いながら挨拶をした。
「お互いじゃんけんに負けて、決まっちゃったから、運悪いよね。よりによって美化委員って一番仕事多いし。」
「本当だよねー。これだったら、もう少し仕事量が少ない委員に立候補しておけば良かったって思った。」
いつも、俺は、相手にペースを合わせようと意識して話すけれど、矢崎とは会話のテンポが合うのかその必要がなかった。すんなりと話が通じるし、盛り上がるし、何より話していて楽しくて、彼女と俺はとても気が合う気がした。
「いやー、想像以上に楽しかった。林となら美化委員もやっていけそう。」
彼女も俺と同じような感覚だったのかもしれない。
「うん、俺も楽しかった。想像以上に、矢崎と話が合って面白かった。」
そのタイミングでふと、矢崎が山下さんと席が前後でよく話していることを思い出した。
「てか、矢崎、山下さんと仲いいよね。意外。失礼かもしれないけど、全然タイプ違う感じするから、びっくりした。」
俺が山下さんの名前を出すと、矢崎はぱっと笑顔になった。
「私もびっくりしたよー。あずにゃん、宝塚歌劇団の大ファンで、私もお母さんの影響で宝塚はそこそこ知ってるから、それきっかけで話すようになったの。話すと分かるけど、あの子は可愛い。そして良い子。どうかあのまま成長して欲しい。」
想像以上に矢崎の山下さんへの愛が強くて、話を聞いていて、思わず笑ってしまった。すると矢崎が何かを思い出したような表情をした後に、口を開いた。
「...あのさ、林って笹井と仲いいよね。」
「うん。3年間同じクラスだしね。あいつ、目つきは悪いけど良いやつだよ。」
急に陽介の話題が出て、なんとなく次の話の展開が読めた気がした。
「笹井さ...あずにゃんのことすごい見てるよね。」
そう言われ、俺は思わず笑ってしまった。
「やっぱり気付いちゃうかー。」
陽介、俺の予想通り、バレバレだよ。そう思っていると、矢崎は一気に話し始めた。
「あれは、周りが気付いちゃうよ、さすがに見過ぎ。まぁ、あずにゃん本人が、本当に周囲からの視線とか気にしないというか、気付かない人だから、問題になってないけど、これで、相手が普通の子だったら、ちょっと怖いと思う。あそこまで見られたら。」
陽介の一途な視線が、怖いという評価を受けていることが面白くて、俺はしばらく笑い続けていた。
「いやー。そうだよね。俺も1年生の時、陽介見てて、割とすぐ気付いたからなー。でも本人に自覚はないんだよねー。ものすごい見てるのに。」
「1年生からなんだ、随分と長いね…。あずにゃんのこと好きなの?彼は。」
単刀直入に矢崎に聞かれ、俺はどう答えるか迷った。さすがに本人が不在のところで、色々話すのは憚られた。
「うーーーん。ここまで言っておいて、申し訳ないけど、本人がいないところでこう言う話するのって、よくない気がするかも。たぶん、本人に聞けば教えてくれるよ、きっと。なんか、ごめんね。」
俺がそう言って謝ると、矢崎は少し考えてから、
「そうだよね。私の方こそごめん。コソコソ裏で聞くのは良くないね。反省する。...今度、林と笹井が一緒にいるときに、直接聞くね。」
彼女も謝ってきた。ノリが悪いとか茶化されることも想定していたが、すんなりと受け入れたうえに、謝ってくる姿を見て、優しい人なんだと思った。
「そうやって謝れるの立派だと思う。やっぱり、矢崎って良い人だね。」
俺がそう伝えると、一拍置いて、矢崎は笑い始めた。
「あれ?俺、変なこと言った?」
「ううん。私たちはお互いに、良い人ってことで。」
矢崎は笑いながら話していた。
その翌日の教室、美化委員の仕事の件で、俺と矢崎は話していた。ふと、陽介を見ると、相変わらず山下さんのことを見ていた。
「「見過ぎだよねー。」」
同じセリフを、俺と矢崎が同時に言った。驚いて顔を見合わせて、笑ってしまった。
「ちょっと待って、こんなにシンクロすることある?」
「いや、俺もびっくりした。もはや怖いんだけど。」
そう言い合って、俺たちはしばらく笑っていた。




