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ドリーマー  作者: 滝本泉
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 一通りのことを終えると、菜穂さんは脱いでた服を着直しながら、口を開いた。

「ペットボトルの水と緑茶ならあるけど、どっち飲む?海斗も喉乾いたでしょ。」

さっきまで、体を重ねたことが嘘のような、あっけらかんとした物言いに驚きながら、

「...水でお願いします。」

そう答えて、俺も脱いだ服を着直した。

「はい、どうぞ!」

ベッドに腰をかけていた俺の隣に座りながら、菜穂さんは笑顔でペットボトルを渡してきた。そして、自分のペットボトルを一気に飲んでいた。美味しそうに水を飲む彼女の横顔を見ながら、さっきまでのことが嘘のような感覚でいた。

この唇とあんなに何回もキスしたのか。

俺が見ていることに気づいた菜穂さんは、

「なになに?じーっと見ちゃって、そんなに私のことが好きか。」

ふざけるようにそう言った。

「はい、俺、ずっと菜穂さんのこと好きでした。」

自分でもびっくりするほど、素直に答えていた。すると彼女は、少し驚いた様子で、俺のことを見ていた。

「順番、違ったかもしれないですけど、俺と付き合ってほしいです。年下だし、頼りないかもしれないけど、頑張るんで。」

さすがに、告白となると、緊張して、また心臓の音が大きくなったのが分かった。菜穂さんの顔を見つめていると、彼女は困ったような笑顔になった。

「...ありがとう。好きって言ってくれて嬉しい。

...でもね、私、だめなんだよね。誰か一人と真剣に付き合うとか、できない。この人がいつまで私といてくれるのかなって不安に思っちゃうから。だから、お互いが寂しい時に、一緒にいられるくらい人が何人かいるくらいがちょうど良いんだよね。こういう風に考えちゃうのを自覚すると、当然のように愛人を作ってた、両親の血が私にも流れてるんだなって思っちゃう。」

やっぱり、あのスウェットは、別の男の私物なのだ。彼女の寂しさを埋める誰かの。顔も知らないそいつに、俺は心の底から嫉妬した。

「...俺は、菜穂さんのそばにずっといます。寂しい思いさせないように頑張ります。だから、俺を彼氏にしてくれませんか?」

どうしても、俺は彼女にとっても特別な存在になりたかった。

「...ありがとう。でも、やっぱりそれはできないな。ごめんね。」

はっきりと彼女に断られて、俺は落ち込んだ。彼女と関係を持てて、自分の思いが成就したのかもしれないと思ったけれど、そうではなかった。彼女は自分のものにはならないということを、再認識させられた。

俺が俯いたままでいると、彼女が俺にキスをしてきた。驚いて彼女を見ると、

「私も、海斗のことは好きだよ。付き合うのは難しいけど、これからも、会おうよ。寂しいときも、何か楽しいことしたいときも。」

都合の良い関係になってしまうのかもしれないと思ったけど、そうでも構わないと思ってしまうほど、俺は彼女に心奪われていた。

「分かりました。よろしくお願いします。」

俺はそう答えた。


 その日から、彼女から連絡が来るたびに、彼女の家に行く生活が始まった。連絡の頻度は多くて週に2、3回で、会うたびに、まるで恋人同士かと錯覚するような楽しい時間を過ごした。

でも、彼女からの連絡は気まぐれで、1ヶ月以上連絡が来ない時期もあった。彼女に会えない時間は寂しくて、会いたくて堪らなくて、俺から何度も連絡をしても、もちろん返事はなかった。もうダメかと諦めかけた頃に、連絡が来るので、俺はどんな予定があっても、菜穂さんを優先してすぐに会いに行っていた。俺たちの関係性の主導権は完全に彼女が握っていた。


 「なんか、海斗、マッチョになってない?前はもうちょっとヒョロっとしてた気がする。」

脱いでいた服を着直した彼女に聞かれた。その日は玄関に入るとすぐに、彼女にキスをされ、そのままベッドに向かった。

「筋トレ始めました。ヒョロヒョロだったんで俺。」

本当は細マッチョが好きだと言っていた菜穂さんのために筋トレを始めていた。自分でも嫌になる程、彼女中心で自分の生活が回っていた。菜穂さんは、服を着終わると、まだパンツとズボンしか履いていない、上裸の俺に後ろから抱きついてきた。

「...背中もすごい。カッコいい、これ以上カッコよくなってどうするんですか、君。」

彼女は笑いながら、俺の背中に顔を埋めていた。

「...俺は、菜穂さんにカッコいいと思ってもらえれば良いんで。筋トレもそのためなんで。」

彼女と関係を持って既に1年以上経っていた。

その間も、俺の中の彼女への思いは増すばかりで、一途に思い続ければ、彼女にこの気持ちが届いて、彼氏になれるのではないかと思っていた。

彼女は俺を抱きしめる腕の力を強めた。

「本当に、海斗は一途だね。そんなに私のことが好きか。皆に聞かせてやりたいわ。」

菜穂さんはそう言いながら笑っていた。皆とは、彼女が関係を持っている男たちなのだろう。何度その存在を思い知らされても、俺の中で彼らへの嫉妬心が消えることはなかった。

絶対に、菜穂さんのことを1番好きなのは俺だ。

俺は菜穂さんの腕を解いて、彼女のことを正面から抱きしめた。

「俺、菜穂さんのこと誰よりも好きです。いつも菜穂さんのこと考えてます。会えない時は寂しすぎて、死にそうになります。連絡が来ると嬉しくて、会えたらすごく幸せで...。俺がずっとそばにいるので、彼氏になりたいです。俺のこと信じてほしいです。」

前に会ってから、今日会えるまで、2ヶ月以上空いていた。今回ばかりはもうダメかもしれないと思っていたので、もし、会えたらまた改めて告白すると決めていたのだ。

菜穂さんはしばらく黙っていたけど、ゆっくりと俺の腕を解いて、俺の顔を見た。

「海斗、ありがとう。そう言ってもらえて嬉しい。でも、ごめんね。私は付き合えない。」

やっぱりダメか。落ち込んだけど、それを悟られないように、俺は笑顔を作った。

「そうですか。分かりました。」

そう言うと、菜穂さんは困ったように笑いながら、話し始めた。

「...海斗、私、東京行くんだ。看護学校行くから、この家も引き払うの。結構遠くに行くから、もう、今までみたいに会えない。」

菜穂さんは今、高校三年生で、彼女の進路が気になっていたけど、もしかしたら会えなくなるかもしれないという、現実を認めたくなくて、その話題をしないようにしていた。

こんなに好きなのに、もう会えないのか。

その事実が、悲しくて、苦しくて、辛かった。

俺が黙り込んでいるのを見た菜穂さんは、俺の頭を撫でた。

「海斗、今まで、ありがとうね。たくさん好きって言ってもらえて嬉しかった。海斗は最高だよ。」

彼女にそう言われ、俺は涙が溢れた。

「...だったら、なんで、付き合ってくれないんですか?」

未練がましいとは分かっていても、言わずにはいられなかった。

「...私はそういう人間だからさ。ごめんね。海斗ならもっと良い子いるよ。こんなにイケメンで、優しいんだから。」

「菜穂さんじゃないと意味ないです。」

俺は溢れる涙を拭いながら、反論した。

俺が好きなのは菜穂さんなのに、きっと、ずっと忘れられない人なのに、別の誰かと付き合うように言われるのは、あまりにも辛かった。

菜穂さんは俺の頭から手を離して、真剣な表情で俺の目を見ながら、口を開いた。

「海斗、私と、海斗のお母さんのこと、重ねてない?私は、海斗のお母さんじゃないよ。」

そう言われて、心臓が撃ち抜かれたかと思うほど驚いた。

分かっていたんだ。

初めて会った時に、菜穂さんに心惹かれたのは、俺のことを見抜いていただけではなく、その笑顔が、仕草が、行動が、お母さんに似ていたからなのだと。

自分が今でもお母さんに囚われていることを認めたくなくて、考えないようにしていたけど、菜穂さんにはバレていたのだ。

菜穂さんにそう言われ、俺は何も言えなくなってしまった。そんな俺の様子を見た菜穂さんは、ベッドから降りると、キッチンに向かい、包装紙に包まれた小さな箱を、渡してきた。

「ここを出る前に、海斗に会うのは最後になるから、これ渡したくて。はい、どうぞ。バレンタインだから作った。味見したけど、失敗はしてないないはず。」

もう2月だから、もしかしたらバレンタインデーのチョコを貰えるかもしれないと、会う前に浮かれていたことを思い出した。実際にもらうことができて嬉しかったけれど、まだ放心状態の俺は、辛うじてお礼を言うことしかできなかった。

「...ありがとうございます。」

小包を受け取った後、のろのろと、脱ぎ散らかしていた服を着終わると、菜穂さんは、握手を求めてきた。

「元気でね。海斗。」

そう言う彼女の笑顔は、いつも通り可愛くて、魅力的で、俺は悲しかった。

「...菜穂さんもお元気で。」

そう返すのがやっとで、身支度を終えた俺は、ゆっくりと菜穂さんの部屋を出た。扉が閉まる直前に見えた、俺を見つめる菜穂さんの目はとても優しかった。

 暗い夜道を歩きながら、俺は何も考えられずにいた。ふと、ポケットに手を入れると、菜穂さんからもらった小包が手に当たった。俺は、包装紙を剥がして、中の箱を開けた。その中にはチョコレート色のクッキーが5枚入っていた。俺はそのクッキーを口に入れた。

甘くて、噛むとほろほろと溶けて、とても美味しかった。2枚目、3枚目と食べ進めながら、俺は泣き始めていた。

確かにお母さんに重ねていたかもしれない、でも、本気で、彼女のためなら死んでも良いと思えるくらい、俺は菜穂さんのことが好きだったのだ。これは、愛なのか、執着なのか。自分でも分からないけど、一つだけ確かなのは、俺は今、自分でも信じられないくらい悲しかった。

彼女からもらったクッキーを名残惜しく食べながら、俺は声をあげて泣いた。




 


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