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それから2日経った、木曜日の放課後、笹井君に声を掛けられた。
「山下、ちょっと今から時間ある?」
笹井君は少しスッキリしたような表情をしていた。
「うん、大丈夫。」
私はそう答えて、2人で進路指導室に向かい、いつもの席に座った。
「おととい、笹井と話したあと、母さんと父さんと、進路の話したんだ。」
笹井君は話し始めた。
進路について大事な話があると両親に伝えると、リビングで家族会議が開かれることになった。両親の前に座ると、緊張で喉がカラカラになったけど、山下の言葉を思い出して、話し始めた。
「俺、ずっと医者になりたいって言ってたけど…。本当は別にやりたい仕事があるんだ。」
俺がそう言うと、母さんが息を呑んだのが分かった。
「医者になりたい気持ちがゼロなわけじゃない。立派な仕事だと思う。でも、俺が医者になりたいって言ったのは…そう言ったら、大介が死んで悲しんでる母さんが元気になれるかなって思ったからなんだ。今まで言えなくてごめん。」
そう言って頭を下げた。しばらくして、顔を上げると、母さんは涙を流していた。
「…陽介、本当にごめんね。お母さんが背負わせっちゃったんだね。今までたくさん我慢ばっかりさせてきて。お母さん、大介が病気になってからずっと、陽介に甘え過ぎちゃったね。ごめんなさい。陽介は…自分がやりたいと思うことやって大丈夫だから。無理して医者を目指さなくてもいいから。本当にごめんね。」
母さんにそう言われて、俺も泣いてしまった。父さんは、
「もしかしたら、無理させてるんじゃないかって思ってたんだ。それなのに、何も言わなくて悪かった。俺も母さんも、陽介のやりたいことをやらせてあげたい。大介ができなかった分まで。」
そう言って父さんは目元を拭っていた。
笹井君の話を聞いて、私は心から安心した。
「…話せてよかったね。」
私がそう言うと、
「山下が背中を押してくれたおかげ。本当にありがとう。山下は俺の恩人です。」
笹井君はそう言って、優しく笑ってくれた。
「笹井君がきちんとお母さん達に伝えられたからだよ。私は、自分語りしちゃってただけだから。」
感謝されて、照れくさかった。
「それで、ダンサーになりたいってことを伝えて、色々話した。9月に東京でダンスの大会があって、そこで優勝するのって、ダンサーとして活動するなら、すごく大きいものになるから、その大会を目指すことにしたんだ。昨日スタジオの皆にも伝えたら、一緒に頑張ろうって言ってもらえた。」
そう言い終わると、笹井君は私の方に身体を向けた。
「俺、本気で頑張るから、昔の山下みたいに。だから…応援して欲しい。山下に応援してもらえたら、何でもできる気がする。」
私の答えは一つだった。
「もちろん。一番応援してる。」
私は笑顔で答えた。
「…そういうわけだから、俺、この受験対策にはもう来れないんだ。その分ダンスのレッスンに時間を割きたいし…医学部受験は、考え直したから。」
笹井君が自分の夢を追うことは、笹井君と一緒に過ごす受験対策のための時間が無くなることに、私は今さらながら気付いた。
「…そっか、そうだよね…。なんか寂しくなっちゃうね。」
思わず口にしてしまった。笹井君をみると心配そうな顔をしている。
「あ、いや、大丈夫。同じクラスだし、顔を合わせなくなるわけじゃないし。同じ目標の仲間がいなくなって寂しいという気持ちは自分の中で処理します。笹井君は、自分の目標に向かって頑張って。本当に応援してる。数学も、笹井君にアドバイスもらったおかげで、前より苦手意識が減ったし。問題ないから。」
焦って早口になってしまった。
「…たまには、一緒に帰ろう。俺も、練習で疲れたりしたら、弱音吐く相手が欲しいし。山下も、疲れたら…俺に色々話していいから。」
笹井君はそう言って、私のことをまっすぐ見ていた。
「…そうだね。たまには愚痴り合いましょう。」
私も同意した。
笹井君がダンスの大会に専念するために、受験対策に参加できなくなることを玉木先生に伝えると、
「そっかー。寂しくなるけど、もしまた参加したくなったらいつでもおいで。まずは自分で決めた目標のために頑張ってね。」
そう言って笹井君を応援していた。
この高校の先生達は、Y県立高校に対抗意識を持ち、進路実績にこだわる人が多いので、玉木先生のような反応をしてくれる人は少ない。こんな風に生徒に寄り添える玉木先生だからこそ、進路指導担当になったのだろうと私は思った。
それからしばらく、私は玉木先生とマンツーマンで、受験対策をしていたが、6月の半ば頃の火曜日、玉木先生は一人の生徒を連れてきた
「今日から、5組の浪川も一緒に受験対策することになったから。よろしくね。」
浪川という名字は見たことがあった。たぶん、理系でいつも総合順位2位の”浪川拓実”という人のことだろう。
初めて認識する彼は、背が高く180cm近くありそうだった。幅広の二重の大きな瞳をしていた。少し眠そうで、どこか気怠げな印象だった。
「6組の山下梓です。よろしくお願いします。」
私は彼に向かって挨拶した。
「…浪川です。よろしくお願いします。」
彼はゆっくりとお辞儀をしてから、前まで笹井君が座っていた席に座った。
「山下の志望動機は、これでいいと思う。ただ、話に熱中しすぎると周りが見えなくなるクセがあるから、ちゃんと面接官の表情もチェックしてね。」
この日から、面接の練習が始まり、Y県立医大の志望動機を整理することになった。
私がお世話になった榊先生は、Y県立医大の精神科の医局出身であり、地域医療に貢献する医師像としては申し分なかったので、大きな問題はなさそうだった。玉木先生の言うとおり、焦って、自分が話すことだけに、夢中にならないように気をつけようと思った。
「それで、浪川は志望動機どんな感じ?」
玉木先生は浪川君に質問した。
「…担任の先生に、成績もいいし、受けてみたらどう?って言われて来た感じなんで、あまりこれと言った理由はないんですよね。…良かったら、一緒に考えて欲しいです。」
浪川君はそう言うと苦笑いしていた。
「うーん、それなら、例えば、山下みたいにお世話になったお医者さんとかいないの?」
浪川君は少し考えてから、
「…昔、部活で怪我したときに、診てもらった整形外科の先生とかですかね?」
「うん、いいんじゃない?その話で、話す内容をまとめていこう。」
玉木先生と話す浪川君を見て、なんだかのんびりしてる人だなと思った。
次の金曜日、私がいつものように、放課後進路指導室で勉強していると、浪川君がやってきた。
「お疲れ様。」
扉を開けた彼に向かって言うと、
「…お疲れ様。」
ワンテンポ遅く彼が挨拶をした。私がそのまま勉強を続けていると、彼は私の隣に座った。
「山下さん、ずっと勉強してて偉いね。」
浪川君に話しかけられたので、彼の顔を見た。この前初めて見たときに薄々気付いていたけれど、彼はとてもきれいな顔をしている。
「…ありがとう。でも私、時間をかけないと覚えられないタイプだから、必死でやらないとダメなんだよね。」
私がそう答えると、浪川君は少し意外そうな顔をした。
「そうなんだ。真面目だね。」
浪川君の話し方はなんだか棒読み気味で、本心から言っているかどうか分からなかった。
「…医者になりたいからね。目標があるから。頑張ってる。」
私がそう答えると
「…俺みたいに、先生に言われたからとか、給料が良さそうだからとかいう理由で医学部を目指す人間、嫌なんじゃない?」
と彼は言った。思いがけない質問に驚いた。彼は私のことをまっすぐ見ていた。その目からはやっぱり本心は窺えない。
「…強い熱量がある人だけが結果を残すとは限らないからね。…何かを目指すなら、こうあるべきだって考えて、自分と考え方が違う人を排除するのって、結局自分がしんどくなるだけだと思う。」
私の答えに浪川君は驚いた顔をしていた。
「…なんで、そんな風に思うの?」彼は質問してきた。
「うーん…。私、昔、宝塚歌劇団に入りたくて頑張ってた時期があったの。」
「…宝塚ってあのベルサイユのばらとかの?」
「そう。それで、宝塚音楽学校受験用のスクールに通ってたんだけど、先輩達をみてると、ものすごい熱意があって、ずっとスクールに通ってて、バレエも歌も上手な人が不合格だったり、受験の2ヶ月前くらいに、周囲の勧めで、短期間スクールに来て、本人に強い意志がなくても、バレエも歌もセンスがあった人とかが合格してたから、必ずしも熱量って結果に比例しないんだなって思ったの。こんなことを言っている私も、熱量と練習量は誰にも負けないつもりだったけど、不合格だったし。」
私の話を浪川君は静かに聞いていた。
「結局、自分を他人と比べて落ち込んだり、その人に対して怒ったりってあんまり良いことないなって思ったの。比較するのは過去の自分だけで充分かなって。なので、浪川君がどんな理由でY県立医大のAO入試を受けたとしても、私は気にしないから、安心して。実際、医師の仕事に対して、社会的信用度が高いからとか、お給料がいいからって考えて志望する人も多いだろうし。私も全くそういう風に思わないわけではないし。」
私が話し終わると、浪川君は少し考え込んでいた。
「…べらべら話しちゃってごめん。とりあえず、お互いに頑張りましょうってことで。」
私がそう言うと、
「…なんか、山下さんって想像してた人と違った。勉強しかしてない人なんだと思ってた。」
浪川君は私を見ながら真顔で言った。あまり褒められてはいないなと思っていると、
「人生経験積んでるんだね。意外だった。面白い。考え方とか。」
彼はそう言って少し笑った。




