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ドリーマー  作者: 滝本泉
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 いつも通り2時間ほどかけて、受験対策が行われ、18時頃に終わった。

「じゃあ、二人とも気をつけて帰ってね。」

玉木先生はそう言うと、進路指導室を後にした。

私は、先生が来る前まで、延々と一人語りをしていたのを思い出して、急に気恥ずかしくなってしまっていた。

「…山下、もし、帰りちょっと遅くなっても大丈夫なら、どこかで一緒にこれ食べない?」

笹井君はそう言って、私があげたラスクを手に取っていた。

「…遅くなっても大丈夫だけど、そのラスクは、笹井君への謝罪の気持ちで買ったから、笹井君に食べて欲しいかな。」

私が申し訳なさからそう答えると、

「それは大丈夫だから…。あと、俺が山下と二人で食べたいから。だめ?」

笹井君はそう言って笑いかけてくれた。

「分かった。…ありがとう。せっかくなら、コンビニで何か飲み物買いたいな。アイスティーとか。」

私も笑って答えた。


 コンビニで、私はアイスティー、笹井君はウーロン茶を買って、私の家の近くの公園のベンチに座った。

「じゃあ、いただきます。」

そう言って2人でラスクを食べ始めた。

「これ美味しい。買ってくれてありがとう。」

笹井君はそう言って、美味しそうにラスクを食べていた。

「良かった。…笹井君が好きなものって、あのパン屋のパンしか思いつかなくて、結構、一緒に時間過ごしてるのに、まだ知らないことが多いんだなって思った。」

私が白状すると、笹井君は咳払いをしたあと、こちらに身体を向けてきた。

「さっきは、山下の話を聞かせてくれてありがとう。嬉しかった。...良かったら、俺の話も聞いて欲しい。」

笹井君が真剣な表情をしたので、私は姿勢を正した。

「うん。聞かせて。」

私の答えを聞いて、少し安心したように、笹井君は話し始めた。

「俺、弟がいたんだ。…8年前に病気で死んじゃったんだけど。」


 3歳年下の弟の大介は甘えん坊で、泣き虫で、可愛い、我が家のアイドルだった。家族だけじゃなく、周囲の皆から愛されていた。俺と大介はよくケンカもしていたけど、すぐに仲直りをしていた。

 俺が小学1年生の夏、大介は夏風邪を引いた。いつもは元気いっぱいな大介は、ずっとぐったりしていた。何日経っても体調は良くならず、むしろ症状は悪化していたので、心配した母さんは、夏風邪と診断した近所の小児科ではなく、車で20分かかる総合病院を受診した。そこで詳しい検査をした医師は、

「すぐに大学病院を受診してください。それと保護者の方も必ず一緒に行ってください。」

と母に告げた。

翌日、俺は放課後、近所のおばあちゃんの家に預けられた。

両親は受診した大学病院で大介の病名を告げられた。

「白血病です。このまま治療をしないと命に関わるので、入院しましょう。」


 その日から俺は、おばあちゃんの家で多くの時間を過ごすようになった。

母さんは大介につきっきりで看病をしていたので、精神的に参ってしまわないよう、仕事が休みの週末は父さんが交代して大介の様子を見ていた。

週末、おばあちゃんの家にやってくる母は、疲れ切った顔をしていた。

「陽介。ごめんね。寂しいよね。いつもお母さんがいなくて。」

母さんは申し訳なさそうに、俺によく言っていた。俺は、母さんに心配を掛けたくなかったので、

「俺のことは大丈夫だよ。おばあちゃんも、夜はお父さんもいるし。」

いつもそう答えていた。本当は寂しくてたまらなかったけど、我慢していた。ここで寂しいと言えば、母さんが悲しむのが分かっていたのだ。

大人が思っている以上に、子供は大人のことを考えて行動していると思う。

「ありがとう。陽介はえらいね。」

そう言って微笑んで、頭を撫でてくれた。

でも、夜、おばあちゃんの前で、母さんが泣いている声が聞こえた。

「…なんで大介なの?どうして…?」

母さんの様子で、俺は、大介が、もう助からないんじゃないかと思うようになっていた。

 たまにお見舞いで会う大介は、痩せ細っていて、抗がん剤の影響で髪の毛が全て抜けて、体中が管に繋がれていた。元気だった頃の姿は見る影もなかった。それでも、俺が会いに行くと嬉しそうな顔をする大介をみて、俺は悲しい気持ちでいっぱいになった。

「…お兄ちゃんと、お家で遊びたいな。」

大介は小さな声で呟いていた。

 白血病と診断がついてから3年間、病院を変えながら、最後は東京のがんセンターまで行ったが、大介に対してできる治療はもう残っていなかった。

 医師から、余命はあと数日だと言われた両親は、大介の望み通り、家に戻り、久しぶりに家族四人で過ごした。もう、ほとんど動けなくなっていた大介だったが、家に帰ってからは本当に幸せそうな顔をしていた。

 家に帰ってから2週間後、大介は静かに亡くなった。

 母さんの悲しむ姿は見ていられなかった。いつも泣いていて、みるみるうちに痩せていった。

 俺は母さんをなんとかして元気にしてあげたかった。

 大介が死んでしばらくしたある日、俺は宣言した。

「お母さん。俺、将来お医者さんになる。大介みたいな病気の子供達を助けたい。」

 これは、本音が半分で、残りの半分は、こう言えばお母さんが喜ぶかもしれないと言う気持ちから出た発言だった。

 俺の言葉を聞いたお母さんは驚いた後、涙を流してから、俺を抱きしめた。

「ありがとう、陽介。そう言ってくれて嬉しい。陽介がここまで頑張ってるのに、お母さんがいつまでも泣いてばかりじゃダメだよね。ごめんね。」

そう言ってから、俺の目を見て話始めた。 

「お母さん頑張る。大介のためにも、みんなに大介が生きていた証を残してあげたい。たぶんそれが私の使命だと思うから。」

 そう言って母さんは少し笑った。

 その日から母さんは、大介の生きた証を残すことに一生懸命になった。闘病日記を書き、講演会をやり、メディアのインタビューも受けるようになった。

 母さんが前向きになる姿は嬉しかったけど、俺の心境は複雑だった。


「こんな言い方すると、性格悪いけどさ、大介が病気になったときから、ずっと、母さんが最優先なのは大介で、大介が死んだことで、もうこれは一生覆せないんだなって思った。俺のことをないがしろにしてるわけじゃないんだけど…死んだ人間にはもう勝てないなって。」

笹井君は悲しそうに笑いながら言った。


 大介のための活動で、母さんは家を空ける時間が増えた。

母さんは申し訳なさから、俺に習い事をするのはどうかと提案してくれた。そこで選んだのがダンスだった。習い始めると、とても楽しくて一気にハマった。振り付けを考えたり、無心で踊っている時間は、モヤモヤした気持ちを忘れることができた。トレーナーの先生に勧められて参加した大会でも賞をたくさんもらえて、周りから褒められるとより一層、ダンスにのめり込んでいった。

 このままダンスをずっと続けたい。プロのダンサー、振付師になりたいと思うようになった。

 でも、母さんは俺がダンスで結果を出すと喜んでくれていたけど、やっぱり大介のための活動の方に力を入れ続けていた。

 そして、俺がかつて言った"医者になる"という宣言を今も心から信じてるようだった。

それが大介のように病気で苦しむ子供達のためになると思っているから。


「山下が、俺のダンスと振り付けにあんなに感動してくれて..めちゃくちゃ嬉しかった。自分の頑張りをあんな風に見てくれて、褒めてくれるのって、たまらないよね。…だから、山下に、プロのダンサーにならないのかって聞かれたとき、本当は嬉しかったんだ。

俺も、本当は…プロを目指したい。ダンスを続けたい。

でも、母さんは俺が医者になるって信じてるし、その期待に応えたい気持ちもある。医者になりたくないわけじゃないし。立派な仕事だと思うから。プロのダンサーが一生食べていける職業かって言われると、難しいとは思うし…。でも…。」

笹井君は迷っているようだった。

私は…背中を押してあげたいと思った。

「…私、宝塚に入るために、死ぬ気で頑張ったの、全然後悔していない。」

私が、そう言うと、笹井君は私の方を見た。

「あの頃、本気で頑張ったから、今、苦労することがあっても、これぐらいで負けてたまるかって思える。不合格で、宝塚の夢を諦めた私だからこそ言えると思うんだけど、どんな結果であれ、本当に一生懸命努力した経験って、絶対人生の役に立つと思う。」

私はまっすぐ笹井君を見つめた。

「笹井君のダンスは本当にすごいと思う。だから、笹井君も頑張りたいなら、諦めないで欲しい。

あと…部外者が口を出すべきじゃ無いと思うけど…。今までお母さんと進路について、本音で話したことがないなら…自分の正直な気持ちを、話してみたら?」

笹井君は少し考えているようだった。

「今さらだけど、連絡先交換しない?」

私が言うと笹井君は少し驚いた顔をしていた。

「もし、何かあったら、私がいつでも話聞くよ。笹井君の大事な夢を聞かせてもらったから。なんというか…見守りたい。」

私が言うと、笹井君は優しい笑顔になった。

「…ありがとう。うん、交換しよう。なんか、頑張れそうな気がする。」

笹井君に言われて、私も笑顔になった。





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