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中学生になると、俺は軽音部に入った。自分に音楽の才能があるとは思えなかったけど、ベースを弾いている時間が楽しくて、嫌なことを忘れられて、大好きだった。この頃になると、朝陽さんに誘われて、近くのライブハウスに行くようになった。
そして、俺は彼女に出会った。
中学1年生の夏休み、いつものようにライブハウスに行くと、朝陽さん経由で知り合った高校2年生の亮二さんが、女の人を連れてきていた。彼は俺に気づくと、声をかけてきた。
「お、海斗お疲れ様。菜穂に会うの初めてだよね?俺の友達。」
「はじてまして。菜穂です。」
そう言ってニコッと笑う菜穂さんの左頬には、えくぼがあった。
「はじめまして、林海斗です。よろしくお願いします。」
俺はいつものように笑顔を心がけながら挨拶した。亮二さんがトイレに行ったので、菜穂さんと2人残された。
「ずっと笑って誤魔化してきたんでしょ。」
「え?」
菜穂さんに急に言われ、驚いて彼女の顔を見ると、彼女はじっと俺のことを見ていた。
「...笑ってるのに、辛そうだから。」
軽く笑いながらそう話す彼女から、俺は目が逸らせなかった。
菜穂さんは人懐っこい笑顔を見せながら、人のパーソナルスペースに入ってくるので、皆がすぐに心を開いてしまう、とても魅力的な人だった。だけど、周りに合わせず、気まぐれに自由な行動を取るので、わがままだと言われそうでもあった。でも、周囲の目を気にしすぎる俺にとっては、そんなことを気にしていない様子の彼女が、羨ましくて、眩しかった。まるで猫みたいだなと思った。
てっきり、彼女は亮二さんの彼女なのかと思ったけど、そうではなさそうだった。でも明らかに男女の関係がありそうな2人のやり取りを見ながら、これが大人の関係というやつなのかと内心思っていた。
彼女に初めて会ってから1週間後、ライブハウスに行くと、また2人がいた。俺は彼女に会えて、内心、嬉しかった。3人で話していると、亮二さんが俺に質問してきた。
「海斗、彼女とどう?」
「あー。この前、振られました。」
中学校に入学してすぐに、クラスメートの女子から告白され、断る理由もなかったので、付き合うことになった。それなりに中学生らしいお付き合いをしていたけれど、
「海斗って、いつもニコニコしてて、本心が分からない。付き合ってるんだから、もっと思ってること話してよ。なんか我慢してない?」
そう不満を言われるようになった。
俺は自己開示が苦手で、人と揉めるくらいなら本音を飲み込むのがクセになっていた。多分、お母さんへの気持ちを我慢し続けた弊害だと思った。
彼女は俺の笑顔が好きだと言ってたのに、いざ、ずっと笑顔だと不満に思ったらしい。こうして、付き合ってるのに、心を開いてもらえている気がしないと言われて、夏休み前に振られたのだった。でも、俺も、別れたことをそこまで残念に思わなかったので、彼女の言う通り、心を許しきれてなかったのだと感じた。
「まじかー。どんまい。なんで別れたの?」
亮二さんは苦笑いしていた。
「なんか、彼女の理想の彼氏像と違ったんじゃないんですかね?」
「他人事だなー。まぁ、お前イケメンだから、またすぐ声かけられるだろうけど。」
「どうですかねー。」
ヘラヘラしながら答えたけど、実際、別れたあと、以前連絡先を聞かれて交換した別のクラスの女子から、連絡が来るようになっていた。たぶん、向こうは俺に好意があるので、俺が断らなければ付き合うのだろう。
「やっぱり、海斗みたいにちゃんと顔が良いと、本人が何もしなくても、いっぱい声を掛けられるんだよ。亮二みたいなカッコいい風に見せてるだけなのと違って。」
「おーい、失礼だぞー。」
そう言って、亮二さんと菜穂さんは2人で笑っていた。菜穂さんが俺のことをカッコいいと認識してくれていることが、嬉しかった。
彼らの言うとおり、これだけ声を掛けられるということは、自分は人目を引く容姿なのかもしれないとは思う。でも、その人達は、俺の見た目と、穏やかな振る舞いに対して好意を抱くので、本当の俺を好きになってくれている気がしなかった。
実際の俺は、簡単に人に心を開かないし、母親とのことをいつまでも引きずっている暗い人間なのだ。
だからこそ、菜穂さんに「誤魔化してきたんでしょ」と言われたときに、とても驚いたし、初めて自分のことを見抜く人に出会って気がして、とても心惹かれた。
でも亮二さんと、そういう関係である時点で、俺が菜穂さんとどうにかなることはないのだろうと思っていた。俺は彼と一緒にライブハウスに来る菜穂さんをただ見てるだけだった。
しばらく、亮二さんはライブハウスに来るときに菜穂さんを連れてきていたけれど、冬頃には、別の女の人を連れてくるようになった。
「海斗、舞香と初めて会うよね。俺の彼女。」
「始めまして。舞香です。」
舞香さんは小柄で可愛らしくて、ザ・女の子という雰囲気のある人だった。正直、菜穂さんとは全く雰囲気が違った。そういえば、以前、彼が、分かりやすく可愛くて、女の子らしい人がタイプだと言っていたことを思い出した。菜穂さんとは違って、”彼女”として紹介している様子を見るに、舞香さんが本命なのだと分かった。
菜穂さんとの関係はどうなったんだろう。俺はそのことが気がかりで、舞香さんとの会話をしている間も上の空だった。
菜穂さんとはライブハウスで会うだけで、連絡先は知らなかったし、今さら亮二さんに彼女の連絡先を聞くこともできず、彼女のことが気になりながらも、何も行動することができなかった。
クリスマスまであと数日というある休日、俺は、おばあちゃんへのクリスマスプレゼントとしてエプロンを買うために雑貨屋さんにいた。エプロンコーナーで商品を見ていると、誰かに後ろから肩をたたかれたた。振り返ると、そこには菜穂さんがいて、とても驚いた。
「久しぶり。イケメンがいるなーと思ったら、海斗だった。元気してた?」
そう言ってまた笑顔を見せてくれた。
「お久しぶりです。菜穂さんは元気でしたか?最近見かけなかったので。」
そう話しながら、内心ドキドキしていた。久しぶりに会えた彼女は相変わらず、魅力的だった。
「まあねー。亮二とはもう一緒にいないし。ほら、あいつ彼女できたからさ、彼女に誤解されちゃ困るって言って、距離置かれたんだよね。誤解なんかじゃないのにね。することしておいて何言ってるんだか。」
あまりにもあっけらかんと話す彼女を見て、少し驚いてしまった。やっぱり亮二さんとは、そういう関係だったという事実を、本人の口からはっきりと聞いて、少し落ち込んだ。
「海斗は買い物?例の彼女にクリスマスプレゼント?」
「いや、その人とはもう別れました。」
菜穂さん達に話していた、別のクラスの子に告白されて3ヶ月ほど付き合ったが、前の彼女と同じ理由でフラれていた。そして同じように俺は落ち込むこともなく、淡々と別れを受け入れていた。
「まじかー、早いねー。じゃあ、また別の子に買うの?」
「いや、おばあちゃんへのクリスマスプレゼント買いに来たんです。」
俺がそう言うと、菜穂さんは驚いていた。
「海斗っておばあちゃん子なんだね。びっくり。」
「いや...俺、両親、いないようなもんなので、ずっとおばあちゃんに育ててもらったんです。だから、その感謝も込めて、こういう節目ごとにプレゼントは渡すことにしてて。」
もし、おばあちゃんがいなかったら自分はどうなっていたのだろうと思うことがある。正直怖すぎて、詳しく想像することはできないのだけど。
「...そうなんだ。」
菜穂さんは少し神妙な顔をしていた。気を遣わせてしまったかと思い、俺は話題を変えることにした。
「菜穂さんは買い物ですか?クリスマスプレゼントとか。」
「お、よくぞ聞いてくれたね。自分へのクリスマスプレゼントを買いに来たんだ。頑張ってバイトしてお金貯めたからさ。あれが欲しくて。」
菜穂さんが指さした先には、1m近くある大きなテディベアが並べられていた。
「前に見た時に一目惚れしちゃって、買うためにバイト頑張ったんだ。やっと自分のものにできる。」
菜穂さんはニコニコ笑いながら話していた。自分で買うということは、今、プレゼントしてくれるような付き合っている彼氏はいないと考えて良いんだろうか。
「...高校生にしては子供っぽいとか思ってる?失礼だよー。」
俺が黙ったままでいるのが、批判的なことを考えているからだと思ったのか、菜穂さんが俺の顔を覗き込みながら、言ってきた。菜穂さんとの距離が近くて内心ドキドキしてしまった。
「そんなこと考えてないですよ。何歳でも欲しいもの買って良いと思うし。可愛いし、良いんじゃないですか。」
俺の回答に満足したのか、菜穂さんはまたニコッと笑っていた。
「ありがとう。でもね、一つだけ問題があって。自分の家まで運ぶの大変だなーって困ってたの。そしたら、そこにとてもタイミングよく、海斗君がいるじゃありませんか!」
そう言うと、菜穂さんは俺に両手を合わせてお願いしてきた。
「家まで運ぶの手伝ってくれない?ちゃんとお礼もするから。」
ずっと気になっていた人にお願いをされて、断る理由はなかった。




