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本祭の後、笹井はあずにゃんに、一緒に文化祭を回ろうと誘ってOKをもらえていた。昨日の夕方までの消極的な姿勢から、見違えるほど積極的になっていて、感心してしまった。
後夜祭の午前中、クラス展示のホール作業をしていると、同じくホール作業をしていた笹井が、血相を変えて、廊下に走り出した。気になって目で追うと、その先にはあずにゃんがいた。彼女は、タオルで腕を押さえていた。怪我をしたのかもしれない。彼は心配そうにあずにゃんに話しかけた後、彼女に付き添って歩き始めた。たぶん、保健室に一緒に行くのだろう。しばらくしてから戻ってきた笹井は、明らかに顔が赤かった。
「あずにゃんどうしたの?怪我でもした?」
私が尋ねると、
「なんか、揚げ物の油が跳ねて火傷したみたい。しばらく冷やしてた。」
笹井が答えた。
「なるほどねー…笹井、なんで顔赤いの?」
野暮かもしれないけど、つい気になって聞くと、笹井は黙ったまま赤い顔をしていた。
…あずにゃんに何かしたな、コイツ。
「…なんでもない。」
笹井は、苦い表情をしながら答えた。
絶対嘘だろう。
12時を前にしてクラス展示は完売し、調理場にいたあずにゃんが戻ってきた。彼女の右前腕には大きな絆創膏が貼られていた。
「それ大丈夫?火傷したって聞いたけど。」
私が聞くと、
「あぁ、ちょっと痛かったけど、しばらく冷やせたから大丈夫。きっとすぐ良くなるよ。」
あずにゃんが答えてくれた。私は、笹井が赤い顔をしていた理由が気になった。
「いやー、腕を痛そうに押さえるあずにゃんを見て、すぐ飛び出してった、笹井の姿、あずにゃんに見せたかった。血相を変えるっていうのは、ああいう状態のことを言うんだなって思ったよ。」
そう言うと、あずにゃんは黙ったまま、顔を赤くしていた。笹井と同じ反応ということは…彼女も、笹井のことが気になり始めているのかもしれない。
「あれ?何かあった?」
私が笑顔で尋ねると、
「いや、なんでも、ないです。」
あずにゃんは赤い顔のまま答えていた。
「山下さん、矢崎、一緒に回ろう。」
そう言って、林が声をかけてきた。あずにゃんの様子を見ていると、林の隣にいた笹井を見た後、恥ずかしそうに目を伏せていた。これは、完全に笹井を意識している。私が林に目配せすると、林も小さく頷いて笑顔になった。
笹井だけはあずにゃんに目を逸らされて、ショックそうな顔をしていた。
その後、3年5組に行って、浪川と林の小競り合いを見た後、私と林はあずにゃんと笹井を2人きりにしてあげた。ここで、笹井にはさらにあずにゃんとの距離を詰めて欲しかったので、去り際に、しっかりやりなさいよと念を込めた目線を送った。
「笹井、頑張ったね。あの感じだと、あずにゃんは笹井のこと意識してるよ。たぶん。」
私がそう言うと、
「確かにそうだね。目を逸らしてる感じとか、顔を赤くしてるのとか。いやー、ここまで長かったなー。」
そう言って林も同意してくれた。
「...もう、2人に任せれば大丈夫そうだね。生温かく、見守りましょう。」
ここまで来れば、あとは本人たち次第だ。私たちがお節介する必要はなさそうだ。
林と2人で歩きながら話していると、廊下の向こう側から、友井さんたちが歩いてくるのが見えた。彼女たちは私達に気づいていなかったけど、一瞬で、私の悪口を言っていた姿が思い浮かんで、私は少し顔を顰めた。林は私の表情に気づいたのか、
「...ちょっとここ入ろうか。」
そう言って、ちょうど通りかかったところにあった文化系の部活の作品が展示されている教室に入った。中には誰もいなくて、私と林の2人きりだった。
「もしかして、友井さん達に何か言われたの?」
林は心配そうに聞いてきた。
「えーっと、直接何か言われたわけじゃないんだけど、昨日、投票に行った時に、あの子達が投票会場にいて、私が近くにいることに気づかないで、私のことをよく思ってないんだなーって話をしてて、気まずくて。」
私は苦笑いしながら答えた。私の話を聞いた林は、苦い表情をしていた。
「あー、でも、その場から離れた後に、一緒にいた真理子ちゃんが、あの子達のこと、バッサリ切ってくれてスッキリしたから大丈夫。深刻そうな顔しちゃってごめんね。」
林に心配をかけたくなかったので、私は軽く笑いながら話した。でも林は苦い表情のままだった。
「…ごめん。俺が、もうちょっと向こうの気分を害さないように言えれば良かったんだけど、色々あって上手く立ち回れなかった。だから俺のせいだ。本当にごめん。」
林は頭を下げた。
「いいよ。大丈夫。たぶん、どんな言い方しても、文句言う人はいるし。気にしないで。」
私がそう言うと、林は少し辛そうな表情をした後に口を開いた。
「矢崎は、何も悪いことしてないのに。むしろ、あの子と俺の間を取り持ってあげようとしたのに。ひどいと思う。」
林が私のために怒ってくれているのが分かって嬉しかった。
「…ありがとう。でも、大丈夫だよ。ほら、私、悲しいことに、異性関係で女の子から悪口言われるの。割と慣れてるからさ。」
私が笑顔を作って言っても、林は辛そうな表情を崩さなかった。
「...矢崎、無理してない?誰だって悪口言われたら傷つくでしょ。...俺の前で誤魔化さなくても良いから。嫌なことは、嫌だって言って良いから。」
林に言われたことが図星で、ドキッとした。
口では慣れてると言ったけど、本当は、毎回、悪口を言われるたびに傷ついていた。でもそのことを深刻に言うのも気が引けて、大丈夫なフリをして、笑い話みたいに話していた。そんな私の態度を見て、林は私の本心を見抜いたのだ。喉の奥が熱くなった。ちょっと泣きそうだ。林が心配そうにこちらをみている。私は一度深呼吸をしてから、自分の本心を言うことにした。
「…慣れてはいるけど…林の言うとおり、理不尽だなって思う。自分の思い通りにならないのを私のせいにされるのはね。男に愛想振りまいてるとか、思わせぶりだとか、言われてね。言わせてもらうけど、私は男女関係なく、誰にでも愛想良くしてるんだよ。空気を壊さないために。私なりの処世術なの。私がどんな態度でいても、関係ないじゃんって思う。…私は自分がしたいように行動するのもダメなのかって。」
一度話し出すと、心の中に溜まっていた黒い気持ちが溢れ出てきて止まらなかった。
「私、声かけられる割に、誰とも付き合わないから…裏では遊んでるんじゃないかとかね。胸が大きいのも遊んでるからだろうとか。…本当呆れるよね。ゲスい目でしかみられてないんだなって思って、虚しくなる。私の見た目ばっかり見て、判断されるのは…悲しい。」
林は何も言わず、話を聞いてくれていた。
「…矢崎は怒っていいよ。だって、矢崎は悪くないから。そんなこと言ってくるやつらが最低だから。ムカつくことがあれば、俺に言ってよ。一緒に怒るから。」
そう言って、私を真っ直ぐに見つめる林を見て、私は少し泣きそうになってしまった。
「…ありがとう。ムカつくことがあればすぐ言う。…林もムカつくことがあったら、言ってね。一緒に怒ろう。我慢せず。」
私がそう言って笑顔を見せると、林もやっと笑顔になってくれた。
しばらくしてから、あずにゃんたちと合流した。2人は良い雰囲気で、4人で文化祭を回るのはとても楽しかった。笹井とあずにゃんが2人で歩く姿を林と並んで見ながら、私は小声で言った。
「2人とも青春してるね。」
「そうだね。でも、俺たちも、青春してるよ。友情も青春でしょ。」
林がそう言って笑っていた。
文化祭の順位発表では、衣装部門、クラス展示で1位になり、総合優勝もできた。私は自分の努力が報われて、心の底から嬉しかった。打ち上げでは、行灯のリーダーの高野と同じテーブルになったので、お互いを労いあった。
「いやー、行灯も優勝できたら、完全優勝だったんだけどなー。悔しいわ。」
高野がため息をつきながら話していた。
「いやー、でもすごかったよチェシャ猫。構造難しそうだったから、設計図作るの大変だったでしょ?」
私が聞くと、
「途中で設計図から微調整しないと完成しなさそうだったから、焦ったよ。なんとかなってよかった。」
林から大変だったと聞いていたので、高野も苦労したのだろう。
「そっかー、本当にお疲れ様。間に合ったし、すごい良くできてたし、終わり良ければすべて良しだよ!とりあえず、頑張ったからもう一回乾杯しよう。さぁ、グラス持って!」
そう言ってもう一度乾杯をした。
打ち上げの1次会は大盛り上がりだった。あっという間に2時間が過ぎ、2次会は希望者でカラオケに行く流れになった。私が2次会に向かうクラスメートと話していると、
「じゃあ、ことちゃん、また明日ね。」
あずにゃんがそう言って、クラスメート達の輪から離れた。
「うん、またね!お疲れ様!」
私があずにゃんにそう返事すると、
「矢崎、元気だね。二次会行くの?」
林が声をかけてきた。
「うん、カラオケしなきゃ終われないよね。打ち上げは、林も行くでしょ?」
「そうだね。せっかくだから行こうかな。みんなが歌うの見てる。」
そう話している林の目線が遠くに向いていたので、私もその方向を見ると、あずにゃんが笹井と帰る姿が見えた。
「これで、問題ないでしょ。きっと大丈夫。」
林は笑顔で話していた。
「そうだね。...うまくいったら、笹井に奢ってもらわなきゃ。」
私はそう言って、笑った。




