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「...あのさ、前に矢崎が自分の話してくれたじゃん。あの後、俺も自分の話したけど、あの時話しきれなかったこと、話してもいい?」
ファストフード店から出て、私の家までの道を歩きながら、林は口を開いた。
「うん。いくらでも聞くよ。ちょっと遠回りする?海沿い行くとか。」
ファストフード店から私の家までは15分ほどで着いてしまう。わざわざ林が切り出すと言うことは、長い話になりそうな気がした。私はもう少しゆっくり話したかった。
「良いね。俺たちと言えば海だから。」
暗い夜道を歩きながら、林が話し始めた。
「前に、俺の家が複雑って話したじゃん?具体的に言うと、俺の父親は、母さんの妊娠が分かったら、連絡取れなくなっちゃったらしい。母さんはいわゆる未婚の母で、俺は父親の顔は見たことない。写真もなかったし。だから、小さい頃はおばあちゃんと、母さんと3人で暮らしてたんだ。で、母さんはものすごく寂しがりやで、すぐ男の人に依存しちゃう人で、いつもどこかに出かけてた。夜遅くに帰ってきて、おばあちゃんに怒られて、2人はよくケンカしてて、小さい頃は2人の言い合う声を聞くのが嫌だった。それで、俺が小学校に上がる前に、母さんは家を出て行った。新しい男と一緒に別のところに行くために。まぁ、だから、俺は捨てられたんだよね。父親にも母親にも。それからは、おばあちゃんに育てられてきた。」
捨てられたという言葉に、林の絶望が詰まっている気がして、私は胸が痛んだ。
「でも、母さんは、何年かに一回帰ってくるんだ。多分男と別れるタイミングで。でも、またすぐどこかに行っちゃう。別の男ができるから。俺は、母さんに捨てられて、恨んでるのに、男を取っ替え引っ替えして、依存して生きてる母さんを軽蔑してるのに、顔を合わせると、結局、許しちゃう。それで、このまま一緒にいたいって思っちゃう。母さんの顔色を窺って、ニコニコして。いつも、最後は裏切られるのにね。
だから...誰かとどんなに仲良くなって、俺が大事だと思う人ができても、心のどこかで、その人も、俺のことを見捨てるんじゃないかって思っちゃうんだよね。その人のために何かしても、俺の前からいなくなっちゃうんじゃないかって。だから、誰かのために一生懸命になることにブレーキをかけちゃうんだ。その人に見捨てられたときに自分が傷つかないために。本当に自分が臆病で嫌になる。結局、冷たいんだよ、俺は。その人のことを思うなら、行動すべき時だってあるのに。
矢崎が、陽介のために頑張ってるのを見て、なんていうか、羨ましかった。矢崎の行動力が。俺もそんな風に、友達のために動きたいのに、もし、俺が頑張っても、俺から離れていったら、悲しいなって思って、それが怖くて、結局ヘラヘラしてる。本当に情けないよね。」
そう話す林の声は落ち着いているけれど、彼の悲しみが伝わってくるような気がした。信じてる人に裏切られ続けることはどれほど辛いのだろう。私が想像するよりも、ずっと辛いはずた。
「…それって、林が悪いわけじゃないよ。林を裏切って、傷つけた人が悪いんだよ。」
私がそう言うと、林は私のことを見た。
「誰だって、何度も裏切られて、傷ついたら、もうこんな思いしたくないって思うよ。だから、誰かを信用するのが怖くなるのは当たり前だよ。林が臆病なわけじゃない。」
林は、少し俯いて、口を開いた。
「…そうかな。何度も裏切られてるんだから、また裏切られることくらい分かるでしょって、周りからは思われるかなって。」
林は、苦笑いしながら言っていた。
「他人がどう思うかは関係ないよ。林がどう思うかが一番大事だよ。信じたいって思うんでしょ?毎回。信じるのも、信じないのも林の自由だよ。それに、もし、信じて裏切られて傷ついても、林が悪いことにはならない。いつだって、傷つける人が悪いんだよ。傷つけられた側に、自衛しろなんていうのは、私は間違ってると思う。傷ついたら、傷ついたって言って良いんだよ。だから、自分のこと責めないで。林は今まで傷ついてきた分、誰かを傷つけないように行動できる優しい人だよ。」
私は、林の優しさに救われた。そのことを彼に分かって欲しかった。
「気づいてないかもしれないけど、林はね、人を1人救ってるんだよ。」
私がそう言うと、林は少し驚いた表情で私のことを見た。
「この前、私の話を聞いてもらった時、私の言ったことを受け止めてくれて、泣いてたら背中をさすってくれて、優しい言葉をかけてくれて。私はすごい救われたんだよ。誰にも言えないと思ってたことを、否定せず聞いてもらえて、すごくありがたかった。私の中ではものすごい大きなことで、嬉しかった。救われたの、私は。」
私がそう言って、林を見つめた。
「林は、相手のために一生懸命行動できないって、自分を責めるけど、その分すごく優しい。相手が嫌がることを言わない。相手のことを否定しない。それが冷たいって、林は言うけど、一歩引きながら、見守ってくれるって、こっちからすると、すごいありがたいことだったよ。少なくとも私には。林は今の自分を変えたいって思ってるかもしれないけど、これから、そうじゃない自分になろうとするかもしれないけど、今の優しい林に私は救われたから、今の自分も否定しないでほしい。本当に感謝してる。今の林も最高だよ。」
私がそう言うと、林は少し泣きそうな顔をした後にゆっくり笑った。
「そっか。俺、救えたんだね。矢崎のこと。良かった。」
そう言って、上を向いていた。もしかしたら泣くのを我慢してるのかもしれないと思った。
「泣きたい時は、泣けば良いよ。」
私がそう言うと、
「ありがとう。でも大丈夫。堪えたい。なんか、泣いたら、今の嬉しい気持ちが減っちゃう気がしてもったいない。」
林はそう言って。目を一度ぎゅっとつぶってから、開いて、深呼吸をして、私のことを見つめた。
「矢崎、ありがとう。聞いてくれて。矢崎と仲良くなれて良かった。矢崎と一緒にいることを選んで良かった。矢崎は、最高だよ。」
林はそう言うと、今までで1番良い笑顔を見せてくれた。
「同じ、地球の人だから。私たちは最高ってことで。」
私はそう言って、真っ暗な海をしばらく2人で眺めていた。
翌日の本祭で、私たちのクラス展示は大盛況だった。ホールの仕事が大忙しだったのは大変だったけれど、私を見て「ハートの女王だ!」と言う人がたくさんいて、自分の作った衣装が、人々の注目を集めることができたことが分かって嬉しかった。
午後、ホール作業担当になったあずにゃんにアリスのヘアメイクをしてあげた後、私は同じくシフトがなかった真理子ちゃんと一緒に投票に行くことにした。2人で話しながら投票会場に向かうと、中から女子達の声がした。扉から教室を覗くと中には、友井さん達がいた。
「いやー、矢崎琴音、自分一人だけハートの女王とか、目立ちたがりすぎない?」
「よくやるよね。私ならできない。でも結局さ、こういう目立つ、分かりやすく可愛いタイプが結局好きなんだよね。男って。林君にもがっかり。」
「ねー、分かりやすく可愛い子と、そういう子が好きな単純な男同士で仲良くしてれば良いんだよ。」
「私も、もっと、男を見る目磨かなきゃなー。」
教室の中から、聞こえる内容は少なくとも私に好意的な内容ではなかった。林が友井さんと一緒に帰ったときに、2人の間にどんなやりとりがあったかは知らないけれど、あれ以降、友井さんの話を聞かないし、彼女から私や林に接触する様子はなかったので、林のことを諦めたのかなと思っていた。林に片思いしていたのであれば、私と林が仲良くしている状況が気に入らないのは仕方が無いと思ったけど、悪口を言われたら傷つく。それに林のことを悪く言っていることにも腹が立った。
「…琴音ちゃん。私、甘い物食べたいから、どこかのクラス展示行かない?その後また投票に来ようよ。」
私と同じように、友井さん達の話を聞いていた真理子ちゃんが、そう言ってくれたので、2人でその場を離れた。しばらく黙っていた私を見た真理子ちゃんが口を開いた。
「あれかな。彼女たちは林に片思いしてて、フラれた感じかな?」
そう聞かれて、
「うーん。林と私が仲良いから、私に間を取り持ってほしいって言われて、林と2人で帰れるように、1度セッティングしてあげたんだけど、それ以来、彼女たちから何も言われないし、林も何も言わないから、そうなのかもしれない。」
私が答えると
「いやー、すがすがしいほどの逆恨みだねえ。醜いわー。メンタルブス。」
真理子ちゃんが語感良く言うので、思わず笑ってしまった。
「メンタルブスって…」
私が笑いながら言うと、
「いやー、フィジカルのブスは、化粧とか立ち振る舞いとか、最悪、整形でなんとかなるけど。メンタルブスは救いようがないね。自分を客観視できない人間は恐ろしいわ。」
彼女たちには申し訳ないけれど、真理子ちゃんがそう言ってくれて、少しスッキリした。
「でも、もしかしたら、林にひどいフラれ方したのかもしれないよ。逆恨みしちゃうくらい。」
私がそう言うと、
「いやー、林はそういうタイプじゃないでしょ。皆に優しいし。逆に琴音ちゃんは、林がそんな振り方すると思う?」
そう言われて考えたけど、あの林が、わざわざ友井さんを傷つけるような言い方をして振っている光景は想像できなかった。
「いやー、ないかな。」
私が答えると、
「じゃあ、メンタルブス確定で。」
そう言って真理子ちゃんは笑っていた。今日まで友井さん達のことをすっかり忘れてしまっていたけれど、林は彼女たちになんて言って断ったんだろうと、ふと思った。




