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黙々と作業を続けたおかげで、残り2日でハートの女王とアリスの衣装の完成の目処が立ってきた。ふと、文化祭準備期間中にあずにゃんと笹井が一度も会っていなさそうなことに気づいた。さすがにここまで接触していないと、前夜祭以降に距離を縮めることにも支障をきたしそうだと思ったのと、行灯の出来映えを見たかったので、あずにゃんを誘って、行灯製作の現場を見に行くことにした。行灯の近くまで行くと、笹井があずにゃんに話しかけていた。その姿を温かい目で見ていると、まさかの事態が起きた。なんと、イケメンで有名な5組の浪川拓実があずにゃんに話しかけてきて、仲良さそうに話し始めたのだ。浪川があずにゃんを見る目は友達に対するものではなく、好きな子に対するもののように見えた。ついに、前から私と林が懸念していたことが現実になってしまったのだ。
しばらくすると浪川は自分のクラスの行灯作製に戻っていったので、まず状況を整理するために、私はあずにゃんに質問することにした。
「…あずにゃん、いつの間に浪川と仲良くなったの?前、同じクラスだったっけ?」
私が尋ねると、
「ううん。同じクラスになったことはない。でも、Y県立医大のAO入試を浪川君も受けるらしいから、進路指導室でやってる受験対策で一緒になって話すようになったの。」
なるほど、例の会で仲良くなったのか。盲点だった。
「なんで”あずちゃん”呼びなの?」
一番気になるのはこれだ。男子で彼女のことをこんなに親しげに呼ぶ人間はいない。
「”山下さん”だと長くて呼びづらいから、”あずちゃん”って呼んでもいいかって聞かれて、良いよって言ったからだよ。」
あずにゃんの様子を見るに、呼び方で特別感を感じているわけではなさそうだ。でもわざわざあだ名を提案しているところと、あずにゃんに話しかけている時の表情を見るに、浪川に気があるのは間違いなさそうだ。
「そうか、そうか、うーん、なるほどねー。」
笹井の恋愛経験をしっかり聞いたことがあるわけではないけれど、あずにゃんのことをただ見てるだけだったことを鑑みるに、そこまで経験がありそうには見えない。一方、浪川は今まで何人もお付き合いをした子がいることを噂で聞いており、笹井より何倍も恋愛経験豊富そうだった。何より高身長でイケメン。ライバルとしては強敵だ。そんなことを考えながら、笹井の様子を見ると、呆然として頭を抱えているのが分かる。ショックな気持ちは分かるけど、こういう状況になるかもしれないことを、私は以前から彼に言っていた。絶対的に笹井の見立てが甘過ぎるのだけど、このままでは埒があかないので、一旦話し合う必要があると思った。私が林に目配せをすると、林も小さく頷いた。
「...あずにゃん。私、ちょっと寄るところあるから、先に教室戻っててもらってもいい?」
私が、そう言うと、あずにゃんは不思議そうな表情をした後に、
「分かった。じゃあ、私、戻ってるね。笹井君と林君も頑張ってね。」
そう声をかけてくれた。教室に戻って行く彼女を見送ってから、笹井を見ると、まだ呆然としていた。いつまでその状態でいるつもりなのか。
「...とりあえず、状況確認と、作戦会議。ここだと人が多すぎるから、昇降口行くよ。いい?」
私がそう言うと、笹井はゆっくりと頷いた。
3人で昇降口に到着してすぐ、私は口を開いた。
「だから!言ったじゃん!あずにゃんのこと好きな人、他にも出てくると思うよって。笹井は油断しすぎ。ただでさえ、受験対策に行かなくなって、一緒に過ごす時間減ってたんでしょ?普段教室で話してるところも見なかったし。あずにゃんと約束したからってダンス頑張るのは良いけど、それに集中してる間に、あずにゃんに彼氏できちゃったら意味ないじゃん。きっと、彼氏は別の男のダンスする姿なんて見せないだろうし。」
私が強めに指摘すると、笹井は明らかに落ち込んでいた。
「浪川のあの感じ見てると、完全に山下さん狙ってるね。わざわざ話しかけに来て。イケメン浪川がライバルなの嫌だねー。」
林は苦笑いをしていた。
「浪川、結構人気あるからねー。モテ慣れてる感じするし。どう動けば、女の子が喜ぶか分かっている感じがする。」
私がそう言って追撃すると、笹井は苦しそうな表情をしていたが、
「...でも、山下、俺のダンス本当に褒めてくれてるし、俺にも多少、勝算が...」
そう言って、自分にも勝機があるように話していた。正直、私には悪あがきのように聞こえた。
「確かに、あずにゃんは笹井のダンスのことをとても褒めてる。ただ、それはあくまで、笹井の”ダンス”その、”才能”を褒めてるの。笹井のことが好きで、ダンスを褒めてるわけではない。
例えば、遊園地で、着ぐるみの可愛いマスコットキャラクターがダンスしてて、可愛いって褒めたとする。そしたら、中の人が着ぐるみを脱いで
「可愛いって言ってくれましたよね?デートしましょう」
って言ってきたとしたら、デートする?
「いや、可愛いって言ってたのは着ぐるみに対してなんですけど、気持ち悪い」
ってなるでしょ。笹井のダンスはこの着ぐるみと一緒。あくまで、ガワを褒められているんだと思った方がいい。」
私が丁寧に説明すると、笹井がさらに落ち込んで、打ちのめされているのが分かった。少し可哀想な気もしたけど、彼が今、危機感を持って行動しないと、あずにゃんが浪川と付き合う可能性はかなり高そうに見える。少し哀れだけど、本人のためにもアドバイスをしなければいけないと思い、私は口を開いた。
「...あまりにも可哀想だから、お節介するけど、今の笹井の接し方じゃ、あずにゃんに好きだって全く伝わってないと思うよ。あのね、あずにゃんが好きなのは宝塚歌劇団だよ。宝塚見たことある?」
「...山下が宝塚を好きなのは知ってる。でも、観たことはない。」
なんで、観ていないのか。好きな人の、好きなことは勉強しておくべきだ。会話のネタにもなるんだし。
「1回くらい観たら?あのね、宝塚の世界では、愛の言葉なんて、挨拶代わりなの。愛してる!ジュテーム!アモーレ!の世界なんだから。あれを小学校の時から見続けて、どっぷりハマってて、現時点まで彼氏が一度もいたことがない状態だったら、あの世界が標準になってしまっている可能性が高い。あれ?もしかしてちょっと私のこと好きなのかな?くらいの接し方じゃ絶対に伝わらない。好きならちゃんと、言葉と態度で明確に分かりやすく伝えないと。
笹井のダンスを、あれだけ褒めるってことは、笹井自体のことも悪くは思ってないと思うから、可能性はまだある。あとは、どれだけ笹井が頑張るかだと思う。文化祭期間はさすがのあずにゃんも勉強せずにいるんだから、ここは頑張りどころだよ。少なくとも2回のチャンス、逃さないで。」
「2回?」
「まず、明日の行灯行列で、私はあずにゃんを、すっごい可愛いアリスにします。あずにゃん、絶対にメイク映えする顔だし、私の持つ全ての技術をもって、全力でヘアメイクします。そして、アリスの衣装も、今までのあずにゃんのイメージからは想像できない感じのやつ作ってるから、絶対に可愛いこと間違いなし。アリスの仮装をした、あずにゃんに真っ先に合わせてあげるから、全力で褒めて。こんなに褒めてくれるってことは、笹井君は私のこと好きなのかな?って思うくらいにはね。無理して褒めようとしなくても、勝手に言葉が出ちゃうくらいのクオリティにするから。
そして、本祭か後夜祭、どちらかのタイミングで、あずにゃんと一緒に回ろう。2人だと緊張するなら、私と林と4人でいいよ。途中で私と林が抜けて2人にしてあげるから。私とか林が誘ったことにして4人で回るより、笹井があずにゃんに直接誘うのが大事だからね。忘れずに。」
私が丁寧に説明すると、落ち込んでいる表情だった笹井が、徐々に前向きな表情になっているのが分かった。ただ、この展開に戸惑っていそうだったけど。
「...分かった。頑張る。」
笹井がそう言ったので、
「よし、じゃあ、頑張って。私も粛々と衣装を作ります。」
私もそう宣言した。
笹井がトイレに寄るというので、私は林と2人で歩き始めた。
「いやー、さっきの矢崎すごかった。もう、あれはぐうの音も出ないわ。」
林が笑いながら言っていて、
「私が散々言ってたのに、あずにゃんのことを放っておいていた笹井が悪い。あれくらい言わないと分からないかなと思って。」
私はそう答えた。
「でも、あそこまで陽介にアドバイスして、応援してくれるとは思わなかった。」
林にそう言われ、
「…私は、あずにゃんが幸せであればいいんだけど…。笹井は、林の友達だからね。友達の友達は応援したいなって。林が良い人なんだから、その友達の笹井も良い人なんだろうなって思うし。」
私がそう答えると、林は少し驚いた表情をした後に、またゆっくりと笑顔になった。
「それなら、陽介はもっと俺に感謝しなきゃいけないなー。」
そう言って機嫌良く歩いていた。




