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林は少し緊張した様子で話し始めた。
「俺ね、ずっと、好きというか、忘れられない人がいるの。なんか、もはや、執着なのかなって思うけど。」
心のどこかで、林も私と同じように、誰かと付き合うことができない人間なのではないかと期待していたけど、そうではなかったと知って、少し、残念だった。でも、仕方がない。私のような人間は少数派なんだろう。私がどういう人間か知ったうえで、仲良くしたいと言ってくれる、大切な友達なのだから、不満に思うなんて贅沢だ。私は自分を戒めた。
それに、誰かのことを一途に好きな人間だと、私を恋愛や性欲の対象として見てこないので、接しやすい。笹井に強気で話せるのも、あずにゃんのことを好きで、周囲に目もくれないと分かっているからだ。
「その人と初めて会ったのは中学生の頃で、バンドやってた先輩の友達みたいな人だったんだけど...ものすごい自由で、何考えてるか分からなくて、でも、俺のこと一目見て、”ずっと笑って誤魔化してきたんでしょ”って言われて、見透かされたなって思って。そこから、付き合えたかと思ったら、そうじゃなかったり。連絡が途絶えたと思ったら、たまに連絡が来て、のこのこ俺が会いに行って...。どうせあの人は、またどこかに行っちゃうから、虚しくなるんだけどね。結局、連絡待ってる。」
好きな人の話をしているはずなのに、林はずっと寂しそうだった。そこまで誰かのことを好きだと思う気持ちが私には心からは分からない。それがもどかしかった。
「俺のこと好きって言ってくれる人がいても、すぐその人のことが頭によぎるから、たぶん、その人に囚われてる限り、俺、無理なんだよね、誰かと付き合うの。」
悲しそうに、林は笑っていた。林を元気付けたいのに、私が恋愛を理解できない限り、上っ面の言葉しか出てこない。自分の中の言葉じゃなくて、伝え聞いた話の中の言葉しか言えない。
「...私は恋愛感情って分からないけど、分かるのも大変なんだよね、皆。林も。...せっかく林が、自分のこと話してくれたのに、上手いこと言えなくて本当にごめん。」
私じゃ、林を慰めることもできない。なんて無力なんだろう。
「...いいんだよ。聞いてくれるだけで。なんていうか...救われるから。」
林はそう言って、笑っていた。私はそんな林の横顔を、ただ、見つめることしかできなかった。
それからしばらくして、あずにゃんから笹井が東京で行われるダンスの大会に出場するためにY県立医大のAO入試の受験を取りやめるということを聞いた。
「きっと、笹井君なら優勝できるよ。本当にすごいから。頑張ってほしい。」
笑顔でそう話すあずにゃんは、とても嬉しそうだった。
もちろん、目標に向けて努力するのは素晴らしいことだ。でも、数少ない一緒にいられる時間を手放して、笹井はあずにゃんとの仲をどうしていくつもりなんだろうと思ってしまった。
「笹井、ダンスを頑張るのは良いけどさ、相変わらず教室ではあずにゃんのこと見てはいるけど、話さないし。プライベートで、ダンスの大会まで見に行った結果、逆に2人の距離広がってる気がするの、私だけ?」
放課後、林と2人でファストフード店で勉強をしながら、つい、ぼやいてしまった。私と林は、海で話をして以来、さらに仲が深まり、放課後を一緒に過ごすことが多くなった。林と話して、2人でいる時間の方が楽しいんだから、周りの目を気にして、一緒にいないのはもったいないよねという結論になったのだった。委員会がある、週に2日は、ほぼ必ず、一緒にダラダラ喋りながら、勉強するようになった。
私は、自分は一生結婚できないことを悟ったので、手に職を付けるために、薬剤師になろうと考えていた。もちろん、資格職であるだけでなく、仕事内容も自分に合っていそうだし、長く続けるにはもってこいの職業だと思ったからだった。一方、林はもともと建築に興味があったらしく、建築科を志望していた。
「うーん。どうやら、陽介、ダンスでプロ目指すんだって。本当はずっと、ダンサーになりたかったけど、色々事情があって、諦めてたらしい。でも山下さんが、背中を押してくれたおかげで、親にもダンサーを目指すって言えたみたい。それで、その東京のダンス大会が、ダンサーになるための登竜門的な大会らしくて、優勝するために頑張ってるんだって。」
笹井がそこまで本気でダンスに取り組んでいるとは思わず、私は驚いてしまった。
「山下さんのおかげで、自分が本当にやりたいことを目指せるようになったから、山下さんに本当に感謝してるって。恩人だって言ってた。あれは、完全に山下さんの虜だね。まぁ今までもそうだったけど。プロになるって山下さんに宣言したらしいから、大会で優勝したうえで、彼女の受験が終わるまでは動かないんじゃないかな?邪魔したくないって言ってたし。」
林は軽く笑いながら言っていた。
笹井が今まで以上にあずにゃんのことを好きになったのは、いいとして、どんなに彼女への想いが高まったとしても、あずにゃんに好きになってもらえないと、付き合うことはできないし、笹井が告白するまでの間に、彼女が別の人間に好かれてしまう可能性は充分にある。だからこそ、あずにゃんとの距離もしっかり縮めないといけないと思うのだけど。
「そういうもんなのかな...。正直、そんなにあずにゃんのこと放っておいていいのかって思うけどね。AO入試終わるの1月末だし、あずにゃんのことだから大丈夫だと思うけど、もしニ次試験も受けることになったら...2、3月までかかるし。」
私にとって、あずにゃんが幸せであることが1番重要だけど、林も私の大事な友達で、その林が応援している笹井の恋を、私も応援したい気持ちになっていた。
「うーん。俺もそれは思うけど、今はダンスのことに集中してるからなー。まぁ、もうすぐ文化祭だし、さすがの山下さんも、いつもみたいに勉強に集中しない状態になるから、そこでさりげなく2人の仲を応援してあげられたらいいかもね。」
林にそう言われて、確かにその通りだと思った。
「せっかくだし、ちょっとお節介しようかな。林、バンドの衣装でジャケット持ってない?オレンジ色の。」
こうして、私は、2人の仲を自然に近づけるための策を実行することにした。
翌日、クラスで行われた、行灯と仮装のテーマ決めの会議で、私は不思議の国のアリスをテーマとして提案した。すでにテーマが決まっているクラスではまだ出ていない案だったし、なにより、あずにゃんは絶対にアリスが似合うはずだ。
「私、ミシン使えるから、衣装担当やるし、女子はチェシャ猫と時計ウサギで、耳と尻尾つけて、それぞれ自由にアレンジしたリボンとかハートとか色々なアイテムつけたら可愛と思うんだけどどうでしょう?男子はトランプ兵で。」
私が提案すると女子たちに好感触だった。特に亜美ちゃんは乗り気だった。
「良さそう!猫耳つけたい!」
声が大きい存在の彼女が賛成してくれたことで、行灯のテーマは不思議の国のアリスに決まった。
私は事前に亜美ちゃんの彼氏の谷藤健のクラスの行灯のテーマを調べて、サンリオに決まったことを知っていた。さらに、谷藤を含む男子数名がキティちゃんの耳をつけることを聞いていたので、テーマ決めの会議の前にさりげなく、亜美ちゃん達のグループに話しかけた。
「行灯のテーマ何がいいと思う?他のクラスは何やるのかな?」
私が聞くと、
「健のクラスは、サンリオだって言ってたよ。健もキティちゃんの耳つけるって言ってた。だからサンリオは避けた方がいいよね。何がいいかな?可愛いやつやりたいよね。」
亜美ちゃんがそう発言するのを私は聞き逃さなかった。
「じゃあ、不思議の国のアリスはどうかな?亜美ちゃんアリス似合いそうだけど、谷藤君がキティちゃんなら、亜美ちゃんがチェシャ猫の耳付けたら、お揃いみたいで可愛いよね。尻尾もつけてさ。」
亜美ちゃんは、お揃い好きなので、この案に乗ってくれる自信が私にはあった。
「えー、良いかもそれ、可愛い。」
亜美ちゃんから好感触を得て、私はダメ押しで畳み掛けた。
「だよねー!私結構ミシン使うから、衣装担当できるし、女子達をどのクラスよりも可愛く仮装させられる気がする。」
私の中でいちばんの営業スマイルを見せながら、念押しした。
「えー、琴音ちゃん頼もしいー、アリスにしよう!」
発言力の大きい亜美ちゃんのお墨付きをもらえた、私は内心ガッツポーズを取っていた。
テーマが決まった後、あずにゃんに話しかけた。
「仮装の衣装作るの楽しみだなー。リーダーの特権で、私はハートの女王やります。」
私が言うと、
「ことちゃん似合いそう!見られるの楽しみだなー。私は何の仮装するかな。時計ウサギかチェシャ猫だよね?選べる感じ?」
私の企みを知らないあずにゃんは、自分が何をやるか考えていた。
「いや、リーダーの特権で、あずにゃんはアリスやってもらうね。」
私がそう伝えると、彼女は驚いていた。
「え?私が?...他の子の方がいいんじゃないかな?私、目立たない方だし。」
あずにゃんは及び腰だったが、私は絶対に彼女はアリスが似合う自信があった。
「いや、絶対あずにゃんはアリスやった方がいい。あずにゃんがこのクラスで一番背が低くて華奢だし、色白で絶対似合うから。任せて。リーダー命令でお願いします。」
私が笑顔で言うと、あずにゃんは困ったように笑いながら、
「...ことちゃんがそう言ってくれるなら、よろしくお願いします。」
そう言ってくれた。
「絶対可愛いアリスにする。元々あずにゃん可愛いんだし、メイクしてエクステつけたら、魅力がさらに増すはず。どんな感じにしようかなー、楽しみ。」
放課後、いつものファストフード店で、仮装関連の本を見ながら、話す私を、林はいつものように笑顔で見ていた。
「いやー、小野さんに根回しまでするとは、さすがだわ。アリス姿の山下さんを見て、他の男子がざわついてたら、陽介も焦るだろうし、一緒に文化祭回れたら、より距離も近づきそうだしね。」
林もこの作戦に、協力的だった。
「やっぱり、距離縮める定番は文化祭でしょ。私はよく分からない感覚だから、本とか漫画とかドラマとか映画の知識だけど、大体共通して、イベントごとで男女の距離が縮まるのをたくさん見ました。」
自分では分からない感覚だからこそ、色々な文献や映像で恋愛についての知識を得ている。そうしないと、自分に向けられる好意に気づかず、告白されたり、恋愛トラブルに巻き込まれることがあったので、自ら学ぶ姿勢が大事だと、かつて悟ったのだ。
「さぁ、あとは、頑張って衣装を作るのみ。頑張るぞー。」
私はそう宣言して、再び、本を読み始めた。




