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私は、笹井の様子をしばらく観察していた。彼は何かをしているとき以外は、あずにゃんのことをよく見ていたが、当のあずにゃんはというと、基本的に、私と話しているか、勉強に集中しているので、笹井の視線には気付いていなさそうだった。
あそこまであずにゃんのことを見ていると言うことは、たぶん笹井は彼女に好意を抱いているんだろう。あずにゃんのことを好きになる気持ちはよく分かる。彼女は可愛いし、信念を持っていて、周りに流されず、自分を貫く姿勢があってカッコいい。
一度あずにゃんに聞いたところ、彼氏がいたことはないと話してたので、たぶん今まで彼女の魅力に気付けるほど、彼女に近づく気骨がある男はいなかったのだろう。でも、一旦、彼女と仲良くなると、とても素敵な人なのが分かるはずだと思った。
ただ、あずにゃんは、周囲のことを全く気にしていないので、彼女のことを好きな人がいても、彼女のことを見ているだけじゃ、絶対に好意は気付かないだろう。
そんなに見るくらいなら話しかけにくれば良いのに。
私は、少し呆れた気持ちで、笹井のことを見ていた。
翌日の委員決めで、私はじゃんけんに負け、美化委員をやる羽目になった。美化委員は週に2回、花壇の点検作業や校内の清掃などを行うのが仕事であり、正直とても面倒な役割である。これで男子の美化委員が、苦手そうなタイプだったら、輪を掛けて嫌だったが、男子の美化委員は林だった。彼は優しい人だと聞いているから、気が合えば良いなと思いつつ、初めての委員会に向かうときに、彼に話しかけた。
「お疲れ様。今日、美化委員会初日だよね。一緒に行かない?」
私が笑顔で聞くと。
「お疲れ様。そうしようか。そろそろ出た方が良いよね。」
彼も笑顔で答えてくれたので、委員会が行われる教室まで一緒に行くことになった。歩きながら私は自己紹介をした。
「初めて同じクラスになったし、改めて自己紹介するね。矢崎琴音です。よろしくお願いします。」
私はそう言って軽く頭を下げた。
「わざわざありがとう。林海斗です。よろしくお願いします。」
林も私に合わせて頭を下げてくれた。
「お互いじゃんけんに負けて、決まっちゃったから、運悪いよね。よりによって美化委員って一番仕事多いし。」
美化委員は、男女ともに立候補がいなかったので、委員が決まっていない人だけでじゃんけんをして決まったのだ。
「本当だよねー。これだったら、もう少し仕事量が少ない委員に立候補しておけば良かったって思った。」
林は苦笑いしていた。
彼は、確かに噂通り、ニコニコしていて物腰柔らかくて優しいし、話しやすい人だった。
穿った見方かもしれないけど、私が周囲と揉めないために、笑顔で愛想良くを心がけているのと、同じ理由で、こういう態度を取っているのかもしれないと思った。
あと、モテるけれども、誰とも付き合っていないところも私と一緒な気がして、勝手に親近感が湧いた。
さらに、これは私の中でとても大きいことだったのだけど、彼は私と話すとき、私の胸を一度も見なかった。
大抵の男子は、私と話しているとき、少なくとも1回は私の胸を見ていた。私は、その度に、この人は私に胸がなくても同じように話してくれるのだろうか、胸のない私も、胸の大きい私も同じように接してくれる人は果たしてどれくらいいるのだろうかと虚しい気持ちになっていたのだ。
だから、胸じゃなくて、私の顔を見て話してれる林は、私自身のことをしっかり見てくれている気がして、とても良い印象を持った。
結局、委員会をやる教室に着いてからも、会が始まるまで、2人で話は盛り上がり、委員会が終わって教室に戻るときも話し続けていた。
「いやー、想像以上に楽しかった。林となら美化委員もやっていけそう。」
いつもなら、男子と話すときは、必要以上に好かれないように、特別感があることを言わないように心がけていたけれど、林との時間は楽しくて、自然とそう言ってしまった。
「うん、俺も楽しかった。想像以上に、矢崎と話が合って面白かった。」
林はそう言って、笑っていた。
「てか、矢崎、山下さんと仲いいよね。意外。失礼かもしれないけど、全然タイプ違う感じするから、びっくりした。」
「私もびっくりしたよー。あずにゃん、宝塚歌劇団の大ファンで、私もお母さんの影響で宝塚はそこそこ知ってるから、それきっかけで話すようになったの。話すと分かるけど、あの子は可愛い。そして良い子。どうかあのまま成長して欲しい。」
たまたま、あずにゃんの話になったので、そういえば林は笹井と仲が良いことを思い出した。
「あのさ、林って笹井と仲いいよね。」
「うん。3年間同じクラスだしね。あいつ、目つきは悪いけど良いやつだよ。」
林は、さらっと彼のことを褒めた。
「笹井さ...あずにゃんのことすごい見てるよね。」
私がそう言うと、林は吹き出して笑い初めた。
「あははは、やっぱり気付いちゃうかー。」
林は笑いながら言っていた。
「あれは、周りが気付いちゃうよ、さすがに見過ぎ。まぁ、あずにゃん本人が、本当に周囲からの視線とか気にしないというか、気付かない人だから、問題になってないけど、これで、相手が普通の子だったら、ちょっと怖いと思う。あそこまで見られたら。」
私が言った意見がツボに入ったようで、林はしばらく笑い続けていた。
「いやー。そうだよね。俺も1年生の時、陽介見てて、割とすぐ気付いたからなー。でも本人に自覚はないんだよねー。ものすごい見てるのに。」
林はまだニヤニヤしていた。
「1年生からなんだ、随分と長いね…。あずにゃんのこと好きなの?彼は。」
私が聞くと、
「うーーーん。ここまで言っておいて、申し訳ないけど、本人がいないところでこう言う話するのって、よくない気がするかも。たぶん、本人に聞けば教えてくれるよ、きっと。なんか、ごめんね。」
林に言われて、確かにその通りだと思った。ここでベラベラ他人のことを話さないところも、良い人だなと思った。
「そうだよね。私の方こそごめん。コソコソ裏で聞くのは良くないね。反省する。...今度、林と笹井が一緒にいるときに、直接聞くね。」
私が軽く頭を下げて言うと、
「そうやって謝れるの立派だと思う。やっぱり、矢崎って良い人だね。」
私が、心の中で林に対して思った”良い人”と言う評価を、私に対して林が言った。お互いに考えていることが同じなのがおかしくて、私は思わず笑ってしまった。その様子を見て、
「あれ?俺、変なこと言った?」
林は少し不思議そうな顔をしていた。
「ううん。私たちはお互いに、良い人ってことで。」
私は笑顔でそう答えた。
その翌日の教室、美化委員の仕事の件で、私と林は話していた。ふと、林の机のそばから笹井を見ると、また、あずにゃんのことを見ていた。あずにゃんは勉強中で、もちろん、その視線に気づいていない。
だから、声をかければ良いのに。
「「見過ぎだよねー。」」
同じセリフを、私と林が同時に言った。私たちは驚いて顔を見合わせて、笑ってしまった。
「ちょっと待って、こんなにシンクロすることある?」
「いや、俺もびっくりした。もはや怖いんだけど。」
そう言い合って、私たちはしばらく笑っていた。
その日の放課後、私は家に帰る途中で、途中まで解いた宿題を教室に忘れたことに気付いた。明日の朝、早くに行って残りの分を解けば、ギリギリ授業には間に合いそうだけど、ヒヤヒヤしながら大急ぎで宿題を終わらせるのは嫌だったので、仕方なく来た道を戻り、学校に向かった。教室の扉を開けようとした直前、教室の中から亜美ちゃんの声が聞こえた。おそらく女子数人で話しているのだろう。
「琴音ちゃんって、本当に男子と仲良いよね、それもイケメンの。今日も林と仲良さそうにしてたし。可愛いし、絶対モテるのに、彼氏作らないのって、あえて彼氏作らないことで、男子を侍らせるためだったりするのかなって思っちゃった。良い子なんだけどね。ノリもいいし。」
亜美ちゃんの発言は、私を褒める言葉を混ぜてはいるが、総合的には私のことを良く思っていないのが伝わってきた。
侍らせてるか...きっと2年生の時にサッカー部の男子と仲良く話してるのが気に入らなかったのも、そういう理由からなんだろうな。
...私が誰とも付き合わずにいるのが、そんなに周りに迷惑なんだろうか。それに、色々な人と友好的に過ごそうとするのはそんなにダメなことなんだろうか。私としては告白されないように、相手を傷つけないように、散々予防線を張っているのに。
そのまま教室に入るのは気まずいので、やっぱり帰ろうか迷っていると、
「山下さん、琴音ちゃんと仲良いよね?どんな感じ?」
まさか、あずちゃんがいるとは思わず、私は驚いた。さっきの話をした後に、あずにゃんに話を振るのはさすがに意地が悪い。悪口を言えと言っているようなものだ。それでも私は、あずにゃんがどう答えるか気になってしまった。
「…あ、ごめん、私に話しかけてくれてた?」
おそらく、勉強中だったであろう、あずにゃんは、ワンテンポ遅れて、亜美ちゃんに話を聞き返していた。
「大丈夫。山下さんから見た琴音ちゃんってどんな感じかなって思って。」
あずにゃんに聞き返されて、調子が狂ったであろう亜美ちゃんが、改めて、彼女に質問していた。
「ことちゃん?えーっと、ことちゃんは、すごく優しくて良い子だよ。」
その返答では、おそらく亜美ちゃんは満足しないだろう。予想通り、亜美ちゃんが質問を重ねた。
「優しいって、どんな風に?」
またしても、答えに困りそうなことを聞いてくるなと思っていると、
「ことちゃんの優しさを伝えられるかはわからないけど...ことちゃんって、豆腐のことを”お豆腐”って言うし、野菜のことを”お野菜”って言うんだ。お肉とかに”お”をつけるのは分かるけど、その2つにちゃんと”お”をつけて言うのって、すごい丁寧で、優しいなって私は思ったんだけど...ちょっと分かりにくいかな。
ことちゃんは、私に気軽に話しかけてくれて、私の話を聞いてくれるし、私が知らないことも色々教えてくれて、会話するのがすごい楽しい。だから私はことちゃんと仲良くなれて、すごい嬉しいです。」
まさか、お豆腐とお野菜の言い方を褒められるとは思わず、私は思わず笑いそうになってしまった。あずにゃんはこんな風に思ったことを率直に言うところがある。そんなところも可愛くて愛おしいけれど、おそらく、亜美ちゃんが望んでいる答えではなさそうだ。あずにゃんは良くも悪くも周囲の空気を読みすぎない子なのだ。
まっすぐで良い子だ。
そして、なにより、あずにゃんが私のこと、良く思ってくれて、褒めてくれて、嬉しかった。彼女にそんなつもりはなかっただろうけど、私のことを亜美ちゃんから庇ってくれたのだ。
「そっか、そっかー。教えてくれてありがとう。」
亜美ちゃんがそう言って、その話題は終わった。きっとあずにゃんの答えは、彼女が欲しい答えではなかったのだろうけど、明らかに機嫌を損ねた声色でもなかったので、私のせいで、あずにゃんが大きな不利益を被ることは無さそうだと思って安心した。彼女達が教室を立ち去る気配がなかったので、結局、私は家に帰る事にした。
明日の朝、必死で宿題をやらなければいけないことは、少し憂鬱だったけど、あずにゃんの私への気持ちを聞けて、ご機嫌で家に帰ることができた。
翌朝、いつもより早い時間に教室に入ると、もうあずにゃんが勉強をしていた。今日も集中している。
「おはよう。」
私が笑顔で声をかけると、あずにゃんは
「おはよう。ことちゃん、今日、早いね。」
少し驚いた表情をした後、笑顔で挨拶してくれた。私は彼女の顔を見つめて、口を開いた。
「私、あずにゃんのこと大好きだわ。これからもよろしくね。」
そう言うと、彼女はまた少し驚いた顔をした後に、笑顔で、
「急に言われてびっくりしちゃった。…私も、ことちゃん大好き。これからも仲良くしてください。」
と言ってくれた。




