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俺は、次の受験対策で、あずちゃんと顔を合わせるのが気まずかった。彼女から冷たい態度を取られたら、きっとまた落ち込むだろう。自業自得だけれど。でも、緊張しながら、進路指導室に向かい、あずちゃんと顔を合わせると、彼女はいつも通り俺に挨拶してくれた。そしてそのまま勉強を続けていた。普段と変わらない態度にホッとした。
俺はそのまま彼女の勉強する横顔を見つめていた。もう、付き合うのは無理だろうけど、やっぱり諦めることもできなくて、彼女が真剣に勉強する姿を見て、やっぱりキレイだと思った。
そんなある日、笹井が進学せず、ダンスをやるためにアメリカへの留学を決めたという話を聞いた。進学率が高い俺たちの高校では、聞いたことがない進路だった。しかも笹井は数学だけなら学年トップの成績の持ち主なので、進学しないのはもったいないというのが、圧倒的に多い意見だったし、先生たち、特に6組の担任の村本は反対しているという噂だった。俺も聞いた時は、そんなギャンブルみたいな進路を選ぶなんて、信じられないと思った。そして、同時に、あずちゃんのことを考えた。彼女は...どうするんだろう。きっと今は、笹井と離れることを悲しんでるんじゃないだろうか。
こんなことを考えるのは意地が悪いのは分かっているけど、恋敵がいなくなるのはチャンスかもしれないと思ってしまった。彼女と進路指導室で会える日を待ち望んでいたけど、玉木先生の都合で2回連続で受験対策がなくなり、もどかしい気持ちで日々を過ごしていた。
その日、俺は担任の畑中に提出物を渡すため、職員室の扉を開けた。そして、畑中の机に向かう途中、聞き覚えのある声が聞こえた。声の方向に目をやると、あずちゃんが、村本に向かって話していた。その隣には笹井もいた。
「私は、彼がどれだけ自分の夢のために努力しているか知っています。先生と違って。」
あずちゃんの声はいつもより低く、怒りを抑えながら話しているのが分かった。
「やるべき勉強から逃げてるってなんですか?
勉強はあくまで自分がやりたいことを実現するための手段です。これぐらいのレベルの勉強ができれば、これくらいの進路は選べるっていう考えて、進路を選べってことですか?自分が本当に何をしたいかは関係なく。
彼は自分が本当にやりたいことを見つけて、それに向かって努力してるだけです。逃げてなんていません。
彼が望んでいて、彼の両親もそれを応援してるのに、なんで先生が反対してるんですか?
自分の生徒が不安定な仕事を選ぶことが心配だからですか?
それとも、自分の担当するクラスの進路実績を良くしたいからですか?
前者なら余計なお世話です。彼が決めることです。自分が選ぶ道がどれくらい難しいものかは、彼が一番分かっていますから。だからそのために努力してるんですから。
後者なら、安心してください。私が医学部に入るっていう大きな実績を作ってあげますから。
ただ、もし、今後、”恩師は誰ですか?”って聞かれても、絶対に先生の名前は挙げません。一生。
...資料置いておきますね。2度と彼の邪魔しないでください。」
あずちゃんはそう言って、職員室から出て行った。彼女が、村本に対して理路整然と反論する姿はとてもカッコよくて目が離せなかった。
笹井が、あずちゃんの後を追って職員室から出ていくのを見て、気付いたら俺も2人の後を追っていた。
笹井の後を追うと、彼はあずちゃんに追いついて、話していた。そのまま、進路指導室に入っていく彼らについて行き、扉の前で聞き耳を立てた。
泣き声が聞こえて、彼女が泣いていることを知った。
「梓、ごめん。俺のせいで。泣かせて。」
「陽介君は悪くない。村本先生が悪い。あんなこと言うなんて、本当にひどい。悔しい。私は許せない。どれだけ陽介君が頑張ってるかも知らないくせに。私は大会で陽介君のダンスを見て、本当に感動したの。涙が出た。陽介君は天才だよ。踊るために生まれた人なんだって思った。だから、諦めないでほしい。夢に向かって頑張ってほしい。
アメリカに行っても頑張ってね。応援してる。私は、陽介君の1番のファンだから。大会の時、すぐに、留学頑張ってって言えなくてごめんね。
...寂しいって思っちゃったから。
でも、私はやっぱり、陽介君には踊っていてほしいから、陽介君が選ぶ道を応援します。私は陽介君の味方です。」
ずっと、笹井にあって、俺にないものはなんだったんだろうと考えていた。どうすれば、あずちゃんは俺を選んでたんだろうって。
笹井はずっと、ダンスを本気で頑張ってたんだ。きっと、あずちゃんは、笹井の、一生懸命、努力する姿を好きになったんだろう。
一生懸命、努力する姿は素敵だ。俺もあずちゃんが真剣に勉強する姿を見て、そのことを知った。
そして、それは、何かを頑張ることを諦めた俺には、絶対に見せられない姿だった。
だから、彼女が笹井を選んだことに納得したと同時に、俺も、何かを懸命にやる姿を彼女に見せられたら、自分のことを選んでくれたかもしれないと思ってしまった。もう後悔しても遅いけれど。
「梓、本当にありがとう。梓にそう言ってもらえるなら、なんでもできる気がする。俺、絶対に頑張るから。」
「なんか、怒りすぎて、悔しすぎて、泣いたの久しぶりだから、なかなか涙止まらないな。身体がびっくりしてそう。」
「俺、梓に言いたいことがある。
ずっと言いたかった。
もう、バレてるだろうけど。俺はたぶん、これから色んなところ転々とするだろうから、梓に寂しい思いをさせることもあると思うし。
でも、どうしても言いたいから。俺のわがままかもしれないけど。梓の受験が終わったら、聞いてほしい。それまでに、考えてほしい。」
「分かった。考える。」
2人のそんなやり取りをずっと聞いていると、今まで感じていた嫉妬も焦りも消えて、なぜか穏やかな気持ちになっていた。
俺の負けだな。素直にそう思った。
笹井が扉に向かって歩いてくる足音が聞こえて、俺は物陰に隠れた。扉が開いて、彼が出てきて、立ち去って行った。
このまま身を引くことはできる。でも、最後に、もう無理なのは分かっているけど、自分のエゴなのは知っているけど、あずちゃんに俺の一生懸命な、真剣な姿を見せたいと思った。
俺は深呼吸して、進路指導室の扉を開けた。
いつもの席に座っているあずちゃんは、目元をハンカチで押さえていた。俺の姿を見ると、少し驚いたようだった。
「泣いてるの?」
俺は彼女を見つめながら言った。
「あー、心配かけたならごめん。涙は出てるけど、気持ちは落ち着いてるので、なんか久しぶりに泣いたから、身体がびっくりして止まらないだけ。大丈夫だから。」
俺は、そう話す彼女の隣の席に座った。
「今日、月曜日だから、受験対策じゃないよね?勉強しに来たの?」
彼女に聞かれた。俺は深呼吸してから、口を開いた。
「あずちゃんは、これからも泣くの?あいつのために。」
彼女は少し驚いていたけど、何も答えなかった。
「たくさん泣くことになるんじゃない?遠距離なら。」
あずちゃんは黙ったままだった。俺は緊張で声が震えないように、呼吸を整えてから、話し始めた。
「俺なら、寂しい思いさせないよ。そばにいるし。」
彼女はさらに驚いた様子で俺の顔を見た。
「俺、あずちゃんのこと好きだよ。あずちゃんのおかげで、頑張ってる姿を見て、勇気をもらって。本当にすごく感謝してる。だから、今度は俺が、あずちゃんを一番近くで見ていたい。俺と付き合ってほしい。」
俺の話を聞きながら、彼女が徐々に真剣な表情になっていくのが分かった。俺の本気が、一生懸命な姿が、彼女に伝わっているのかもしれないと思った。俺の話を聞き終わると、あずちゃんは目を閉じて、深呼吸をした。
そして、目を開けてから、俺のことを見つめた。
「浪川君、ありがとう。そう言ってくれて嬉しい。
でもね、私、好きな人がいるから、その気持ちには応えられない。ごめんなさい。
前に、浪川君に”努力って報われるとは限らないから、ダメだったら嫌だなとか思わないのか”って質問されたでしょ?
そのとき、私、”誰にも分からない未来のことで不安になるよりも、目標を叶えるためにひたすら努力する方がいい。”って言ってたけど、自分でそう言ってたくせに、忘れちゃってた。
彼との未来がどうなるかなんて誰にも分からないなら、今の好きって気持ちを大事にして、努力するしかないんだよね。
私、努力は得意だから、できそうな気がする。」
私がそう話す彼女の姿は、とてもキレイだった。
こんなに素敵な人を好きになれて良かった。
俺は心からそう思った。
「あずちゃんが努力できるのは俺が保証するよ。本当に、尊敬してる。」
俺は笑顔で彼女に言った。そして、前から少しずつ考えていたことを、実行する事に決めた。
「俺、Y県立医大のAO入試受けるの辞めるわ。」
俺がそう言うと、あずちゃんは驚いた表情をした後、すこし不安げな顔をした。きっと自分が俺を、振ったせいで同じ進路を選べなくなってしまったと思ったのかもしれない。
「あぁ、言っておくけど、あずちゃんに振られて気まずいからじゃないからね。そりゃあ、少しはあるけど。
それ以上にあずちゃんが、目標に向かって頑張ってる姿を見て、俺も同じくらい頑張れるものをちゃんと見つけたいなって思ったんだ。医学部に行ったら、医者になるしか道はないわけだし。
だから、他の学部に行って、もう少し自分が何をしたいか、色々考えたい。まぁ、俺成績良いし、なんとかなる気がする。
...応援してくれる?」
俺も、あずちゃんや笹井みたいに真剣になれるものを見つけたいと思った。俺の話を聞いた彼女は、笑顔で
「うん。もちろん。応援してる。きっと浪川君、やりたいこと見つけられるよ。」
そう言ってくれた。俺は心の底からホッとした。
「...私、ちょっと行ってくる。浪川君、頑張ってね。」
きっと、笹井のところに行くんだろう。前までなら、嫉妬を感じていたけど、今は、心からその背中を押したいと思った。
「うん。あずちゃんも頑張れ。」
俺はそう言って、進路指導室から出る彼女を見送った。
振られたのに、こんなに心が晴れやかなのが不思議だった。
でも、俺にはもう一つやらなければいけないことがあった。俺は愛理にメッセージを送った。
“話したいことがあります。タイミングが良い日を教えて欲しいです。”
「ごめん、急に連絡して。」
俺が謝ると、
「大丈夫、家でぼーっとしてただけだから。」
愛理は笑顔で答えてくれた。メッセージを送ったら、彼女が今から会いたいと言ってくれたので、俺たちは、彼女の家の近くの公園で落ち合う事にした。
「...話したいことって、何?」
愛理は俺の目を見て聞いてきた。俺は深呼吸してから口を開いた。
「...ずっと返事してなくてごめん。色々考えてた。俺が別の子のこと好きだって知ってるのに、俺に告白するのって、すごい勇気が必要だっただろうなって。それなのに、俺のことを好きだっていってくれて、今のままの俺で充分最高だって、言ってくれてありがとう。嬉しかった。
...けど、俺、今の自分から変わりたいって思ってるんだ。一生懸命何かを頑張ることから逃げてきたから。だから、今のままの俺を受け入れてくれるよりも、変わろうとする俺の背中を押して欲しかったんだ。わがままなのは分かっているけど。だから、愛理の気持ちはすごく嬉しいけど、応えることはできない。ごめん。」
俺の言葉を愛理はずっと真剣な表情で聞いていた。
「そっか。そうなんだね。分かった。ちゃんと考えてくれて...ちゃんと振ってくれてありがとう。
...2年半片思いしてたから、まだ時間はかかるかもしれないけど、吹っ切れそうな気がする。」
愛理はそう言って笑顔を見せてくれた。
「今までありがとう。お互い頑張ろうね。じゃあ、また。」
彼女が立ち去る姿を、俺はずっと見つめていた。
これから、やりたいことを見つけよう。
見つけられたら、それを一生懸命やろう。
たとえ、失敗しても。諦めずに。
そんな風に前向きに、思えるなんて、最高の片思いができたんだなと思った。




