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頼んだメニューを食べ終えたあずちゃんたちは、椅子から立ち上がった。
「たくさん食べてくれて、ありがとうございました。またね、あずちゃん。」
俺は手を振ってあずちゃんを見送った。
「おいしかったよ。ごちそうさまでした。ありがとう。」
そう言ってあずちゃんも手を振り返してくれた。俺は彼女が廊下に歩いていくのを名残惜しい気持ちで見ていた。彼女に会えたのは嬉しかったけど、立ち去ってしまった後、一気に寂しさが襲ってきた。何より、あずちゃんと一緒に文化祭を回れている笹井が心底羨ましかった。たぶん、俺よりあいつの方があずちゃんとの距離を縮めることができている気がする。
キャンプファイヤーの時の2人並んだ姿が俺の脳裏に浮かんでいた。
俺は落ち込みそうになる気持ちを奮い立たせて、残りの仕事を片付けた。
後夜祭が終わり、結果発表が行われた。3年5組は行灯部門で1位を取ることができたが、衣装は2位、クラス展示は4位であり、総合順位は2位だった。各部門のリーダーたちは悔しがっていたけど、正直、衣装と展示は6組が頭一つ抜けていたので、クラスメートの大半はこの結果に納得していた。教室へ戻る前に、俺はどうしてもあずちゃんと話したかった。
「あずちゃん、おめでとう。優勝。」
廊下を歩いている彼女を見つけて、声を掛けた。
「ありがとう。みんなで頑張ったから、嬉しかったよ。5組も、2位おめでとう。」
彼女は笑顔でそう答えてくれた。
「ありがとう。リーダーたちは落ち込んでたけど、正直、衣装も展示も6組が強いのはみんな分かってたから、2位取れて良かったねっていう雰囲気だった。」
話せていることに嬉しさを感じながら、彼女を見てると、腕に絆創膏をしていることに気づいた。
「...腕どうしたの?」
俺が質問すると、
「あぁ、これ?クラス展示の調理で、油飛んできて、火傷しちゃって。でもちゃんと保冷剤で冷やしたから、もう大丈夫。」
あずちゃんはそう答えた後に、何かを思い出したような表情をした後、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
直感的に笹井と何かがあったんだと思った。
彼女に、こんな表情をさせるあいつにまた嫉妬した。
「...6組も打ち上げあるの?参加する?」
「あるよ、参加する。食べ放題だから、たくさん食べるつもり。」
「じゃあ、うちのクラスと場所一緒だな。うちのクラス18時から予約してるけど、6組は?」
どうか、時間が一緒であってくれと願った。
「一緒の時間だよ、18時から20時。」
このチャンスを逃したくない。俺は少し緊張しながら口を開いた。
「今日、打ち上げの後、一緒に帰らない?」
あずちゃんは、少し驚いた表情をしていた。そして、一呼吸置いた後に答えた。
「えーっと、今日は約束があって、難しいかな。ごめんね。」
そうか、ダメか。俺は落ち込んでいる顔になるのを堪えて、笑顔を作った。
「わかった。また誘うから。」
そう言って、彼女の前から立ち去った。
優勝を逃したものの、なんだかんだで打ち上げ自体は盛り上がった。ただ、そんな騒がしい空間の中でも、俺はあずちゃんとの距離を縮められていないことに、少し凹んでいた。そんな俺の様子を見かねた聡史が声を掛けてきた。
「拓実、暗いね。どうした?あの子のこと?」
周りに人がいるので、名前を出さないようにしてくれていた。
「そうだね。なかなか上手くいかなくて、結構、気分は落ちてるかも。」
俺は素直に答えた。
「クラス展示来てくれたんでしょ?あんまり話せなかった?」
「うーん。そんなことはなかったんだけど、やっぱり、まだ、踏み込んだ関係にはなれてない気がする...あいつも一緒に来たし。」
笹井が、あずちゃんの隣に並んで、教室から出て行った姿を思い出した。
「...正直、羨ましいよ。」
俺は呟いた。
「なるほどねー。」
聡史はそう言って、持っていたジンジャーエールを飲んでいた。
「…片思いって難しいな。」
俺の発言を聞いて、聡史は少し考えてから口を開いた。
「とりあえず、まだ付き合ったって話は聞いてないから。もう少し頑張れそうなんじゃない?」
聡史の発言を聞いて、俺は少し驚いた。
「…すごいな、お前スパイみたい。前の友達に聞いたの?」
彼があずちゃんのクラス展示のシフトを聞いた6組の友達のことを思い出した。
「人聞きの悪いこと言うなよ。拓実のためじゃん。なんか落ち込んでそうだったから、ちらっと聞いただけ。」
なんだかんだ聡史は優しい。
「まあ、拓実がそこまで、あの子にこだわるかにもよるけどね。」
そう言うと、聡史は2つ隣のテーブルにいる愛理に目線を向けた。
「…俺も、裕太と同じで、悪くないと思ってるからさ。お前のこと好きなの見てて分かるし。」
愛理はテーブルで楽しそうに周りの生徒と話をしていた。愛理は良い子だし、可愛いし、今までだったら、きっと付き合っていたタイプなのは間違いない。それでも俺はどうしてもあずちゃんのことを考えてしまう。今、この瞬間も。
「…俺さ、今日、お化け屋敷に入ったときも、その後、文化祭回ってたときも…一緒にいるのがあの子だったら良かったのにって思っちゃったんだよ。ひどいでしょ?」
俺がそう言うと、聡史は俺のことを見た。
「やっぱり、あの子の存在が、俺の中でだいぶ大きいんだよ。自分でもびっくり。」
俺が自嘲するように笑うのを、聡史は興味深そうに見ていた。
「…まぁ、しんどいかもしれないけど、それが、片思いの醍醐味ってやつなんじゃない?相手のことが気になって、仕方ない。自分に気持ちが向いて欲しいって思う。拓実モテるし、自分からいったことないから、経験の無い感覚かもしれないけど。片思いは楽しくて、しんどいんだよ。たぶん。」
そう話す聡史の横顔をみて、聡史も、しんどい片思いの経験があるのかもしれないと思った。
「…なるほど。勉強になるわ。」
俺が、そう答えたのを見た聡史は、
「まぁ、そういうわけだから、お前に好きって言ってくる子達は、こういうしんどい気持ちを抱えたうえで、それを乗り越えて言ってきてるんだよ…断るにしても誠実な対応しなよ。」
愛理に再び目線を向けながら、言った。
打ち上げが終わり店の前に出ると、別のフロアにいた6組の生徒達が既に外に出ていた。そして、その集団から外れたところにあずちゃんがいた。つい目で追っていると、あずちゃんと男子が話しているところに、笹井が割って入っていた。そして、その男子が立ち去ったあと、2人は一緒に帰り始めた。
やっぱりか。もしかしたら、あの2人は、今日には付き合うのかもしれない。
俺は深いため息をついた。すると後ろから声を掛けられた。
「拓実!二次会行く?カラオケだって。」
愛理が笑顔で声を掛けてきた。今1人で帰るのは惨めな気持ちになってしまう気がした。
「そうだね。行くよ。」
俺がそう答えると、愛理はさらに嬉しそうに顔をほころばせた。
二次会も大いに盛り上がったが、翌日から通常授業が始まることもあり、22時半にはお開きになった。
「拓実、一緒に帰ろうよ。」
帰り支度をしている俺に、愛理が声を掛けてきた。文化祭準備期間から、愛理を家まで送るのは俺の役目のようになっていた。
「わかった。行こう。」
俺はそう答えて、2人でカラオケ屋を出た。
「楽しかったなー。文化祭。3年間の中でも圧倒的に一番。打ち上げも盛り上がったし。」
愛理は上機嫌だった。俺は話し続ける愛理に相づちを打ちながらも、あずちゃんと笹井が帰る姿が頭から離れなかった。
「今日行ったお化け屋敷、本当に怖かった。腕強く掴んじゃってごめんね。痛くなかった?」
彼女に聞かれ、
「あれくらい大丈夫だよ。確かに仕掛け凝ってて、結構怖かったし。」
俺は答えた。
「怖かったけど…拓実に触れて、嬉しかったり…。」
愛理はそう言うと上目遣いで俺の顔を見てきた。
「拓実って、優しいよね。私たちが、客引き行こうとしたら、自由時間なのに手伝ってくれたり、今も私のことを送ってくれてるし…。いつもありがとう。」
愛理の視線が熱を帯びている気がした。なんとなく、このままだと告白されそうだと思った。けれど、俺は愛理の気持ちに応えることはできない。
「…困ったときはお互い様だからね。たいしたことはしてないよ。」
俺が少し素っ気なく答えると、愛理が残念そうな表情をしたのが分かった。
「また、明日から、勉強かー。受験生はしんどいねー。」
俺がそう言って話題を変えると、しばらく黙ってから、彼女は立ち止まった。
「…拓実、好きな人、いる?」
そう聞いてきた愛理は、真っ直ぐに俺のことを見つめていた。彼女の表情は真剣だった。その表情を見て、聡史が言っていた言葉を思い出した。俺は誠実に答えなければいけないと思った。
「うん。いる。片思い。」
そう言った瞬間、愛理が息を呑んだのが分かった。
「…そっか。そうなんだ…そうだよね。うん…。」
愛理は自分に言い聞かせるように言っていた。
「…それなのに、私のこと、いつも送ってくれてありがとう。なんか、ごめんね、遠回りさせてるだろうし。」
彼女は動揺を隠すように、早口で話していた。
「それは大丈夫だよ。夜遅いの危ないし。」
俺が答えると、
「そっか…ありがとう。」
そう言って、黙ってしまった。そのまま歩いていると、彼女の家に着いた。
「じゃあ、お疲れ様。送ってくれてありがとう。」
愛理は少し悲しそうに笑いながら言っていた。
「うん。お疲れ様。じゃあね。」
俺はそう言ってその場を立ち去った。
玉木先生の都合で、文化祭以降、夏休み前までに行われる受験対策は1回だけだった。夏休み前、最後の受験対策のために、俺は、進路指導室に向かった。あずちゃんとは文化祭以降初めて会うので、少しだけ緊張していた。もしかしたら、もう彼女は、笹井と付き合っているのかもしれない。そんな不安を抱えながら扉を開けた。
その瞬間、扉の向こうに見えた光景から、俺はなぜか目が離せなかった。彼女は窓から西日を浴びながら、いつも以上に真剣に勉強していた。
その凜とした横顔は、なんだか神々しくて、眩しくて、何よりも、とてもキレイだった。
俺は彼女から目を逸らすことができなかった。
「…お疲れ様。」
しばらくして声を掛けると、彼女はハッとして、俺に気付いた。
「あ、お疲れ様。ごめん、集中してたから。」
あずちゃんはそう言うと、少し恥ずかしそうに笑った。
「さすがに眩しいんじゃない?よくここまで、陽を浴びながら勉強できるね。」
俺は笑いながらカーテンを閉めた。
「本当だね。さすがに集中しすぎた。」
彼女がそう言ったので、
「なんでそんなに集中してるの?まぁ、あずちゃんが、勉強熱心なのはいつも通りだけど。」
俺が質問すると、
「今回の文化祭期間、今までで一番楽しくて、勉強を忘れて楽しんだから、文化祭が終わったからには、気合いを入れて勉強し直さなきゃいけないかなって思ったんだけど、さすがに気合いが入りすぎてるのかもしれない。」
彼女はそう白状していた。
…もし、笹井と付き合っているのなら、もう少し、浮かれたりするだろうから、まだ違うのかも。
俺はそんな風に希望的観測を抱くことにした。
「そっか。楽しめたなら良かったね。俺も楽しかったよ。6組のクラス展示の料理も美味しかったし。」
そう話すと、
「ありがとう。頑張った甲斐があったよ。5組の展示のあんみつも美味しかった。あっという間に食べちゃったもん。アイス付の方にすれば良かったかなって思っちゃった。」
楽しそうにあずちゃんは文化祭の思い出を話していた。その姿を見ていると、俺は胸が苦しくなった。やっぱり彼女のことが好きなんだと実感させられた。




