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初日の作業が終わった後、行灯作製をしていたほとんどのメンバーでファミレスに行くことになった。1日動いていて疲れていたはずなのに、文化祭準備期間特有の高揚感もあり、全員テンションが高く、盛り上がっていた。明日も朝早くから作業があるため、お開きにしようとしたタイミングで、愛理に声を掛けられた。
「拓実、帰る方向一緒だよね?一緒に帰ろうよ。」
さすがに2人きりになるのは、期待させてしまう気がする。俺がどう答えようか迷っていると、
「夜遅いんだし、送っていってよ。私は中野君と、塩野君と帰るからさ。」
春山がそう言ってきた。春山の後ろを見ると、聡史と裕太がニヤニヤしながらこちらを見ている。3人で結託したのか。
「…分かった。一緒に帰ろう。」
俺がそう言うと、愛理は笑顔になった。俺は少しだけ心が痛んだ。
「初日だけど、結構、作業進んだよね。なんとなくだけどトトロっぽいフォルムになってきた気がする。」
愛理は機嫌良く話していた。
「なんとか優勝したいなー。最後の文化祭だし。同じ部活の子に聞いたけど、2組はドラえもんで、4組はキティちゃんらしい。」
「なるほどね。サンリオだったら、キャラクターの耳を付ければ、いくらでも仮装できそうだけど、ドラえもんってみんな誰の格好するんだろ。のび太とかの服着るのかな。」
他愛もない会話をしていると、
「それで、6組は不思議の国のアリスだって、行灯はチェシャ猫。チェシャ猫を行灯にするの、構造とか難しそうだからすごいよね。」
そうか、不思議の国のアリスなのか。今日、猫耳付けてたからあずちゃんはチェシャ猫なのかな。
「アリスの格好は可愛いけど、正直似合う人選びそうだよねー。誰がやるんだろう。」
もし、あずちゃんがアリスの格好するならどんな感じだろう。
そんなことを考えてぼーっとしていたら、
「…拓実?どうかした?なんか静か。」
俺が話さなくなったのを気にして、愛理が俺の方を見ていた。
「あー、ごめん。ちょっとぼーっとしてた。なんでもない。俺はアシタカの格好するらしいけど、愛理は何の仮装するの?」
誤魔化すように、話題を変えると、
「私は、もののけ姫のサン。同じだね。もののけ姫。せっかく同じアニメのキャラだし…前夜祭のとき、一緒に写真撮ろうね。」
「そうだね。聡史もアシタカらしいから、もののけ姫の格好してるヤツらで集まって撮ったら良いかもね。」
愛理はきっと2人で写真を撮りたいという意味で言ったのだろうけど、なんとなくそんな気持ちにはなれず、はぐらかして答えた。彼女が少し残念そうな表情をしたのが分かった。
翌日も1日作業をした。適当にサボろうするタイミングで愛理に声をかけられることが多く、結局、真面目に作業してしまった。この日も同じくファミレスでみんなで夕食を取ることになった。
6人掛けのテーブルに、俺、聡史、裕太、愛理、春山が座っていた。
「浪川、Y県立医大のAO入試受けるんでしょ?なんか特別対策を玉木先生とやってるって聞いた。」
春山に聞かれ、
「一応ね。受かったらラッキーって感じで。」
俺が答えると、
「なんか志望動機が緩いね。確か、山下さんも受けるんでしょ?学年1位の。私、1年生の時、山下さんと同じクラスだったけど、あの子めちゃくちゃ真面目でしょ?そんな感じだと怒られない?」
思いがけず、あずちゃんの話題になって驚いた。
「いや、あの子は確かに勉強とかすごい頑張ってるけど、周りに同じようにしろって強要したりはしないから、特に何も言われてない。ちゃんとした子だよ。」
あまりに絶賛しすぎると、好意がバレそうなので、さりげなく褒めたつもりだった。
「そっかー。私1年生のとき、山下さんがあまりにも勉強し続けてるから、ちょっとすごすぎて、少し引いちゃってたわ。そんなに話したことないし。」
春山が言うと、
「分かる!なんか、勉強しない人間のこと、馬鹿だと思ってそうで怖いんだよなー。」
裕太も同調した。あずちゃんとほとんど話したことがない人間が、彼女のことを決めつけて悪いように言うのは、正直、気分が良いものではなかった。
「修学旅行のときさ、学校が決めた班で、指定されたテーマについてレポート書かなきゃダメだったじゃん。俺、あの時山下さんと同じ班でさ、俺たち男子がレポートだるいなーって文句言ってたら、女子2人でまとめておくから、男子たちは遊んでていいよって言われて、その通りにしたんだけどさ、そのレポートがあまりに出来が良かったらしくて、日本史の成田先生にたまたま廊下で会った時に、レポートのことすごい褒められて、質問までされて焦ったわー。もう少し適当にやってくれていいのに。」
裕太が笑いながら話すと、
「修学旅行ですら真面目なんだねー。あんなに勉強ばっかりして、楽しいこととかあるのかな?なんか、人生?青春?損してそうな感じしちゃうよね。」
春山が同調して笑っていた。
こいつら、自分たちの想像だけで何を言っているんだ?彼女のことを知りもしようとしないくせに。2人の話を聞きながら真顔になってしまっていた俺は、口を開いた。
「レポートやってもらっておいて、失礼だな、お前。それに、よく知らない相手のこと、想像で悪く言うの、ちょっと引くわ。」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
俺の言葉でテーブルは静まり返ったのが分かった。やってしまったとも思ったけど、口に出してしまったことは仕方がない。
「あー、ごめん、俺ちょっと疲れたから、先帰るわ。お金置いておくから。おつかれ。」
そう言って、俺はその場を立ち去った。
帰り道1人で歩きながら、ぐるぐると頭の中で考えていた。
思い返してみると、裕太と春山が話していたようなことを、かつては俺も思っていた。
でも、あずちゃんと接する中で、俺たちが勝手にイメージしている人間ではないことが分かった。むしろ、大きな挫折を経て、達観した考え方を持っていて、自分が決めた目標に向かって、突き進むことができるカッコいい人だ。
俺は、そんなあずちゃんが、彼女のことをよく知ろうともしない人間に悪く言われるのを我慢できなかった。
今まで学校で、怒る姿を見せたことがなかったので、きっとみんな驚いただろう。
でも、そうなっても構わないと思うくらいには...俺にとって彼女が大事な存在になっているのだと思い知らされた。
俺はスッキリしない気持ちを抱えたまま、家に帰った。
翌朝、裕太たちと顔を合わせることに、気まずさを感じたまま、行灯作業をするために、体育館までの廊下を歩いていると、職員室からあずちゃんが出てきた。両手いっぱいにパンパンのビニール袋を持っていた。おそらくクラス展示に使う材料だろう。見ていて、明らかに重そうだった。
「あずちゃん!」
俺が声をかけると、彼女はこちらを振り返った。
「あ、浪川君おはよう。早いね。」
俺は彼女に駆け寄った。
「荷物重いでしょ、手伝うよ。」
俺が申し出ると、
「いいよ、いいよ、そんなに重くないし、浪川君も作業あるでしょ?教室まで運ぶだけだから。」
彼女は遠慮していたが、
「ちょうど俺も教室に自分の荷物、置きに行くところだから、通り道だし、手伝うよ。」
そう言って、あずちゃんが持っていた荷物を全て持った。
「…ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて、よろしくお願いします。」
あずちゃんがそう言って、2人で歩き始めた。
「あずちゃんたちの作業は順調?」
俺が質問すると、
「そうだね、展示のリーダーがすごくしっかり指示してくれるから、私はそれに従ってひたすら作業してる。遅れてはいないと思う。」
あずちゃんは笑顔で答えた。
あずちゃんは自分の成績を鼻にかけたりしない。
彼女自身はとても努力家だけど、それを押し付けることもない。
ただ、ただ、一生懸命なだけだ。それなのになんでバカにされなければならないんだろう。
俺は昨日の裕太たちの会話を思い出して、また少し腹が立ってしまった。
「あのさ、あずちゃん。誰かに悪口言われたり、攻撃されたらどうする?」
唐突な俺の質問に彼女は驚いていた。そしてしばらく考える様子を見せた後、口を開いた。
「...もしかして、作業で何か揉めてたりするの?」
文化祭の準備期間中は、勉強抜きでクラスメート全員と一緒に過ごす時間が増えるので、揉め事も起こりやすい。おそらく彼女は俺が人間関係のトラブルに巻き込まれていると思っているようだ。
「うーん、まぁそんな感じ。難しいよね。色々。」
あずちゃんを悪く言われて、怒ったことは伏せた。
「そっかー。...役に立つかどうかわからないけど、前に通ってたメンタルクリニックで、人間関係で悩んだ時に、先生から気が楽になる考え方を教えてもらったんだよね。」
彼女が受験対策の面接練習で話していた、お世話になった先生のことだろう。
「この世には3つ、自分の力では変えられないものがあります。1つ目は過去、2つ目は明日の天気、3つ目は...他人の心。」
それを聞いて、思わずハッとした。
「最初に聞いたときに、過去と明日の天気が自分の力ではどうしようもないのは分かるけど、他人の心もその2つと一緒だって言い切っちゃうのにびっくりしたんだ。なんとなく、自分が頑張れば、人の心って動かせるんじゃないかって思う気がするから。でも、これって、他人の心は自分の力でどうにもならないことがあるって思うことで、自分と考え方の違う人に怒ったり、自分が正しいと思ったことをやって、責められた時に悲しんだりっていうのを減らせるかなって思ったんだよね。どんなに頑張っても、人それぞれ考え方が違って、分かり合えなかったり、伝えきれなかったりするから、仕方ないって諦めることも大事だよねって。だからこそ、力を抜いて人に接することができるというか。」
目から鱗が落ちた気持ちだった。
「私さ、宝塚に落ちた時に、自分が宝塚を受験することを否定的に言ってきた人たちを見返せなくて悔しいって思ったの。それで、そのことをメンタルクリニックの先生に言ったら、さっき言った3つのことを教えてもらって、"たぶん、そういう人たちは、あなたがどんな結果を出しても、何だかんだと文句をつけてくるかもしれない。それだったら、あなたのことを大切にしてくれる人たちを大事にしましょうね"って言われて...本当にそうだなって思った。だから、もし浪川君が上手くいかない相手がいても、良い意味で、話が伝わらない人がいるんだなーって思うと、気が楽になるかなって。...なんかお説教みたいで、偉そうにごめんね。」
彼女は照れくさそうに話していた。
やっぱり、あずちゃんはすごい。
彼女の話を聞いて、裕太達のことも、許せる気がした。どんなに仲が良くても、一緒に居ても、考え方の違いはあるものだ。もちろん、それをこちらに押しつけてくるようなら困るけど、彼らはただ違う考え方の人間がいる可能性を考えずに、自分たちの考えを話していただけだ。配慮が足りないとは思うけど、絶対的に許されないほどのことではない。そんな当たり前のことを彼女は気付かせてくれた。
俺も彼女のように考えられるようになりたいと思った。
「...ありがとう。またすごく良い話をしてもらった気がする。いつもありがとうね。あずちゃんの考え方って本当に達観してるよね。すごいと思う。あずちゃんって本当は、人生3周目なんじゃないかって思っちゃうわ。」
俺がふざけてそう言うと、
「何それ?私は1周目ですよ。それにさっきの話は先生の受け売りだしね。」
あずちゃんは笑っていた。その笑顔を見て俺の中で、気持ちが確かになった気がした。
俺は彼女のことを尊敬している。
そして...好きなんだ。
そのまま歩いてると、あずちゃんのクラスに着いた。
「本当にありがとうね。運んでくれて。浪川君も作業頑張ってね。」
そう言って、教室に入る彼女の後ろ姿を、俺は名残惜しく見ていた。




