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ドリーマー  作者: 滝本泉
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 「浪川、成績良いし、Y県立医大のAO入試受けてみたらどうだ?医者なら将来安泰だろう。」

高校3年生の6月、担任の畑中先生に職員室に呼び出され、そう言われた。S市立高校は、今年から仕様が変わったY県立医大のAO入試で、なんとか医学部現役生合格を出したかったらしく、理系でテストの順位がだいたい、2位の俺に白羽の矢が立てられたようだった。確かに自分で言うのもなんだけど、俺は勉強ができる方だった。

「もし、進路が決まってないなら、選択肢としてアリだと思う。どうだ?」

畑中先生は、俺が了承するのを、明らかに期待しているようだった。

元々、成績が良いことを利用して、推薦入試でどこかの大学に入ろうとは思っていた。なるべく受験にエネルギーを使いたくないし、早く受験を終えて、遊びたい気持ちもあった。

Y県立医大のAO入試はセンター試験まで受験しなければならないけど、1月末には結果が出るし、生涯賃金を考えると、医師になるのはアリに思えた。

問題は俺に医師になりたいという強い情熱がないことだけど。医師免許は国家資格としてはかなり強い代物に思えた。

「…分かりました。受験したいです。」

俺がそう答えると、畑中先生は嬉しそうに鼻息を荒くしていた。

「そうかー!良かった良かった。うちの高校からは、6組の山下が受験することは決まってて、火曜日と金曜日に進路指導室で玉木先生と一緒に受験対策をしてるらしい。浪川も参加してみなさい。玉木先生には話を通しておくから。」

畑中先生はそう言うと、ご機嫌に自分の仕事に戻っていた。

 6組の山下梓の存在は学年の皆が知っている。なぜなら彼女がテストで毎回総合順位が1位だからだ。同じクラスになったことがないから話したことはないけど、ぱっと見て、小さくて、真面目そうな子だった。…俺みたいな適当なタイプはきっと嫌いなんだろうなと思った。

俺は基本的に、一生懸命何かを頑張ることが苦手だ。役割を振られたり、明らかに俺がやらないと困るとき以外は積極的に動くことは少ない。そうすると、真面目な女子に怒られるパターンが多い。山下はそういったタイプの女子に思えた。

 玉木先生に声を掛けられ、畑中先生から話を聞いていた受験対策というものに、その日初めて参加することになった。先生と一緒に進路指導室に行くと、部屋の中で、1人の女子生徒が姿勢良く椅子に座って勉強していた。話に聞いていた山下だった。

「今日から、5組の浪川も一緒に受験対策することになったから。よろしくね。」

 玉木先生が俺を山下に紹介した。初めて、まじまじと彼女の顔を見ると、とても色が白い。目はつぶらで黒目がちで、人の目を見つめるクセがあるのか、俺のことをしばらく見ていた。

「6組の山下梓です。よろしくお願いします。」

彼女はそう言って、頭を下げた。やっぱり真面目そうな子だ。

「浪川です。よろしくお願いします。」

俺もお辞儀して、山下の隣の席に座った。


 「山下の志望動機は、これでいいと思う。ただ、話に熱中しすぎると周りが見えなくなるクセがあるから、ちゃんと面接官の表情もチェックしてね。」

その日は、面接の練習をすることになった。山下梓は、自分がお世話になった医師の話を熱心にしていた。山下が一生懸命に話す姿を、すごいなと思いつつ、どこか冷めた目で見てた。こういう熱い感じは苦手だ。

「それで、浪川は志望動機どんな感じ?」

玉木先生に聞かれ、

「…担任の先生に、成績もいいし、受けてみたらどう?って言われて来た感じなんで、あまりこれと言った理由はないんですよね。…良かったら、一緒に考えて欲しいです。」

俺は正直に答えた。自分が医学部にどうしても進学したいわけではないことを、知っておいて欲しかった。

こんなやる気のない返答を見たら、山下がどんな表情をするかと思い、彼女のことを見ていたけど、彼女は自分の面接対策をノートにまとめていて、俺のことはあまり気にしていない様子だった。

 翌日の昼休み、同じクラスの中野裕太と、塩野聡史といつものように昼食を取っていた。

「拓実、Y県立医大のAO受けるんだ。医学部志望だったっけ?」

聡史に聞かれ、

「そういうわけじゃないけど、畑中に薦められた。めちゃくちゃ俺に受験して欲しそうだったし。まぁ、受かったらラッキーかなって。医者ならお金もらえそうだし。」

正直に答えた。

「まぁ、拓実成績いいしなぁ。お前、今で充分モテてるのに、医者になったら、遊び放題だな。」

裕太がニヤニヤ笑いながら言った。裕太の言うように、俺は普通にモテる方だと思う。

「確かあれだよね。6組の山下さんも受けるんだよね。いつもテストで1位の。」

聡史に言われ、進路指導室での彼女の姿を思い出した。

「そうそう。なんかすごい頑張って面接対策とかしてたわ。待ち時間中もずっと勉強してるし。」

俺がそう言うと、

「俺、去年山下さんと同じクラスだったけど、マジで、ひらすら勉強しかしてなくて近寄りがたかったー。俺のこととかバカとしか認識してなさそう。」

裕太の成績は下から数えた方が早い。

「去年さ、雷で授業中、停電したことあったじゃん。授業が止まって皆が騒いでる中、山下さん、自前の懐中電灯?ライト?でノート照らしながら勉強し続けてて、正直引いちゃったもん。そこまでやる?って感じで。」

昨日の、俺のやる気のない受け答えを気にしてなかった様子からも、あまり周りの目を気にしないタイプなのかもしれないと思った。

 次の金曜日、受験対策のために進路指導室に向かうと、山下さんが既に来ていて、背筋をピンと伸ばして勉強していた。俺が扉を開けた音でこちらに気づき、

「お疲れ様。」

と言って頭を下げてきて、またすぐ勉強に戻った。

俺は彼女の隣に座った。彼女をしばらく横から見ていたけど、こちらを気にすることなく、集中して勉強を続けていた。どれだけ勉強が好きなんだ。俺は少し呆れた気持ちもあって彼女に話しかけた。

「山下さん、ずっと勉強してて偉いね。」 

そう言うと、山下はこちらをじっと見た。

「…ありがとう。でも私、時間をかけないと覚えられないタイプだから、必死でやらないとダメなんだよね。」 

てっきり、謙遜して、そんなことないよとか言うかと思ったので、少し意外だった。

「そうなんだ。真面目だね。」 

当たり障りのない返答をすると、彼女は少し考えた後、

「…医者になりたいからね。目標があるから。頑張ってる。」

と答えた。なんだかまた熱いことを言っている。そこまで必死になるほど、医師という職業が素晴らしいものとは俺は思えなかった。給料は良さそうだけど。

そんなに医師に理想を持って勉強している人なら、俺みたいに舐めた態度の人間が医学部を目指すことに腹を立てる未来が見えたので、予防線を張るために、少し意地の悪い質問を思いついた。

今思うと彼女が勉強する姿が眩しくて、羨ましい気持ちもあったのかもしれない。

「…俺みたいに、先生に言われたからとか、給料が良さそうだからとかいう理由で医学部を目指す人間、嫌なんじゃない?」

俺がそう言うと、彼女は少し驚いた表情をした。さて、困るか、誤魔化すか、それとも怒るのか。彼女がどんなリアクションをするか待っていると、しばらく考えた後に、口を開いた。

「…強い熱量がある人だけが結果を残すとは限らないからね。…何かを目指すなら、こうあるべきだって考えて、自分と考え方が違う人を排除するのって、結局自分がしんどくなるだけだと思う。」

思ってもいなかった返答に驚いた。彼女みたいに真面目なタイプは、他人への許容範囲が狭い人が多いイメージだったから、思いの外、達観した考え方をしているのが意外だった。思わず、

「…なんで、そんな風に思うの?」

と質問してしまった。

「うーん…。私、昔、宝塚歌劇団に入りたくて頑張ってた時期があったの。」

宝塚ってあの、メイクの濃い人たちが歌って踊るやつか?今の山下からは全くイメージができない。

「それで、宝塚音楽学校受験用のスクールに通ってたんだけど、先輩達をみてると、ものすごい熱意があって、ずっとスクールに通ってて、バレエも歌も上手な人が不合格だったり、受験の2ヶ月前くらいに、周囲の勧めで、短期間スクールに来て、本人に強い意志がなくても、バレエも歌もセンスがあった人とかが合格してたから、必ずしも熱量って結果に比例しないんだなって思ったの。こんなことを言っている私も、熱量と練習量は誰にも負けないつもりだったけど、不合格だったし。」

山下は淡々と自分の話をしていた。今までほとんど喋ったことがない俺に、おそらく大きな挫折であろう、不合格の話をさらりとしてきて驚いた。プライドが高そうだと思っていたけど、それも違うらしい。

「結局、自分を他人と比べて落ち込んだり、その人に対して怒ったりってあんまり良いことないなって思ったの。比較するのは過去の自分だけで充分かなって。なので、浪川君がどんな理由でY県立医大のAO入試を受けたとしても、私は気にしないから、安心して。実際、医師の仕事に対して、社会的信用度が高いからとか、お給料がいいからって考えて志望する人も多いだろうし。私も全くそういう風に思わないわけではないし。」

俺の山下梓という人間の認識はどうやら誤っていたらしい。彼女はただ、真面目で、世間知らずそうで、融通が効かない、勉強しかしていない人間ではなかった。

「…べらべら話しちゃってごめん。とりあえず、お互いに頑張りましょうってことで。」

彼女にそうまとめられて、一本取られた気分だった。面白いなこの人。

「…なんか、山下さんって想像してた人と違った。勉強しかしてない人なんだと思ってた。」

俺がそう言うと、彼女は不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。

「人生経験積んでるんだね。意外だった。面白い。考え方とか。」

俺はそう言って笑った。


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