29
花火大会が終わり、俺は思い切って、山下を"梓"と名前で呼んだ。彼女は驚いた表情をしていたけど、受け入れてくれて、差し出した俺の手を取ってくれた。俺は幸せを噛み締めた。
手を繋ぎながら梓の家まで歩いた。浴衣姿の彼女を見られたし、写真も撮れた。ちゃんと好意を示すこともできたし、"梓"と呼ぶことも許してもらえた。本当に一緒に花火大会に来られて良かったと思ったけれど、俺にはまだやらなければいけないことがあった。呼吸を整えてから口を開いた。
「…梓。大会の会場まで、応援しに来てくれない?」
そう言うと、彼女は驚いていた。
「前の大会の時、梓が会場にいるって思うだけで、いつも以上に力を出せた気がしたから、今回も来て欲しい。梓がいれば、大会の雰囲気に飲まれないで、全力を出せる気がする。」
彼女を真っ直ぐに見つめながらお願いすると、
「すごい行きたいし、応援したい。でも、親に言わないと難しい距離だから、許可取れるように頑張る。絶対説得するから、待っててもらっても良い?」
梓はそう答えてくれた。彼女が応援に行きたいと言ってくれてとても嬉しかったけど、俺は自分の口で、直接、梓の両親にお願いしたいと思った。そうじゃないとケジメがつかない気がしていたのだ。いきなり家まで行くのは、彼女の両親を驚かせるかもしれないけれど、ちゃんと誠意を見せてお願いしたかった。
梓の家に行くと、彼女のお母さんが俺を見て、驚きながらも、優しく迎え入れてくれた。お父さんがいなかったのは残念だったけれども、厳しい人だという話も聞いていたので、正直、少しほっとした。
俺は、梓のお母さんに、梓に大会に応援に来て欲しいとお願いした。自分が今まで、いかに彼女に背中を押してもらったおかげで、夢を追うことができたかを伝えた。
「梓さんがいれば、なんでもできると思えるんです。厚かましくて、不躾なお願いなのは分かっています。
でも、どうか、来ていただくことはできないでしょうか。
突然のお願いで申し訳ありませんが、考えていただけるとありがたいです。よろしくお願いします。」
緊張しながらお願いすると、梓のお母さんは、快く許可してくれた。梓に大会まで応援に来てもらえることが、本当に嬉しくて、心の底から安堵した。あとはひたすら優勝目指して頑張るだけだ。
「急なお願いだったのにありがとう。
俺、本当に頑張るから。絶対優勝するから。」
俺がそう宣言すると、梓は笑顔で応援してくれた。
練習が佳境に入った数日後のある日、梓は俺に応援として、タオルとお守りをプレゼントをくれた。俺のために何を渡したらいいか考えて、用意してくれたのが本当に嬉しかった。俺は、梓からパワーが欲しいから、手を握って欲しいとお願いした。梓は驚きながらも、俺の手を握って目を閉じて、たくさん念じてくれているようだった。そんな梓を見て、心から愛おしく思うと同時に、俺はこの子のためにも、大会で優勝するんだと改めて頑張ることを誓った。
そしてついに、大会の日がやって来た。この日のために練習して来た数ヶ月間、いや、ダンスを始めてからの10年近くを全てぶつけると心に決めていた。会場に入る前に梓に会うと、緊張が一気にほぐれた。練習は出来る限りやった。大好きな人にも会場まで応援に来てもらった。
あとはやり切るだけだった。
大会が始まると、地方大会より明らかに他のチームのレベルが高かった。でも、これも分かっていたことだ。気持ちで負けないように、冷静にいようと心がけた。大丈夫、俺なら出来る。
俺たちのチームの番になり、ステージにスタンバイした。さすがに自分の心臓の音がうるさく聞こえる。落ち着け、俺。そう思っていると、
「陽介、頑張れ!」
梓の声が聞こえた。少し泣きそうになってしまった。絶対頑張る、梓のためにも。そう誓った。緊張は一気に消えた。音楽が鳴り始めて、俺は動き出した。今までのあらゆることが走馬灯のように頭の中に浮かんでいた。今ダンスができることが、本当に幸せだ。俺はこのまま踊り続けたい。そう思いながら、夢中で踊り続けた。演技が終わった瞬間、人生で1番いいダンスができたと確信した。どんな結果になっても、受け入れられると思った。
ステージ上で結果発表を待つ時間は、緊張感よりも晴れやかな気持ちが大きかった。何も悔いはない。そう感じながら結果を待った。
「優勝は...studio sora!」
そう言われた瞬間、今までの全てが報われた気がした。本当に、心の底から嬉しかった。
授賞式が終わり、幸せだけど、どこか実感が湧かないような不思議なフワフワした感覚だった。
「陽介、ちょっといいか?」
広樹さんに呼ばれていくと、以前話していた、広樹さんの知り合いと話すことになった。今日の俺のダンスを絶賛してくれた。そして、ぜひ留学を薦めたいと誘ってくれた。
「高校を、卒業したら、すぐに行こう。それまでに、必要なビザとか書類は、しっかり準備しておこう。君なら絶対にいい刺激をもらえるはずだよ。」
俺はダンスを評価してもらえたのが本当に嬉しかった。
「誘っていただいて嬉しいです。本当にありがとうございます。俺、留学したいです。ぜひお願いします。」
俺は返事した。
自分の人生が大きく動く気がした。自分の本当の夢を隠していた半年前の自分からは考えられない出来事だった。梓に出会ったおかげで、俺は人生を変えることができた。彼女に直接会ってお礼が言いたい。留学の話もきちんと話したい。心からそう思った。
梓に会うと、彼女は
「本当におめでとう!すごかった。圧倒された。本当に、本当にお疲れ様。」
笑顔でそう言ってくれた。
「ありがとう。...梓が、俺の名前呼んでくれたの聞こえてたよ。おかげで全力を出せた。本当にありがとう。優勝できたのは、梓のおかげです。」
俺は彼女に感謝を伝えた。
「そう言ってくれて嬉しいけど、やっぱり、陽介君が努力したからだよ。どれだけ今まで練習して来たかが、伝わった。本当に感動しました。」
そう言われて胸がいっぱいになった。今までの努力が報われたのだと思った。ここまで頑張れたのは間違いなく梓のお陰だ。
俺は梓が大好きで、これからも梓に俺のことを応援して欲しい。わがままだと思うけど、1番そばにいられなくなってしまうけど、それでもどうしても、俺は自分の夢も、梓もどちらも諦めたくはない。俺は腹を括って話した。
「梓、俺、アメリカに留学しようと思う。」
そう伝えると、梓は驚いて、明らかに動揺していた。俺のことで、彼女にショックを与えてしまうのが申し訳なかった。そのまま何も言えなくなってしまった彼女を見て、傷つけてしまったのかもしれないと思った。でも、俺は、わがままだと分かっていても、梓に応援して欲しかった。その日はもう時間がなかったので、改めて、後日きちんと話そうと決めて、梓と別れた。
進学せずに、ダンスを学ぶため留学すると学校側に伝えると、とても驚かれたし、俺は数学だけなら、成績が良かったので、進学しないのはもったいないと言われていた。でも、自分で決めたことだから、もちろん決意は揺るがなかった。どうやら、俺の進路が噂になっているようだったけど、特に気にはならなかった。気がかりなのは梓のことだけだった。大会の日以来、いつも学校では勉強に集中している梓が、授業中ですら上の空なのが見ていて分かり、梓を傷つけてしまったのだと、実感させられた。俺が1人で決めたことを、一方的に伝えて、応援して欲しいと願うことは、俺のエゴなのだと感じた。
でも、やっぱり俺は梓のことが好きで、諦めることはできない。
早く準備を一通り済ませて、梓に、留学する理由と、それでも応援して欲しいと思ってることを改めて伝えたかった。




