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ドリーマー  作者: 滝本泉
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 あっという間に8月31日になった。やっと山下に会える嬉しさが1番大きかったけど、久しぶりに会うから緊張もしていて、朝からずっとソワソワしていた。いつも通りのダンスレッスンの後、家に戻り、身支度をしてから、待ち合わせの公園に行くつもりだった。

「せっかくだから、花火大会、みんなで行こうよー。夏、感じたい。」

レッスン終わりの玲さんが声を掛けると、俺以外の4人は賛同したが、

「すみません、約束があるんで、俺抜きで行ってください。」

そう言って俺は断った。そんな俺の様子を、4人はポカンと見ていた。いつものようにいじられるのを覚悟していたが、何も言われないと、それはそれで気になる。

「...陽介、何か変わったな。」

達也さんに言われて、何のことかピンと来なかったが、

「あの子と行くんだろ?前だったら、なんか照れてて、自分の好意を全面に出さないようにしてる感じしたけど、なんか今は、開き直ってる感じする。心境の変化?付き合ったの?」

達也さんに言われて、なんとなく分かった。おそらく、前は、自分が山下を好きなことで、感情が目まぐるしく変わることに抵抗があったけれど、今は、もう、山下を好きなことで生まれるどんな感情にも慣れてきた気がする。そんなことに抵抗感を持っていたら、彼女が別の人間に取られるかもしれないことを、嫌と言うほど思い知らされたからだろう。

「とりあえず、付き合ってはないです。でも、俺の気持ちはもう相手も知っていると思うんで、それを受け入れてもらえるように頑張るしかないかなって。大会も観に来てほしいし。」

そう淡々と言うと、4人が感心したように俺を見ていた。

「陽介も大人になったってことだー。」

達也さんが残念そうに言った後で、

「でも、花火大会でデートなら、あの子浴衣着てくるかもね。可愛いだろうなぁー。」

と言った。俺は山下の浴衣姿を想像してしまった。これは絶対に可愛い。想像しただけで、顔が熱くなってしまい、俺は頭を抱えた。

「良かった、良かった。まだ可愛い陽介だ。」

達也さんが笑い、

「うわー、思春期じゃん。」

玲さんにはそう言われた。


 家に戻ってシャワーを浴び、着替えてから、待ち合わせの公園に向かった。待ち合わせの5分前に着いたら、既に山下が待っていた。遠目で見た時に、もしかしてと思ったけど、山下は浴衣姿だった。

文化祭の時と同様にヘアメイクをしていて、髪の毛はアップになっており、いつもは隠れている首回りが見えて新鮮だった。まつげは長く、アイシャドウは淡いベージュで、目を伏せたときにドキッとするほど大人っぽく見えた。薄めのチークを付けているのか、血色がよく、唇はリップを塗っていてツヤツヤだった。耳にはキラキラとイヤリングが光っており、大判の花模様が描かれた白い浴衣によく似合っていた。

 山下の浴衣姿は、それはそれは、とんでもなく可愛かった。それに、文化祭の時は皆に見せるためのヘアメイクだったのが、もしかしたら、今日は俺に見せるためにここまで準備してくれたのかもしれないと考えて、浮かれてしまった。けれども、花火大会の気分を盛り上げるためにメイクをした可能性もあると思い直し、自惚れるのは良くないと自制した。

「えーっと、すごい、可愛いです。びっくりした。アリスもすごかったけど、浴衣も。なんというか、破壊力がとんでもないです。ちょっと、直視できない。」

言っていて顔が熱くなっていたけれど、山下がとにかく可愛いことはちゃんと伝えようと思って話した。山下は嬉しそうな表情をした後、こちらを窺うように上目遣いで話し始めた。

「…ことちゃんにお願いして、手伝ってもらいました。

文化祭の時、笹井君に、アリスの仮装を可愛いと言ってもらえて嬉しかったので、今日も可愛いと思って欲しくて。」

そう言われ、あまりにも可愛い発言に、思わず抱きしめてしまいそうになったが、必死で堪えた。もう充分可愛いのに、俺のためにさらに可愛くなろうとしてくれたことが嬉しかった。絶対に、俺は今、顔が真っ赤だ。

「…ちょっと勘弁して。今の発言はやばい。」

胸がいっぱいになり、そう答えることしかできなった。しばらく頭を抱えていると、山下が俺の服について、

「笹井君も、私服よく似合ってます。…カッコいいです。」

ただのTシャツとジーンズ姿にそう言ってくれて、驚いたけど、褒めてくれたことは率直に嬉しかった。そして文化祭の時は撮影できなかったツーショット写真を撮ることができ、花火大会が始まる前に、既に感無量になってしまったが、今日は山下との距離を縮めることはもちろん、9月の大会で会場まで応援しに来て欲しいとお願いする必要があった。

「...じゃあ、会場に行こうか。」

俺がそう言って、2人で歩き始めた。会場が近づくと、見物客が増えてきて、人にぶつからないように動く浴衣姿の山下は、歩きづらそうだった。心配で様子を見ていると、山下が子供を避けて、よろけてしまった。咄嗟に山下の両肩を掴んだ。彼女が転ばないで済んだことに安心すると、彼女の肩の感覚を両手に感じて一気に緊張した。山下はあまりにも華奢だった。

「ごめん、ありがとう。」

そう言って俺を見上げた山下の顔は、想像以上に近くて、本当に可愛いかった。頑張れ、俺の理性。俺は深呼吸をして自分を落ち着かせた後、意を決して山下に手を差し出した。

「今日は、裾じゃなくて、こっちで。」

どうか拒否されませんように。そう願って山下を見ていると、彼女は驚いた後に、深呼吸をして、ゆっくりと俺の手を取った。手を繋げた嬉しさで、俺はきっと満面の笑みになっていたと思う。自分の左手に、山下の小さな手の感触を感じて、俺は幸せだった。

屋台エリアに到着すると、彼女は嬉しそうに辺りを見回していた。おれがダンススタジオのメンバーから、花火大会に行こうと誘われたけど、断った話をした流れで、

「…山下は、誰かに誘われたりしなかったの?」

そう質問すると、彼女は心当たりがありそうな顔をしていた。その顔を見てすぐ、ピンときた。浪川に誘われたのだろう。

「…誘われてたの?」

あえて、名前を挙げずに聞くと、山下は気まずそうだったが、

「…ちゃんと断ってきたから。」

そう言って、上目遣いで訴えかけてきた。おれは彼女の上目遣いに弱い。

とにかく俺からの誘いの方を選んでくれたのだから良しとしよう、と思い直して、一緒に屋台エリアに入った。

山下はかき氷を買いたがったけど、白桃味かブドウ味にするかでしばらく悩んでいた。真剣な表情をして悩んでいるのが、かき氷の味付けだと思うと、少しおかしかった。結局、決めきれない様子だったので、俺の提案で2種類のかき氷を購入した。

 白桃味のかき氷を美味しそうに食べたり、俺が食べていたブドウ味のかき氷を食べたそうに見つめたり、ブドウ味のかき氷を渡されて嬉しそうに笑ったり、山下のくるくると変わる表情全てがとても可愛くて、愛おしかった。花火の観覧エリアに移動するときに、再び手を差し出すと、山下は、恥ずかしそうにしながらも手を繋いでくれた。

 観覧場所を決めて座りながら話していると、俺が、自分のペットボトルのお茶を飲み干したことに気付いて、山下が、自分が飲んでいたペットボトルを渡してくれた。…いくら何でも無防備すぎる。俺は、もらったペットボトルを1口飲んでから、彼女に話しかけた。

「...あのさ、簡単に自分の飲みかけのペットボトル渡すの...よくないよ。山下が気にしてなくても、相手は気にするかもしれないし、同じところに口つけるの...緊張するから。」

俺がそう伝えると、山下は間接キスだとやっと気がついたのか、一気に顔が赤くなった。

「ご、ごめん...何も考えてなかった...。」

そう言って、顔を伏せてしまった。ただ、困っている人を助けたい気持ちでやっていたのだろうけど、これ以上、山下が無自覚に煽って、彼女のことを好きになる人間が増えたら困るので、正直に話そうと思った。

「...文化祭の時、俺に自分が飲んでたペットボトル、顔色変えずに渡してきたでしょ。衝撃的だった。」

そう言うと、山下はさらに頭を下げてしまった。

「...というわけで、今日は飲んだけど。これからは、気をつけてね。」

そう言ってペットボトルを返しても、彼女は頭を上げずにいた。

「...困っている人がいたら、助けようっていう良心でやってると思うんだけど...やられるこっちはヒヤヒヤする。たぶん浪川も同じこと考えてたと思うよ。ペットボトル差し出されたとき、驚いてたから。」

浪川のことを指摘すると、

「そこまで、見られてるとは...。」

そう返された。そうだよ。俺はずっと見ていたんだよ。俺はそのまま話を続けた。

「...見てたよ。ずっと。山下が可愛くて目が離せなかったし。浪川と仲良く話してるのが気になって仕方なかったし、浪川が山下のこと、ちゃん付けで呼ぶたびに、イライラして仕方なかったし、ペットボトルあげてた時は呆然とした。」

山下はビクッと動いた後、ゆっくりと顔を上げた。

「...男子は皆、山下のこと、さん付けで呼んでたから、名字を呼び捨てにしただけでも、距離が近くなった気がしたけど、上には上がいた。受験対策に一緒に参加してるときに、もっと思い切っておけば良かった。」

言いながら、顔が熱くなっていたけど、ずっと思っていた後悔を全てぶつけた。俺は今までずっと、山下に感情がかき乱され続けてきたのだ。

「...私、別に、なんて呼ばれてもいいよ。今からでも。」

彼女からそう言われて驚いた。…ここまで言ってもらえるなら、遠慮しないでお願いしよう。

「...山下が嫌じゃなければ、”梓”って呼びたい。」

俺は山下のことをまっすぐ見つめながら言った。彼女は、やっぱり驚いた様子だった。俺は誰よりも山下に近い存在になりたかった。彼女を呼び捨てにする人は見たことがなかったし、彼氏でもない人間に呼び捨てされることは抵抗があるかもしれないから、断られても仕方ないと腹を括っていると、

「...うん、良いよ、”梓”で。」

山下がそう答えて、とても驚いた。そして嬉しかった。その流れで俺のことも呼び捨てして欲しいと提案すると、彼女の顔が一気に赤くなり、両手で顔を覆った。

「...よ、呼び捨てはハードルが高いので、君付けでも良いでしょうか...?」

俺の発言で真っ赤になっている山下は可愛いかった。

 そんなやり取りをしてると、花火が始まった。俺は花火に照らされる、彼女の顔がきれいで見とれてしまっていた。

「きれいだね。」

思わずそう言うと。

「うん、すごくキレイ。」

山下は笑顔でそう返してきた。きっと俺が花火の感想を言っていると思ったのだろう。俺は心の中で、"花火じゃなくて、梓のことだよ"と思っていた。


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