27
矢崎と海斗と合流して、最後にお化け屋敷に行くことになった。気を利かせて、山下と2人で入れるようにしてくれた矢崎には、頭が上がらなかった。山下が怖がっていたので、腕でも掴む?と聞こうとしたら、向こうから
「笹井君のシャツの裾掴んでてもいい?」
と言われた。保健室で手首を掴み続けて困らせてしまったので、必要以上の接触は控えておこうと思い、彼女の言う通りにした。
お化け屋敷に入ると、山下は、音や水飛沫で驚くたびにシャツの裾を強く握っていた。怖がる様子が可愛いなと思いつつ、俺が驚いてしまったら、さらに怖がらせてしまうかもしれないと考えて、大きなリアクションを取らないように我慢した。お化け屋敷から出ると、山下が掴んでいたシャツの裾はシワシワになっており、思わず笑ってしまった。
文化祭の全行程が終わり、総合優勝できたおかげでクラスは大盛り上がりだった。山下のことで俺自身は色々悩ましいことが多かった期間だけど、思い返すと、とても良い思い出になったように思えた。そんなことを考えながら教室に戻っていると、また浪川が山下に話しかけていた。遠かったので、何を話しているかは聞こえない。2人の会話の内容が気になりつつも、俺は彼女を打ち上げ終わりに送るときに、自分の思いを言葉と態度で示そうと思った。
打ち上げが終わり、山下を迎えに行こうとすると、なんと、今度は田中が彼女に声を掛けてきた。全くどいつもこいつも油断ならない。一体どうなっているんだ。俺は走って山下のそばに駆け寄り、
「俺が送るから、大丈夫。」
息を切らしながら、田中に言った。彼は何かを察したように、少し話した後、駆け足で帰って行った。
暗くて、静かな夜道を山下と歩いて帰る。
ここで、彼女に思い切ったことを言っても、闇に隠れて、許されるような気になった。俺は言葉と態度で自分の気持ちを示すと決めたのだ。
「閉会式の後、浪川と何話してたの?」
山下の顔を見つめて、質問した。
「えーっと、優勝おめでとうと、2位おめでとうって、言い合ってた。」
その答えは、本当かもしれないけど、2人の会話の全てではない気がした。
「…それだけ?」
重ねて聞くと、山下は少し黙った後、
「…今日、一緒に帰ろうって誘われた。」
そう言ってきた。浪川め。油断も隙もない。浪川への敵対心で、俺は小さく息を吐いた。
「あ、でも、断ったよ。笹井君に先に誘われてたし、」
山下は、俺が怒っていると思ったのか、慌てて説明してきた。
ここで、”怒ってないから、大丈夫だよ。”と言えば、彼女が安心するのは分かっていた。でも、実際、浪川に対して怒りの気持ちもあったし、山下の気持ちを知りたいと思った。
「…もし、俺より先に、浪川に誘われてたら、浪川と帰った?」
そう言うと、山下は俺の顔を見た後に、黙ってしまった。もう、俺の素直な気持ちを言ってしまおう。
「俺、勝手に、山下と一番仲良い男子は自分だって思ってた。でもちょっと、うぬぼれてたなって思い知らされたよ。油断してた。」
彼女は黙ったまま聞いていた。
「浪川が、山下と仲良く話してて、驚いたし、あだ名で呼んでて、焦った。…めちゃくちゃ嫉妬した。」
“嫉妬”と言う単語を言ったとき、山下の身体がビクッと動いた気がした。
「急に色々言われて驚いた?」
山下が混乱しているのではないかと感じたので、質問すると、彼女は小さく頷いていた。
これ以上言ったら、山下をもっと困らせるかもしれない。でも、俺はもう、彼女のことで散々困ってきていた。俺が一方的に好きだからだけど。
だから、少しくらい、山下にも困ってほしいと思った。
「俺としては、結構アピールしてたつもりなんだけど、山下、気付いてなさそうだし、ダンスを頑張るって約束したから、そっちに集中してたら…ライバルが現れたので、のんびりしてたらダメかなと思った。」
もう、このこともバラしてしまおう。
「あと1個、嘘ついてたことを謝る。」
そう言うと山下は驚いた様子で俺を見ていた。
「俺、山下の家の近くのパン屋に行ったことない。受験対策してたときに、山下のこと送ってたのは、夜道が危なそうで、心配だったのと。
ただ単に、山下と一緒に少しでも長くいたかったからです。二人っきりで。」
彼女が息を呑んだのが分かった。これで、少しは、俺の好意を意識してくれるんじゃないだろうか。
さすがに一気に色々言いすぎかもしれないと思っていると、ちょうど山下の家の前に到着した。
今日は大人しく引き下がろう。これ以上混乱させるのも、申し訳ない。でも、明日からも、引き続き、好意を示していこう。
「…とにかく、色々頑張るから。じゃあ。」
俺がそう言って、来た道を戻り始めると、
「待って!」
山下が大きな声を出して、俺の方に走ってきてくれた。驚いて彼女のことを見つめると、山下も俺を見つめて、意を決したように、話し始めた。
「…浪川君と、笹井君に同時に誘われても、私は、笹井君と一緒に帰ってたよ。」
まさかそう言われるとは思わず、俺は驚きすぎて心臓が止まるかと思った。
「結構、色々な人に、アリスの仮装褒められたけど…笹井君に言われたのが、一番嬉しかったし…ドキドキしました。」
家の窓からの明かりに照らされた山下の顔が真っ赤になっているのが分かる。嘘みたいだけど、本当なんだ。山下が俺の好意に気づいて...応えてくれるかもしれない。
「…8/31空いてる?」
もう、このチャンスを逃すわけにはいかない。
「花火大会。一緒に行きたい。」
カップル同士で行くことが定番の花火大会に、俺はどうしても山下と一緒に行きたかった。好意を示すために。俺は口から心臓が出そうなほど緊張していた。
「…はい。行きたいです。」
山下がそう答えてくれて、思わず笑みがこぼれた。そんな俺の顔を見て、彼女が目をみはった気がした。
山下と花火大会に一緒に行く約束ができて、その場で叫び出したいくらい嬉しかった。花火大会で、告白しようかとも思ったけれど、自分が目標として伝えていた大会で結果を出す前に、思いを伝えるのには抵抗があった。それに、もし、山下に告白してOKしてもらえたら、俺は時間が許す限り、彼女に会いたくなってしまう気がした。それは、山下が今まで頑張ってきた勉強の邪魔になるように思えた。とにかく、彼女との約束を守るために、ダンスの練習に集中しよう。そして、絶対に優勝しよう。そう考えて日々のレッスンに全力を注いでいた。
5月の大会で、山下が応援に来てくれたお陰で、全力でダンスできたので、9月の大会でも彼女に応援に来てほしいと思っていた。でも、山下に、行きたいと言ってもらえたとしても、さすがに日帰りで行ける場所と日程ではないので、親御さんの許可も取らなければいけないと考えていた。
今まで子供達向けのレッスンをした時にもらったバイト代はほとんど貯めていたので、金額を確認すると、ギリギリ、彼女と両親、3人分の宿泊費と東京までの飛行機代は賄えそうだった。花火大会の日に、山下に応援に来てほしいとお願いしようと心に決めて、夏休みも毎日レッスンをしていた。
そんなある日、広樹さんが真剣な表情で声を掛けられた。
「陽介、お前、留学しないか?」
広樹さんは若い頃に短期間ロサンゼルスに留学しており、現地でダンスを学んでいた。本場で学ぶことは、技術面はもちろん、精神面も鍛えられる。それにチャンスの機会も桁違いで、新しいコネクションも手に入るかもしれない。
広樹さんのそんな話を今までは他人事のように聞いていたが、自分がダンサーを目指すことにした今は、とても魅力的で、自分に必要な選択である気がした。
「陽介の話をして、ダンスを見せたら、次の大会の結果次第で、誘いたいって言う人がいるんだ。考えてみないか?」
率直に行きたいと思った。お金のことを考えると、両親にはしっかり話さなければいけないけれど。
ただ、1番気がかりなのは山下のことだった。
いつ帰ってくるかも分からない相手に告白されても、困らせてしまうかもしれない。
まだ告白してる訳ではないけれど、もしOKしてもらえても、寂しい思いをたくさんさせるかもしれない。
俺の心の中は留学したい気持ちと、山下のことを思う気持ちがグルグルしていた。
意を決して両親に留学したいことを伝えると、一瞬戸惑っていたが、俺の強い覚悟を知ると許可してくれた。
「頑張って、夢を叶えてね。応援してる。でも辛くなったら、いつでも帰ってきて大丈夫だからね。」
自分の本音を言えなかった頃を考えると、なぜ、あそこまで、両親にとっての理想の進路を選ばなければ愛されないと思い込んでいたんだろうと考える。2人ともこんなにありのままの俺の気持ちを受け入れてくれるのに。
もっと早く、しっかりと両親に向き合っていれば良かった。
両親の自分への愛情を信じきれなくて申し訳なかった。
でも、もう、今は、2人が俺の夢を応援していることを心から信じられた。
2人の子供に生まれて本当に良かったと思った。
こうして、両親に背中を押され、自分の中で留学への意思が固まっていた。




