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俺は大会で優勝してプロのダンサーを目指す。そして、山下の受験が終わったら告白する。これからやるべきことを決めたら、あとは目標に向かってひたすら努力するだけだと思っていた。毎日、クタクタになるまでダンスをするのは疲れるけど、それ以上に幸せだった。
でも矢崎が言うように、油断していたのかもしれない。山下が魅力的なのは分かっていたはずなのに、彼女を好きになる別の人間がいる可能性を、正直、全く考えていなかった。
文化祭期間になり、俺は行灯担当になっていた。どうせなら山下と同じ担当が良かったけど、基本的に男子は力仕事が多い行灯製作をやることが多いので、仕方なかった。それでも文化祭期間中は、勉強抜きで全員が同じ目標に向かって頑張るので、楽しいのだ。
残り2日と言う時点で、矢崎が山下を行灯製作の場に連れて来てくれた。久しぶりに彼女に会えて嬉しかったが、
「あずちゃん。」
5組の浪川が山下をあだ名で呼ぶ姿を見て、急に後ろから殴られたくらいの衝撃を受けた。そして彼女は浪川と仲良さそうに話しており、ショックで頭が真っ白になった。はたから見て、明らかに浪川は山下に気がありそうだった。しばらく呆然としていると、その様子をずっと見ていた矢崎が
「...あずにゃん。私、ちょっと寄るところあるから、先に教室戻っててもらってもいい?」
そう言って、山下を一足先に教室に帰らせた。
「...とりあえず、状況確認と、作戦会議。ここだと人が多すぎるから、昇降口行くよ。いい?」
矢崎に連れられて、俺と海斗は人気のない昇降口まで歩いて行った。
「だから!言ったじゃん!あずにゃんのこと好きな人、他にも出てくると思うよって。笹井は油断しすぎ。ただでさえ、受験対策に行かなくなって、一緒に過ごす時間減ってたんでしょ?普段教室で話してるところも見なかったし。あずにゃんと約束したからってダンス頑張るのは良いけど、それに集中してる間に、あずにゃんに彼氏できちゃったら意味ないじゃん。きっと、彼氏は別の男のダンスする姿なんて見せないだろうし。」
矢崎の言葉一つ一つが矢のように心に突き刺さる。
「浪川のあの感じ見てると、完全に山下さん狙ってるね。わざわざ話しかけに来て。イケメン浪川がライバルなの嫌だねー。」
海斗は苦笑いをしていた。
「浪川、結構人気あるからねー。モテ慣れてる感じするし。どう動けば、女の子が喜ぶか分かっている感じがする。」
矢崎も海斗に同意していた。はっきり言って相手が悪すぎるのは俺でも分かる。
「...でも、山下、俺のダンス本当に褒めてくれてるし、俺にも多少、勝算が...」
淡い期待を込めて言うと、
「確かに、あずにゃんは笹井のダンスのことをとても褒めてる。ただ、それはあくまで、笹井の”ダンス”その、”才能”を褒めてるの。笹井のことが好きで、ダンスを褒めてるわけではない。
例えば、遊園地で、着ぐるみの可愛いマスコットキャラクターがダンスしてて、可愛いって褒めたとする。そしたら、中の人が着ぐるみを脱いで
「可愛いって言ってくれましたよね?デートしましょう」
って言ってきたとしたら、デートする?
「いや、可愛いって言ってたのは着ぐるみに対してなんですけど、気持ち悪い」
ってなるでしょ。笹井のダンスはこの着ぐるみと一緒。あくまで、ガワを褒められているんだと思った方がいい。」
わずかに希望に思っていたことを完全に否定され、俺は打ちのめされた。そんな俺を哀れに思ったのか、矢崎は口を開いた。
「...あまりにも可哀想だから、お節介するけど、今の笹井の接し方じゃ、あずにゃんに好きだって全く伝わってないと思うよ。あのね、あずにゃんが好きなのは宝塚歌劇団だよ。宝塚見たことある?」
「...山下が宝塚を好きなのは知ってる。でも、観たことはない。」
俺が正直に言うと
「1回くらい観たら?あのね、宝塚の世界では、愛の言葉なんて、挨拶代わりなの。愛してる!ジュテーム!アモーレ!の世界なんだから。あれを小学校の時から見続けて、どっぷりハマってて、現時点まで彼氏が一度もいたことがない状態だったら、あの世界が標準になってしまっている可能性が高い。あれ?もしかしてちょっと私のこと好きなのかな?くらいの接し方じゃ絶対に伝わらない。好きならちゃんと、言葉と態度で明確に分かりやすく伝えないと。」
矢崎の言葉には説得力があった。
「笹井のダンスを、あれだけ褒めるってことは、笹井自体のことも悪くは思ってないと思うから、可能性はまだある。あとは、どれだけ笹井が頑張るかだと思う。文化祭期間はさすがのあずにゃんも勉強せずにいるんだから、ここは頑張りどころだよ。少なくとも2回のチャンス、逃さないで。」
「2回?」
「まず、明日の行灯行列で、私はあずにゃんを、すっごい可愛いアリスにします。あずにゃん、絶対にメイク映えする顔だし、私の持つ全ての技術をもって、全力でヘアメイクします。そして、アリスの衣装も、今までのあずにゃんのイメージからは想像できない感じのやつ作ってるから、絶対に可愛いこと間違いなし。アリスの仮装をした、あずにゃんに真っ先に合わせてあげるから、全力で褒めて。こんなに褒めてくれるってことは、笹井君は私のこと好きなのかな?って思うくらいにはね。無理して褒めようとしなくても、勝手に言葉が出ちゃうくらいのクオリティにするから。」
すでに充分可愛い山下がどうなってしまうのか想像つかなかった。
「そして、本祭か後夜祭、どちらかのタイミングで、あずにゃんと一緒に回ろう。2人だと緊張するなら、私と林と4人でいいよ。途中で私と林が抜けて2人にしてあげるから。私とか林が誘ったことにして4人で回るより、笹井があずにゃんに直接誘うのが大事だからね。忘れずに。」
山下と1番仲が良い矢崎の言う通りにするのが最善だと思った。
「...分かった。頑張る。」
まだ混乱していたけど、明日からが勝負なのは分かった。
チェシャ猫の行灯は、前夜祭当日の朝から紙を貼り始め、体育館から校庭に移動させる、タイムリミットギリギリになんとか、完成した。
疲れ切っていたが、行燈行列でまでは1時間を切っていたので、急いで用意されていたトランプ兵の衣装を着た。衣装というか、ほぼダンボールに白い紙を貼り付けて、ダイヤのマークと数字が書かれているものだった。肩紐の間から顔を出すと、住宅展示場の人間看板のようだった。ダンボールが身体に貼り付いているので通気性がとても悪い。トイレの前の鏡で自分の姿を改めて見ると、なんだか滑稽だった。
「もう暑いから、歩き回ったら、ダンボールに汗染み込んで、色変わりそう。」
隣にいる海斗は、オレンジのジャッケットを見事に着こなしていた。海斗は俺と背はそこまで変わらないが、小顔でスタイルがよく、着こなしが上手い。この姿を見て、きゃーきゃー言う女子もいそうだなと考えていた。
「通気性悪そうだもんねー。俺も長袖だから汗だくになりそうだけど、暑かったらジャケット脱げるし。」
海斗と話してると、廊下の向こう側から
「ちょっと!林!笹井!」
矢崎の呼ぶ声が聞こえた。声のする方向を見た瞬間、まるでスローモーションになったようだった。
矢崎に連れられてきた山下のアリス姿は、とんでもない破壊力だった。
ショートヘアがロングヘアに変わったことでガラッと雰囲気が変わっている。メイクによって長くなったまつ毛と淡い色のアイシャドウ、ピンク色のチーク、ツヤツヤのリップで可愛らしさが倍増していた。そして、衣装は、山下の普段の制服のスカートよりもはるかに短く、細い脚があらわになっていた。全体的に華奢さが目立つ。
不思議の国のアリスの本を読んだことも、映画を観たこともないけれど、現実世界にアリスがいたら、今の山下の姿なんじゃないかと思わされた。
あまりにも可愛すぎて、直視できず、俺は頭を抱えた。
そんな山下を見ても、サラッと可愛いと言える海斗は本当にすごいと思った。
何も言えず、黙り込んでしまった俺を見た矢崎は、呆れたようにため息をついて、山下を連れて帰ってしまった。俺は2人の後ろ姿を名残惜しく見送ることしかできなかった。
「...せっかく矢崎が連れて来てくれたのに、これは陽介が悪いな。うん。」
海斗に苦笑いをされながら言われ、
「いや!あれは!反則でしょ!可愛すぎるって...心臓止まるかと思った。」
そう反論したが、
「昨日、矢崎が言ってたじゃん。可愛くするからねって。心構えしておかなきゃダメだよ。油断しすぎ。」
何も言い返せず、山下達が帰っていく後ろ姿を見ていると、すれ違う生徒達が、振り返って彼女達を見ている様子が見えた。
「まぁ、確かに、いつもとイメージ全然違うし、あれは見ちゃうよねー。やばいね。山下さん。モテちゃう。てか、脚細すぎ。」
あんなに可愛い山下を見られたことを、矢崎に感謝したが、これ以上、ライバルが増えてしまうのは勘弁してほしかった。
「...脚見んなよ...。」
俺が恨みがましく言うと、
「陽介だって見てたじゃん。彼氏でもないんだし、今の陽介にそんなこと言う権利はない。」
笑顔でそう言われ、何も言い返せなかった。
開会式が始まる時間が近づき、行灯の周りにクラスメート全員が集まった。俺は山下がクラス展示で一緒に作業をしていた女子達と話している姿を遠くから眺めていた。
「...本当に、笹井は意気地なしだね。ヘタレです。全然ダメ。」
気づいたら隣に矢崎がいて、驚いた。
「矢崎、いつの間に...。」
そう言うと、俺の方をぎろりと睨んだ。ハートの女王の格好で、派手なメイクをした矢崎はとても迫力があった。
「昨日話したこと忘れたの?さっきのあの態度は何?頑張るんじゃなかったの?またいつもみたいに見てるだけなの?」
腕を組んで、すごみながら、俺に畳み掛けてきた。
「...ごめん。あまりにも山下が可愛すぎて...声が出ませんでした...。」
そう白状すると、矢崎はまた大きな溜息をついた。
「笹井にとっては悪いお知らせだけど、あずにゃん、浪川に声かけられて、お願いされて、写真撮ってたよ。浪川は、あずにゃんの可愛さに驚きつつ、とてもすんなりと”可愛いね”って言って褒めていました。」
俺は衝撃のあまり目を見開いた。そして頭を抱えた。本当にこのままじゃまずい。浪川と山下が仲良さそうに話す姿を想像して絶望していた。
俺の様子をしばらく見ていた矢崎は、口を開いた。
「あのね、私にとって、林は、とても良い友達なの。そして、その林から、笹井がどれだけ長い間、あずにゃんに片想いしていたかを聞いているの。1番に願ってるのはあずにゃんの幸せなんだけど、林のことも思うと、笹井に肩入したくなる気持ちがあるの。だから、今こうやって色々教えてあげてるし、お膳立てしてあげてるの。それでも、恥ずかしいからとか、驚いたからとか言い訳して、いつまでもウジウジ行動を起こさないなら、悪いけど、笹井のこと応援できなくなるからね。」
矢崎は諭すように話していた。
「好きなんでしょ?誰にも取られなくないんじゃないの?このまま黙って見てるの?いい加減覚悟決めたら?私にできることはここまでだからね?好きなら、ちゃんと、言葉と態度で示してね。」
矢崎の言う通りだ。
山下は、俺が夢に向かって努力できるよう背中を押してくれた恩人だ。
そして何より、ずっと憧れ続けた大好きな人だ。
このまま、何もしないでいて良い訳がない。
絶対に誰にも渡したくない。
「矢崎、ごめん。色々やってくれたのに。そこまで言わせて、ごめん。もう腹括る。」
俺がそう宣言すると。
「まぁ、頑張ってね。」
矢崎はそう言って俺の背中を叩いた。




