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矢崎たちと話した放課後から数日後の受験対策のときに、ひょんなことから、俺がダンスをしていることを山下が知った。通っているダンススタジオの名前を教えて、その話題は終わったが、翌日まさかの事態が起きた。いつものように朝、登校すると、初めて教室の中で山下が声を掛けてくれた。しかも、ものすごい勢いで。
「昨日、笹井君のダンススタジオの動画見たの、すごかった!!笹井君あんなにダンス上手なんだね!びっくりしたし、目が離せなかった!ダンス動画全部3周は観たよ!本当にすごい!めちゃくちゃ感動した!もう、本当に心が震えた!」
まさか山下が、あの動画を見てくれるとは思っていなくて心の底から驚いた。しかも、俺のダンスを絶賛してくれた。目をキラキラ輝かせながら、俺のことを見つめて、天才とまで言ってくれて、夢みたいだった。ものすごく嬉しかったけど、あまりに見つめられたので、恥ずかしくて顔が真っ赤になっていたと思う。
…もしかして、これはチャンスなのかもしれない
「...今度大会があるから、良かったら見にくる?」
俺が聞くと
「行く!絶対行く!」
山下は間髪入れずに答えてくれた。
本当にダンスをしていて良かった。
スタジオでのレッスンも気合いが入った。いつも以上に鬼気迫る勢いで練習する俺の姿をみて、皆驚いていた。
「…すごいね陽介。なんか心境の変化でもあった?」
圭太さんに言われて、
「…実は、前、話してた子が、大会を見に来てくれることになって…」
正直に言うと、皆から歓声が上がった。
「えー、良かったじゃん!どうやって誘ったの?」
そう聞かれ
「たまたまこのスタジオでダンスやってる話をしたら、彼女がホームページの動画見てくれて、見てみたいって言ってくれて…。」
経緯を説明すると、全員が興奮していた。
「それ、もうさ、告白しちゃいなよ。陽介のダンス見た後だったらOKしてくれるかもよ。ダンスしてる姿はカッコいいんだし。」
玲さんが楽しそうに話していた。
「いや、それはちょっと…。」
俺が狼狽えていると、
「とりあえず、夕方には大会終わるんだし、終わったら、ご飯とか誘ってみたら?打ち上げまでは時間もあるし、陽介たくさん食べるから、何か食べてても打ち上げまでにはお腹空くでしょ。まずは、距離を縮めなきゃ。陽介、奥手そうだし。」
達也さんにそう言われて、確かにその通りだと思った。
「じゃあ、陽介がその彼女と上手くいくためにも、ラストスパート頑張るぞー。」
広樹さんがそう言って、練習が再開された。
大会当日、開場時間よりも早めに会場に着いたら、山下が、入り口の前に並んでいるのが見えた。驚いて声を掛けると、満面の笑みで話してくれた。
俺のダンスを見るためにこんなに早く、遠くの会場まで来てくれて、胸がいっぱいになった。そして初めて見た山下の私服は、白いワンピース姿で、それはもう可愛かった。
…俺は今日、死ぬのかもしれない。幸せのあまりそう思った。
「俺、頑張るから、応援してくれると嬉しい。」
そう伝えると、山下は笑顔で
「もちろん!ものすごい応援してる。頑張ってね。」
と言ってくれた。
山下が俺のダンスを見に来ている。そして応援してくれている。その事実だけでいくらでも踊れそうな気がした。
ステージの上にスタンバイしたとき、観客席に山下の姿が見えた。俺は今までで一番自分の全力を出し切ってダンスをできた。
無事に優勝し、授賞式が終わった後、急いで山下の姿を探した。
「てか、なんで連絡先交換してないの!バカ!せっかくのチャンスなのに!」
玲さんに怒られつつ、一緒に探してもらうと、会場から出てすぐのところにいた。慌てて声を掛けると、笑顔で優勝を祝福してくれた。
食事に誘うとOKしてもらえて、天にも昇る気持ちだった。
2人で行ったカフェで、楽しそうにくるくると表情を変えながら話す山下の姿は、ひたすらに可愛かった。
そして、俺のダンスを何度も褒めてくれて、照れくさいけど、嬉しくて仕方なかった。
自分が頑張って作った振り付けを、練習したダンスを、好きな人を褒めてもらえることは、とてつもなく幸せな時間だった。
でも、同時に、こんなに、賞賛してもらえることを俺は辞めようとしてるのか。そう思って少し切なくなっていると、
「笹井君、ダンスでプロになろうとは思わないの?あんなにすごいから。」
山下からそう言われ、俺はうまく答えることができなかった。
ダンスはもう辞めるんだ
...本当にいいのか?
だって、医者になるって約束したから
...自分が、心からなりたいわけじゃないのに?
夢だけじゃ生きていけない
...諦めて、後悔しない?
自分の中で、結論が出ていたはずなのに、山下に言われて、自分の中の本当の気持ちを押し殺していることに、改めて気付かされてしまった。
そんな俺の様子に気づいたのか、山下は心配そうだった。打ち上げまでの時間を2人で過ごしてから山下を見送り、スタジオの皆の元に向かった。
「では、優勝おめでとう!かんぱーい!」
広樹さんの乾杯の音頭で打ち上げが始まった。
「てか、あの子、めっちゃ清楚系だね!お嬢さんって感じ。可愛かったー。わざわざ開演前から並んでくれてたんでしょ?脈アリじゃん!どう?好きって言えた??」
お酒が入った玲さんは、俺と山下のことに興味津々だった。
「言ってないですよ、今日の大会の感想聞いただけですって。」
俺が答えると、
「えーーつまんない、意気地なし、ヘタレ、帰れよ、もう。」
玲さんは不満そうだった。
「まぁまぁ、同じ大学目指してて、今、先走って動いて、フラれたりしたら、その後に影響するから、慎重でいいんじゃない?」
達也さんは笑いながら言っていた。
「...真面目な子なので、俺が告白でもして、勉強の邪魔しちゃったら、申し訳ないなと...。」
山下の勉強の妨げにだけはなりたくなかった。
素直に白状すると、
「いやーー、本当に好きなんだな。あんなに小さかった陽介が、一丁前に恋愛する年になるとは。俺も歳を取るはずだ。」
圭太さんがしみじみと言った。
「いや、圭太さんまだ20代でしょ。まだ若いですって。」
「17歳に比べちゃなぁー。」
そう言って豪快にビールを飲み干していた。
今日で、俺はダンスを辞めるんだ。
自分に言い聞かせながら、打ち上げの時間を過ごしていた。
次の火曜日、いつもより早く進路指導室に向かうと、すでに山下がいた。驚いていると、彼女は、プロのダンサーにならないのか質問したことで、俺を傷つけてしまったと思っており、わざわざ俺に謝ってきた。なんと、お詫びにラスクまで買ってくれていた。
俺の曖昧な返事のせいで、彼女を悩ませてしまったのだと思うと、申し訳なかった。
そして、彼女は口を開いた。
「私ね、宝塚歌劇団に入りたかったんだ。」
彼女は自分が宝塚音楽学校を目指していた頃の話をしてくれた。宝塚に入りたくて、バレエを習い、専用のスクールに通い、勉強も両立させていたこと。
バレエをやっている人はとても姿勢が良い。彼女のピンと伸びた背筋は、その時の頑張りの証なのだと思った。
山下の話を聞いて、どれだけ彼女が真剣に自分の夢に向かって努力していたかは容易に想像できた。きっと、今のように真っ直ぐな目で、自分の目標を見つめて、頑張っていたのだろう。
山下が宝塚受験を諦めたオーラの強い受験生の話を聞き、ダンスをしてる俺から同じオーラを感じたと言われた時は、心底驚いた。
「笹井君は…あの子と同じオーラを出してて、あんなにすごいダンスができて、あんなにすごい振り付けもできるのに、プロを目指さないのが…ちょっともったいないって思ったんだ。」
山下からそう言われて、胸が熱くなった。
自分のダンスが、振り付けが、こんなにも人の心を揺さぶったことに、泣きそうになった。
しかも、大好きな人に。
俺は、自分の話も山下にしたいと思った。
「俺、弟がいたんだ。…8年前に病気で死んじゃったんだけど。」
母さんも父さんも、俺に対して冷たいわけではない。十分な愛情を注いでくれているとは思う。でも、今回の大会も、母さんは大介関連の講演会があるから、観に来てはいなかった。
「ごめんね。せっかく陽介の最後の大会なのに。」
「いいんだよ。また映像で見てくれれば。」
そんなやりとりをしていたけど、本心は違う。
最後の大会くらいは、俺のダンスを見て、すごいねって褒めて欲しかった。
大介のことが大切なのはわかるけど、俺のことにも、もっと興味を持って欲しかった。
でもそれを言えなかった。拗ねてると思われるのも恥ずかしかったし、そんなことを言ったらガッカリされるんじゃないかと思って怖かった。
結局、俺は母さんと父さんに嫌われたくないのだ。
「…私、宝塚に入るために、死ぬ気で頑張ったの、全然後悔していない。あの頃、本気で頑張ったから、今、苦労することがあっても、
これぐらいで負けてたまるかって思える。不合格で、宝塚の夢を諦めた私だからこそ言えると思うんだけど、どんな結果であれ、本当に一生懸命努力した経験って、絶対人生の役に立つと思う。」
山下の言葉を聞いて、心が震えた。
やっぱり俺も本気でダンスに向き合いたい。
このままじゃ、やらなかった後悔を絶対に引きずる。
ダメでも、全力でやり切ったって言いたい。
「笹井君のダンスは本当にすごいと思う。だから、笹井君も頑張りたいなら、諦めないで欲しい。
あと…部外者が口を出すべきじゃ無いと思うけど…。今までお母さんと進路について、本音で話したことがないなら…自分の正直な気持ちを、話してみたら?」
山下の言う通りだ。もう逃げない。向き合う。もし、話してガッカリされても、これが自分なんだって言おう。このままの自分を認めてほしいってお願いしよう。このままの俺を愛してほしいって言うんだ。
伝える前から諦めるなんて、絶対ダメだ。
その日の夜、俺は両親に自分の本心を打ち明けた。俺が知るのを怖がっていただけで、2人とも、ちゃんとありのままの俺のことを愛してくれていた。何度も何度も、背負わせてごめんねと言われた。俺の方こそ、2人が望む姿じゃないとダメだと思い込んでいて、ごめんなさいと思った。心の中のモヤモヤが晴れた。
2人からも応援してもらえることになった。
あとは、全力で努力するだけだ。
山下にダンサーを目指せるようになったことを伝えると、本当に喜んでれた。
その笑顔を見て、この人は俺の恩人で、俺が1番大好きな人なんだと思った。
山下の受験が終わったら、告白しよう。
そう決めた。




