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初めて彼女を認識したのは高校1年生の夏だった。
1学期の期末試験で、俺は数学だけ学年1位だった。その他の科目はひどい点数のものもあったけど、中学生の時から得意だった数学だけは高校でも通用するんだと思って、ほっとした。
「陽介すごいね。数学。1位じゃん。」
同じクラスで仲良くなった林海斗に言われた。
「数学以外は結構ひどいけどね。数学だけで高校の入試も乗り切ったようなもんだから。」
実際の入試の点数と、合格ラインの点数を比べて、数学で満点近い点数が取れていなかったら、危うかったかもしれないと思ったことを思い出した。
「得意科目あるの良いなー。俺、まんべんなくそこそこだから」
海斗の話を聞きながら、廊下を2人で歩いてると、掲示板に貼ってある順位表の前に立っている女子生徒がいた。
「あ、あの子が学年1位の山下さんだって。3組の。すごいよね。中間と期末2回連続で1位だったから。」
海斗にそう言われて改めて彼女を見た。背の低いショートヘアの子だった。遠目でも色白なのが分かる。ガリ勉には見えないけど、真面目そうな雰囲気だった。ピンと背筋は伸びていて、何より順位表を真っ直ぐ見つめる視線が気になった。
とても芯の強そうな目をしていた。
俺は何故か、彼女から目が離せなかった。
俺と山下さんは別のクラスだったので、関わることはほとんど無かった。
休み時間に、彼女のクラスの前を通ると、ピンと背筋を伸ばして、姿勢良く勉強したり、本を読んでいる姿が目に入った。たまに、同級生と楽しそうに話して、笑っている姿をみたときに、率直に可愛いと思った。
1年生の間ずっとどのテストでも彼女は総合1位を死守していた。
彼女は部活もしていないようで、放課後真っ直ぐ帰宅する姿を何度か見た。
学校と同様に、家でもひたすら勉強しているのだと想像がついて、そのストイックさをかっこ良いと思った。
2年生で、生徒が理系と文系にクラス分けされたときに、彼女も自分と同じく理系志望だと風の噂で聞いたので、あわよくば、同じクラスになれないかと期待した。でも進級初日、2年生の教室に入り、新しいクラスメイトを見回しても、彼女はおらず、少し残念に思った。その日、2年連続で同じクラスになった海斗と昼ご飯を一緒に食べていると、
「陽介、どう?新しいクラス。」
海斗に聞かれ、
「まだよく分かんない。初めて一緒になる人も多いし。雰囲気悪くはなさそうだけど。」
そう答えた。お茶を飲んでると、海斗が俺の耳元で小さな声で言った。
「山下さんと同じクラスじゃなくて残念?」
俺は盛大にお茶を吹き出した。
「ちょっとー、お茶掛かったじゃん。汚いなー。」
海斗はそう言って非難してきたが、
「…お前が急に変なこと言うから、なんでいきなり、」
俺が動揺を隠せないまま、話していると、海斗は俺が吹き出したお茶をティッシュで拭きながら、いつもの笑顔で話し始めた。
「えー、だって、1年生の時、あの子のクラスの前を通るときだけゆっくり歩いてたし、あの子のことじーっと見てたから、気になるのかなーって思って。」
海斗に言われて愕然とした。もちろん、彼女のことが気になっていたことは誰にも話していなかった。つまり彼女を見ていた視線だけで、海斗に好意がばれたということだ。その事実に驚くと同時に、周囲から見て、気があるんじゃないかと思わせるほど、自分が彼女のことを見ていたと知らされて、焦った。
「…そんなに見てた?俺。」
「うん。すごい見てた。」
海斗はにっこり笑って、
「気になる?好きなの?」
と聞いてきた。もう、誤魔化すのは無理だと思ったので、素直な自分の気持ちを話した。
「好きとかはまだ…。気になる…かな。いつもストイックに勉強していてすごいなって思うし、なんか、あの子の目をみてると、すごい芯が強そうな感じで、意思が強そうで…かっこいいなって思う。」
俺の話を海斗は嬉しそうに聞いていた。
「そうか、そうか。まぁ、ずっとテストで学年1位なのはすごいよね。同じクラスだった人に聞いたら、休み時間もいつも真面目に勉強してるらしいから、天才型っていうよりも努力型っぽいし。」
海斗の話をうんうん頷きながら聞いていると、
「あと、普通に可愛いよね。」
そう言われ、驚いて目を見開いてしまった。俺以外にも可愛いと思っている人間がいるとは。
「…あの子が可愛いって、もしかして皆の共通認識?」
俺が焦りながら聞くと、その様子を見た海斗は吹き出した。
「あはは、もしかして、可愛いって思ってるの自分だけって考えてた?
それはないと思うよー。なんか、アザラシの赤ちゃんみたいな目してるよね。黒目がちというか。それに色白で背も低くて華奢だから、彼女のこと良いなって思ってる人いると思うけどね。わりと。目立つタイプじゃないだけで。ただ、話しかければ普通に会話してくれるらしいけど、彼女から話しかけてくることってほぼないらしいし、すごいストイックに、いつも勉強してるから、話しかけづらい雰囲気があるんじゃない?あそこまで成績良いと、それだけで引け目を感じる人も多いだろうし。」
海斗の話を聞いて安心と、不安が入り交じっていた。そして、ふと、気がついた。
「ていうか、なんであの子のことそんなに詳しいの?」
そう聞くと、海斗はまたにっこりと笑った。
「奥手な友達が、好きそうだったから。」
「お前…」
俺が恨めしそうに海斗を睨むと、
「まぁ、やっぱり学年1位って目立つから、普通に噂で聞いた話もあるよ。ただ、ほら、俺だけがその可愛さに気付いてるあの子っていうタイプが好きな人も多いから、もし、本当に気になるなら、ちゃんとアピールしないとねー。誰かと付き合っちゃうかも。」
彼女が誰かと付き合っている想像をすると、ムクムクと嫉妬の気持ちが湧いてきた。
「…陽介。今、やばいくらい凶悪な顔をしてるよ。目つき悪すぎ。」
「…目つきの悪さは生まれつきだよ。」
そう答えた。
海斗からはそう言われたものの、具体的にどうすればいいか思いつくことはなく、結局、彼女のクラスの前を通る度に、彼女の姿を見ることぐらいしかできなかった。
2年生になっても彼女はテストで1位を取り続けており、テストの結果が出る前に、学年全体に“どうせ今回も山下さんが1位だろう”という空気が流れていた。この、1位を取って当たり前という状況の中で、本当に1位を取り続ける彼女の姿は本当にかっこ良くて、眩しく見えた。
2年生の3学期に入り、俺は進路希望を医学部にしていた。
かつて母さんを立ち直らせるために宣言した”医者になる”という言葉を両親は信じていたし、俺自身、医師の仕事はやりがいがありそうで、社会的信用度も高いだろうと思ったからだった。
心の中ではずっとダンサーになりたいという気持ちがあったけど、現実的じゃないし、不安定そうな職業を選べば、親を悲しませてしまうかもしれないし、今さら親との約束を破るのは申し訳なくて、その気持ちに蓋をしていた。
面談で、担任の先生に医学部志望であることを伝えると
「うーん…笹井、数学は問題無いけど、それ以外の科目がなぁ。やっぱり医学部なら英語と、他の理系科目も大事だからなあ。」
そう言って、難しそうな表情をしていた。自分でも数学以外が弱い自覚はあったので、粛々と話を聞いていると、ある提案をされた。
「どうしても医学部がいいなら、Y県立医大で来年から始まるAO入試受けてみたらどうだ?二次試験無しで、面接と、確か小論文とセンター試験だけだったかな?成績表の評定が基準をクリアしてれば受けられるみたいだぞ。ただ、地域枠の扱いになるから、卒業後も県内で何年か働かないとダメらしいけど。」
噂でY県立医大の推薦入試の方式が変わると聞いていたが、二次試験がないのは魅力的だった。センター試験の内容なら、苦手な科目も難易度的に頑張れそうな気もした。ただ、県内でしばらく働かなければいけないのは、将来の自分への負担も大きいかもしれないと考えていたところで、
「ほら、理系で1位の山下は医学部志望だから、AO入試受けるらしいぞ。あいつは成績も良いし、面接での受け答えも優秀そうだから、なんとかうちの高校から現役で医学部合格者が出ないかなー。」
思いがけず、彼女の名前が出てきて驚いた。
そうか、彼女も医学部志望なのか。同じ進路を希望するなら、話せるようになるかもしれない。
よこしまな気持ちも後押しになって、俺はY県立医大のAO入試入試を受けることにした。担任の先生に、受験の意思を伝えると、進路指導の玉木先生に相談するように言われた。玉木先生からは、今後進路指導室でY県立医大のAO入試の受験対策をする予定だと言われた。
「初回は来週の火曜日16時からやる予定だから。5組の山下さんも一緒にね。」
初めて、彼女と話せるかもしれないと思って、俺は胸が躍った。




