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職員室を出てから、私はますます早歩きになった。怒りが止まらない。もっと強く罵ればよかったとすら思った。感情が昂りすぎて、涙が出て来た。怒りと悔しさで、ぐちゃぐちゃな気持ちのまま、玄関に向かって歩いていると、後ろから誰かが走って近づいて来て、私の腕を掴んだ。
「梓、待って。」
陽介君だった。振り返った私が泣いているのを見て、彼は驚いた後、真剣な表情になった。
「一旦話そう。」
彼はそう言うと、私の腕を引いて、進路指導室まで連れて行った。進路指導室に入っても私は涙を止められなかった。
その様子を見た陽介君は、私を抱きしめた。私は驚いて、心臓が止まりそうになった。
「梓、ごめん。俺のせいで。泣かせて。」
陽介君が謝ってきた。違う、陽介君のせいじゃない。
「陽介君は悪くない。村本先生が悪い。あんなこと言うなんて、本当にひどい。悔しい。私は許せない。どれだけ陽介君が頑張ってるかも知らないくせに。私は大会で陽介君のダンスを見て、本当に感動したの。涙が出た。陽介君は天才だよ。踊るために生まれた人なんだって思った。だから、諦めないでほしい。夢に向かって頑張ってほしい。」
私はそう言ってから、一度深呼吸して、抱きしめられていた陽介君の腕を解いて、彼の顔を見た。
「アメリカに行っても頑張ってね。応援してる。私は、陽介君の1番のファンだから。大会の時、すぐに、留学頑張ってって言えなくてごめんね。
...寂しいって思っちゃったから。
でも、私はやっぱり、陽介君には踊っていてほしいから、陽介君が選ぶ道を応援します。私は陽介君の味方です。」
まだ涙は出ていたけど、笑顔で言うことができた。私の言葉を聞いた、陽介君は泣きそうな顔をしてから、笑顔を見せてくれた。
「梓、本当にありがとう。梓にそう言ってもらえるなら、なんでもできる気がする。俺、絶対に頑張るから。」
陽介君がそう言った後、2人で顔を合わせて笑った。
「なんか、怒りすぎて、悔しすぎて、泣いたの久しぶりだから、なかなか涙止まらないな。身体がびっくりしてそう。」
私は自分の目元にハンカチを当てながら、流れ出る涙を押さえていた。気持ちは整理がついたのに、身体は追いついてないようだった。
そんな私をしばらく見つめてから、陽介君は話し始めた。
「俺、梓に言いたいことがある。
ずっと言いたかった。
もう、バレてるだろうけど。俺はたぶん、これから色んなところ転々とするだろうから、梓に寂しい思いをさせることもあると思うし。
でも、どうしても言いたいから。俺のわがままかもしれないけど。梓の受験が終わったら、聞いてほしい。それまでに、考えてほしい。」
陽介君は真剣な表情をしていた。
「分かった。考える。」
私が答えると、陽介君は少し笑ってから、
「じゃあ、俺、今日もスタジオ行くから。勉強頑張ってね。応援してる。」
そう言って、進路指導室から出て行った。
私はいつもの席に座った。涙はまだ止まらない。気持ちは落ち着いているはずなのに、不思議な感覚だった。
アメリカか。遠いな。遠距離恋愛か。普通の恋愛すらしたことないのに、そんなことできるのかな。それからも色々なところ転々とするかもしれないって言ってたし、彼を応援するなら...ファンとしてでもいいのかな。いやでも...。
頭の中でぐるぐると考えていると、進路指導室の扉が開いて誰かが入って来た。浪川君だった。
「泣いてるの?」
彼は私のことを見つめながら言った。
「あー、心配かけたならごめん。涙は出てるけど、気持ちは落ち着いてるので、なんか久しぶりに泣いたから、身体がびっくりして止まらないだけ。大丈夫だから。」
私がハンカチで目元を押さえていると、何も言わず、浪川君は隣の席に座った。
「今日、月曜日だから、受験対策じゃないよね?勉強しに来たの?」
私が質問すると
「あずちゃんは、これからも泣くの?あいつのために。」
思いがけない質問で返されて、浪川君の方を見た。私のことを見ている。
「たくさん泣くことになるんじゃない?遠距離なら。」
私が答えられないでいると、彼は少ししてから、口を開いた。
「俺なら、寂しい思いさせないよ。そばにいるし。」
そう言われて驚いて、浪川君の顔を見た。今まで見たことがない真剣な表情だった。
「俺、あずちゃんのこと好きだよ。あずちゃんのおかげで、頑張ってる姿を見て、勇気をもらって。本当にすごく感謝してる。だから、今度は俺が、あずちゃんを一番近くで見ていたい。俺と付き合ってほしい。」
そう話す浪川君を見ながら、彼がバレー部だった頃、これくらい真剣な表情でバレーに取り組んでいたのかもしれないと思った。
浪川君の言っている内容から、私の陽介君への気持ちも気付いているんだろうと思った。
それでも、私に気持ちを伝えてくれた。
そんな彼に真剣に向き合わないのは失礼だ。
それに、私も真剣に、本気で自分の気持ちに向きなわないといけない。
…答えは一つだ。
私は目を閉じて、深呼吸をした。目を開けた時、自分の中で気持ちが固まった。
「浪川君、ありがとう。そう言ってくれて嬉しい。
でもね、私、好きな人がいるから、その気持ちには応えられない。ごめんなさい。」
私はまっすぐに彼を見つめながら答えた。
彼は何も言わずに私を見ていた。
「前に、浪川君に”努力って報われるとは限らないから、ダメだったら嫌だなとか思わないのか”って質問されたでしょ?
そのとき、私、”誰にも分からない未来のことで不安になるよりも、目標を叶えるためにひたすら努力する方がいい。”って言ってたけど、自分でそう言ってたくせに、忘れちゃってた。
彼との未来がどうなるかなんて誰にも分からないなら、今の好きって気持ちを大事にして、努力するしかないんだよね。
私、努力は得意だから、できそうな気がする。」
私がそう言うと、浪川君は軽く笑った。
「あずちゃんが努力できるのは俺が保証するよ。本当に、尊敬してる。」
彼はどこかスッキリした表情をしていた。
「俺、Y県立医大のAO入試受けるの辞めるわ。」
浪川君がそう宣言したので驚いた。
もしかして、私と一緒なのが気まずいからだろうか。
「あぁ、言っておくけど、あずちゃんに振られて気まずいからじゃないからね。そりゃあ、少しはあるけど。
それ以上にあずちゃんが、目標に向かって頑張ってる姿を見て、俺も同じくらい頑張れるものをちゃんと見つけたいなって思ったんだ。医学部に行ったら、医者になるしか道はないわけだし。
だから、他の学部に行って、もう少し自分が何をしたいか、色々考えたい。まぁ、俺成績良いし、なんとかなる気がする。
...応援してくれる?」
浪川君は、私に笑顔で聞いて来た。
「うん。もちろん。応援してる。きっと浪川君、やりたいこと見つけられるよ。」
私も笑顔で答えた。
ずっと迷っていた自分の気持ちが決まって、なんだかすごくスッキリしていた。
今すぐ、陽介君に話したいと思った。
「...私、ちょっと行ってくる。浪川君、頑張ってね。」
「うん。あずちゃんも頑張れ。」
私は進路指導室から出て、そのまま走り出した。
たぶん、まだ、陽介君はスタジオまでの道を歩いているはずだ。きっと追いつくだろう。
感情のままに、会いたい人のところに向かって走るなんて、まるで青春だ。
そんなことを考えながら、私は笑顔で走っていた。
すれ違う人たちが、笑顔で走る私を見たら、きっと怪訝に感じるだろうなと思った。
しばらく走ると、横断歩道の前で陽介君が信号待ちをしていた。
「陽介君!」
私が大声で呼びかけると、彼は振り返って驚いた顔をしていた。
「どうしたの?汗だくじゃん。何かあった?」
走りっぱなしで、息が上がっていた私は、しばらく息を整えてから、彼の顔を見た。
「陽介君。私、決めた。気持ち決まった。私も受験が終わったら、どうしても陽介君に言いたいことがある。もう迷わないから。だから、結果が出たら、一番最初に陽介君に会いに行く。...待っててくれる?」
私は笑顔で聞いた。
「もちろん。待ってる。勉強頑張って。俺も留学の準備頑張るから。」
陽介君は驚いた表情をした後、ゆっくりと笑顔になって答えた。私はその答えを聞いて、嬉しくてたまらなかった。そんな私の様子を愛おしそうに見つめた後に、彼はボソッと言った。
「まぁ、俺の方が、絶対に梓より先に思ってたと思うけどね。」




