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「...あずにゃん、聞いてる?」
そう言われて、私はことちゃんに話しかけられていることに気づいた。
放課後、アルバム委員であることちゃんの写真選びを手伝っていたのだ。
ことちゃんは、私が上の空で、勉強にも身が入らない様子を見て、心配して、気分転換に、この作業に誘ってくれたのだ。
「あ、ごめん。ぼーっとしてた...。聞いてなくて、ごめん。」
私が聞き返すと、彼女は少し困った様子で笑いながら話した。
「もう。文化祭の写真、これでもいいかって聞いてたの。どう?」
ことちゃんは、私とハートの女王姿の彼女と、アリス姿の私が2人で写っている写真を見せてくれていた。
「あー、まだ3ヶ月も経ってないのに、懐かしいね。うん。良いと思う。良い写真。」
そう答える私を見て、ことちゃんは心配そうだった。
「あずにゃん...大丈夫?なんか...辛そう。」
彼女に言われて、胸がズキっと痛む。
「そうだね...。なんか、色々と考えすぎちゃってるね。私がすべきことなんて、1つなのに。応援する以外ないはずなのに。なんでだろうね?勉強してても、集中できてないのが分かるし、良くないよね。」
私は苦笑いした。
ことちゃんはそんな私の様子を見て、頭を撫でてくれた。
「...人の気持ちって、そんなに簡単に割り切れるものじゃないと思うからさ。」
彼女は本当に優しい。
大会の後、陽介君はアメリカに留学することを私に伝えた。
「練習期間中から、チームメートに薦められてて、今回優勝したことで、改めて、正式に誘いの声がかかったんだ。一度は本場で勉強した方が、今後のためにも良いと思うし、繋がりもできるし、自分の実力も試せるかなって。」
陽介君が、遠くに行ってしまう。
そう聞いて、私の頭は真っ白になってしまった。
働こうとしない頭を必死に働かせて、私は口を開いた。
「...どれくらいの期間、行く予定なの?」
「...行ってみないと分からないかな。学校とは違うから。とりあえず、親には、留学したい気持ちはちょっとずつ事前に話してたから、今回優勝したことで、具体的にお願いできると思う。」
大会前から、すでに陽介君の中に留学したいという、気持ちがあったことがショックだった。
私は何も知らなかったんだ。
彼がダンサーになる夢を応援すると言いながら、いざ、その夢のために遠くに行ってしまうことを知ると、寂しいと思ってしまった。
なんて、自分勝手なんだろう。
黙ったままの私を見て、陽介君は心配そうだった。
私は必死で自分の口を動かした。
「...すごいね、名誉なことだね、留学なんて...。」
でも、それ以上言葉が出てこなかった。
「あの...ごめん、ちょっと、混乱してるのかも...。」
私が何も言えなくなっているのを見て、陽介君は少し切なそうな顔をしていた。
そのタイミングで、彼はチームメートに呼ばれて、会場に戻らなければいけなくなった。
「...ごめん行かなきゃ。梓、またゆっくり話したいから、必ず連絡する。今日は来てくれて本当にありがとう。お母さんにもお礼、伝えておいて。」
陽介君はそう言って、会場内に走って戻った。
彼が駆けていく姿を私は呆然と見つめたまま、その場から動けなくなっていた。
陽介君が進学せず、アメリカに留学するらしいと言う話はすぐに学年内に広まっていた。進学率が95%を超え、残りの5%も就職を選ぶ私たちの高校では、ほとんど聞いたことがない進路だったからだ。しかも、彼は数学だけなら学年で1、2を争う成績なので、もったいないと言う声が大半だった。
ことちゃんも、もちろんその噂を聞いており、明らかに元気がない私を見て心配してくれていた。
「”頑張って、応援してる”って言うべきなのに、真っ先に、寂しいって思っちゃった。ダメだね、私。陽介君の夢、一番に応援してるつもりだったのに。自分のことばかり考えて。...陽介君が夢のために努力することを薦めたのは私なのに...。情けない。」
私はぽつりぽつりと、自分の気持ちをことちゃんに話し始めていた。そんな私を見て、ことちゃんは口を開いた。
「...矛盾した考えを持つのって、割とよくあることなんじゃないかな。
例えば、勉強すべきという気持ちと、勉強するのは大変だから、したくないという気持ち。だいたいの人はどちらも持っていると思うの。
その反対の気持ち同士に自分の中で折り合いをつけて、どれくらい勉強するか決めていく。
でも、あずにゃんって、すごいストイックだから、基本的に〇〇すべきって考えの方ばかり優先して行動できちゃうじゃん?きっと、〇〇したくないっていう気持ちを抑え込むのが、上手いと言うか、癖になっているというか...。
私はね、この〇〇したくないっていう気持ちを否定しすぎる良くないと思うんだ。だって、我慢ばかりしてたらパンクしちゃうもん。絶対。
まずは、素直な自分の気持ちを認めたうえで、どう行動するか、決めていこうよ。」
ことちゃんの言葉は私の中にゆっくり染み込んでいった。
「ことちゃんの言う通りだね。...うん、そうだね。
もう少し自分の気持ち、整理してみる。ありがとう。」
私がそう言うと、彼女はまた私の頭を撫でてくれた。
「少なくとも、私はあずにゃんの味方だから、いつでも、なんでも話してね。」
そう言って笑ってくれることちゃんは、本当に頼りになる。
「ごめんね、あずにゃん。私、用事があるのすっかり忘れてて。申し訳ない。」
卒業アルバムの資料を作り終えたタイミングで、ことちゃんは、家の用事を思い出して帰らなければいけなくなったので、私は彼女の代わりに担任の村本先生に、資料を提出することにした。
「大丈夫だよ。提出するだけだから、大した手間じゃないし、今日は話も聞いてくれてありがとう。気をつけて帰ってね。」
私はそう言って、ことちゃんを見送った。
資料を持って職員室に向かい、扉を開けて、村本先生の机の方に歩いていくと、誰かが先生と話していた。
陽介君だった。
「両親も、応援してくれているし、何より、俺がそうしたいので。」
「でもなぁ、うちの高校で進学しないなんて、ほぼ、いないし、笹井の成績なら、行けるところなんていくらでもあるんだぞ。もったいないって思わないのか。」
村本先生は、うちの高校の先生の中でも特に進学率にこだわる人だった。自分が受け持ってるクラスで進学をしない生徒がいるのが納得できていないようだった。
私は2人の元に近づいて行った。
「...村本先生。矢崎さんから預かった卒業アルバムの資料持って来ました。」
私が話しかけると、2人は私の方を見た。
「山下、ちょうど良いところに来た。お前からも笹井に言ってくれ。優等生の山下の言葉なら聞くんじゃないのか?
大会で優勝したか知らないけど、今やるべき勉強から逃げて、叶うか分からない夢を追いかけようとするなんて、もったいないと思わないか?せっかく良い成績なのに。もっと現実を見た方がいいぞ。」
...この人は何を言っているんだ。
やるべき勉強から逃げている?彼にはダンスの才能があって、ダンスに向き合っているだけだ。
陽介君がどれだけ夢を叶えるために努力しているか知らないくせに。
どれだけすごいダンスができるか知ろうともしないくせに。
しかも、私から彼に夢を諦めろと言えと。
...ふざけないで。
私は、自分の中に、湧き上がる怒りが止められなかった。
「私は、彼がどれだけ自分の夢のために努力しているか知っています。先生と違って。」
自分でも思っている以上に低い声が出た。2人が驚いた表情で私のことを見た。
「やるべき勉強から逃げてるってなんですか?
勉強はあくまで自分がやりたいことを実現するための手段です。これぐらいのレベルの勉強ができれば、これくらいの進路は選べるっていう考えて、進路を選べってことですか?自分が本当に何をしたいかは関係なく。
彼は自分が本当にやりたいことを見つけて、それに向かって努力してるだけです。逃げてなんていません。
彼が望んでいて、彼の両親もそれを応援してるのに、なんで先生が反対してるんですか?
自分の生徒が不安定な仕事を選ぶことが心配だからですか?
それとも、自分の担当するクラスの進路実績を良くしたいからですか?
前者なら余計なお世話です。彼が決めることです。自分が選ぶ道がどれくらい難しいものかは、彼が一番分かっていますから。だからそのために努力してるんですから。
後者なら、安心してください。私が医学部に入るっていう大きな実績を作ってあげますから。
ただ、もし、今後、”恩師は誰ですか?”って聞かれても、絶対に先生の名前は挙げません。一生。
...資料置いておきますね。2度と彼の邪魔しないでください。」
私は村本先生先生の机にドサっと資料を置き、早歩きで職員室を出て行った。




