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「やっぱり、兵庫の劇場とはまた雰囲気が違うね。あっちは、結構、親しみやすい感じがするけど、こっちは洗練されてる気がする。」
初めて来た東京宝塚劇場のロビーに入ると、お母さんは周りを見回しながら、話していた。
「確かに、向こうは家族連れとか、男性客も結構いるけど、こっちは、マダムとかお姉さんたちが多い気がする。」
私もお母さんの意見に同意した。公演のチケットは既に完売していたが、リセールで2枚チケットを買えたので、陽介君の大会の前日にお母さんと2人で宝塚歌劇団を観にくることにしたのだった。座席に座り、今日の公演のパンフレットを見る。お芝居とショーの2本立てで、偶然にも、私が受験をした時にオーラを感じた彼女が出ていた。
お芝居はあっという間の1時間半だった。やっぱり私は宝塚が好きなんだなと思わされる。そして彼女は新人なので、お芝居の中ではまだセリフはなく、その他大勢の役をしていたけれど、やはり目を引いた。
後半のショーでは、若手だけの場面があり、一度彼女がセンターに来るシーンがあった。その瞬間、彼女から圧倒的なオーラを感じた。一際、光輝いて見えた。前に見た時は、少しだけチクリと胸に刺さる痛みを感じたけれど、今回はただ純粋に、すごいと思った。
私は自分の中で気持ちを消化できたのだと思った。
近い将来、彼女のファンだと言える日が来る気がした。
「今日も良かったねー。お芝居もちゃんと起承転結があって、面白かったし、ショーのメロディは頭から離れない。」
「分かる、ホテルの部屋で歌っちゃいそう。」
私とお母さんは、宿泊予定のホテルの近くのレストランで、一緒にご飯を食べながら、今日観劇した舞台の感想を話し合っていた。
私は、今日、舞台で彼女を見て、改めて感じた気持ちをお母さんに打ち明けた。
「前に、音楽学校の最終面接の前に廊下で見かけただけで、心が折れちゃった、すごいオーラの子がいたって話したことあったでしょう?今日、舞台に出てたんだよね。」
私がそう言うと、お母さんは少し考えて、
「…あのショーの中盤で若手のメンバーだけが出てたときに、センターにいた子?だとしたらすごい目を引いた。」
やはりお母さんにも分かるようだった。
「うん。その子。すごい目が行くよね。今日もやっぱり、同じオーラが出てた。
実は…ダンスをしてる陽介君からは、彼女と同じオーラを感じるんだ。
なんか、ああいうオーラって選ばれし者が出すんだなって思ったの。言葉にするとちょっと安直だけど…”天才”ってやつ。そう思ったら自分が音楽学校に入れなかったことは仕方なかったんだなって思えたの。私はああいうオーラ出せないから。
じゃあ、オーラが出せない私は、もう少し自分に向いていることをやった方がいいかなって、考えることができて。今まで試験で学年1位をずっと取れているということは、勉強には才能があるのかもしれないって改めて思うことができました。
…まだ3回受験できるチャンスがあったのに、1回で音楽学校受験を諦めたのは逃げてるのかなと思うこともあったけど、もっと自分に向いてて、やりたいことがあるなら、別の目標を立てて頑張るのも良いのかなって。自分を許せたというか。」
医師になるという目標ができて、勉強に励みながらも、宝塚を観劇する度に、ほんの少しだけ感じていた胸の痛みを、今日は感じなかった。
「だから本当に、陽介君には感謝してる。陽介君と関わったお陰で、自分が、宝塚音楽学校に入れなかったっていう、悲しさを、完全に吹っ切れた気がする。医者になりたいっていう気持ちも、より強くなりました。」
私がそう話すと。お母さんは嬉しそうに目を細めて私のことを見ていた。
「…良かったね。梓が、前向きになれて、嬉しいよ。」
お母さんがそう言ってくれたので、私も笑顔で返した。
「なので、その感謝も込めて、明日は精一杯応援します。陽介君が優勝できるように。」
私はそう宣言した。
翌日は見事な秋晴れだった。10時から始まる大会の前に、陽介君に最後に直接応援の言葉を言いたくて、夜のうちに陽介君に連絡すると、会場入りする前に、時間を作れると言ってくれた。私とお母さんは、ホテルで朝食を取ってから、すぐに会場まで移動した。
会場前は大会関係者と参加者、観客でごった返していた。
待ち合わせに指定された、銅像の前に向かうと、人が多くて、なかなか彼を見つけることができなかった。キョロキョロと辺りを見回していると、
「あず、山下!」
声が聞こえて振り返ると、陽介君がこちらに向かって走ってきた。
「…本当に来てくれてありがとう。すごい嬉しい。お母さんも来てくださってありがとうござます。」
陽介君はお母さんに頭を下げた。
「そんな、いいんだよ。今日は笹井君のダンス見られるの楽しみにしてきたから。頑張ってね。…私がいたら、話しづらいこともあるだろうから、向こうのベンチに座ってるね」
お母さんはそう言って、別方向にあるベンチに向かって歩いて行った。
「陽介君、誘ってくれてありがとう。全力で応援する。本当に、心の底から。陽介君のダンスは日本一です。私が保証する。」
私は笑顔でエールを送った。ふと彼の肩を見ると、私がプレゼントしたタオルが掛かっていた。
「…使ってくれてるんだ。嬉しい。」
私がそう言うと、
「もちろんこれも持ってるよ。」
陽介君は、私があげたお守りをポケットから出して、見せてくれた。そして深呼吸をすると、話し始めた。
「俺、絶対に優勝するから見てて。あと…終わったらどうしても、話さなきゃいけないことがあるから、連絡するまで、会場で待ってて欲しい」
陽介君は真っ直ぐに私のことを見つめていた。
「…分かった。観客席から応援してるから。連絡待ってるね。」
私は答えた。
陽介君を会場に見送った後、お母さんと合流して、観客席に座った。すり鉢状の会場なので、ステージ全体がキレイに見える席だった。観客席が徐々に埋まっていき、会場内が熱気を帯びてきた。
私は、何も言わず、真剣な表情でステージを見つめたまま座っていた。
「梓も緊張してるの?」
お母さんに聞かれた。
「うん。緊張してる。私が何かするわけじゃないけど…。どれだけ、陽介君が、頑張ってきたかは知ってるつもりだから…。優勝して欲しい。」
私は切実に、彼のチームの優勝を願っていた。
お母さんはそんな私の肩に手を置いた。
「応援の力って大きいから。全力で応援しよう。」
いよいよ大会が始まった。5月に私が観に行った地方大会を通過した、全国20チームが集結し、総合優勝が決まる。陽介君達のチームは17番目だった。
5月の大会と比べても、どのチームもレベルが高く見応えがあった。中でも関東地区代表のチームはアクロバットも交えた演技で、会場が大きく沸いた。私は祈るような気持ちで陽介君達のチームの順番を待った。各チームの演技前に、そのチームの関係者と思われる人々が、メンバーの名前を呼んだり、頑張れと声を掛けていたので、私も声を出そうと思っていた。1つ、また1つとチームの演技が終わるにつれて、私の心臓の鼓動はどんどん大きくなっていった。
「エントリーナンバー17、studio sora」
ついに、陽介君達のチームの番になった。陽介君達がステージ上にスタンバイする。
私は大きな声で叫んだ
「陽介、頑張れ!」
少しの間沈黙が流れたあと、曲が始まった。すると、5人のメンバーは一斉に動き始めた。そのダンスはとてもテンポが速く、素早い動きだった。それでも全員の動きは一糸乱れずシンクロし、映像で一時停止してみても揃っていそうだった。続けてゆっくりとした滑らかな動きになった。全員で作るウェーブは本当の波のように見えた。どれだけ練習を重ねれば、ここまで全員が揃った動きになるのだろう。私はここに至るまでに、たくさんの時間と情熱を掛けて、全員がこの作品を作りあげてきたのだと実感して、胸が熱くなった。中盤は1人ずつソロの場面になった。ダイナミックで力強い動きから、しなやかで美しい動き。恐らくメンバーそれぞれの得意なジャンルのダンスのエッセンスが入っているのだろう。
そして、最後に陽介君のソロになった。彼は素早く動き始めたと思ったら、高くジャンプして回転した。
その瞬間、彼の背中には羽が生えているように見えた。
着地すると力強い目で観客を見て、軽快にステップを踏んでいた。
私はその動きに釘付けになった。
彼からオーラが出ている。
彼は天才で、ダンスをするために生まれてきたのだと、確信した。
それぞれのソロが終わると、再び全員が同じ動作を始めた。ダンスのスピードはだんだん速くなる。それでも全員の動きは揃っており、一糸乱れぬまま、最後のポーズを取って、演技が終了した。
私は、自分の手が壊れてしまうのじゃないかと思うほど、強い力で拍手を送った。
会場内からも一際、大きい歓声と拍手が送られていた。
「…本当にすごかった。感動した。」
お母さんは拍手しながら、私の顔を見て、感想を話していた。
「あれ?梓、泣いてる?」
言われて気付いたが、私の目から涙が流れていた。
「…なんか、ちょっと、胸がいっぱいで…。本当にすごかった。感動した。」
溢れ出る涙は止まらず、私はずっと目元をハンカチで押さえていた。
きっと、陽介君は、悔いの無い演技ができたのだろうと思った。
残りのチームの演技も終わり、休憩を挟んだ後、結果発表となった。
恐らく優勝の可能性があるのは、陽介君達のチームと関東地区代表のチームだろうと思った。私は両手を合わせて祈るように結果発表を聞いていた。どうか、まだ呼ばれませんように。自分の心臓の鼓動が信じられないほど大きく聞こえた。
2位として、関東地区代表のチーム名が呼ばれた。
神様、お願いします。私は心の底から祈った。
「優勝は...studio sora!」
会場から大きな歓声が沸いた。ステージ上の陽介君たちは抱き合って喜びを分かち合っていた。
私もお母さんと抱き合って、喜んだ。
彼は本当に自分の目標を達成したのだ。
「...おめでとう。」
私は呟きながら、ステージ上でトロフィーを受け取る陽介君たちを見ていた。
結果発表が終わった後、しばらくしてから陽介君から連絡が来た。
“10分後に行くから、さっきのところで待ってて。”
私はお母さんに陽介君と会ってくることを伝えた。
「じゃあ、彼との話が終わったら連絡ちょうだい。私会場の周り見てるから。」
お母さんはそう言って、会場から出た。私は約束の場所へ行った。
少し待っていると、陽介君が走って来た。私も彼に駆け寄った。
「本当におめでとう!すごかった。圧倒された。本当に、本当にお疲れ様。」
私は笑顔で伝えた。
「ありがとう。...梓が、俺の名前呼んでくれたの聞こえてたよ。おかげで全力を出せた。本当にありがとう。優勝できたのは、梓のおかげです。」
そう言って、私に微笑みかけてくれた。
「そう言ってくれて嬉しいけど、やっぱり、陽介君が努力したからだよ。どれだけ今まで練習して来たかが、伝わった。本当に感動しました。」
私が感想を言うと、陽介君は照れくさそうに笑った。でも、少し考えたような表情になり、黙ってしまった。どうしたんだろうと思い、彼の顔を見ていると、何かを決意したような表情になった。
そして、口を開いた。
「梓、俺、アメリカに留学しようと思う。」




