11
後夜祭もクラス展示は大盛況で、午前中に食材を使い切ることは確実だった。
パスタスナック用のスパゲッティの残量が少なくなっていたので、私は思い切って、残っていたパスタを全て油の中に入れた。すると、想像以上に油が跳ねて、右前腕に油がかかってきた。
「あつっ!」私は思わず声を上げた。
隣にいた、美佐ちゃんが声をかけてきた。彼女とはクラス展示の準備で一緒に時間を過ごすことが多かった。
「梓ちゃん、大丈夫?」
心配そうな彼女の声を聞いて、
「大丈夫。少し油が跳ねただけだから、大きい声出してごめんね。」
私は答えた。右前腕はヒリヒリしていたが、パスタはすぐに揚がるので、焦がさないために、その場を離れられなかった。パスタが黄金色になったのを見て、すぐにバットに上げて、シーズニングで味付けした。パスタスナックが完成した時点で、私は美佐ちゃんに声をかけた。
「ちょっと、火傷っぽいから冷やしてくるね。抜けちゃってごめん。」
彼女は心配そうな表情をして、
「大丈夫?もう、パスタスナックは終了だから、こっちは気にしないで。ちゃんと冷やしてきてね。」
優しく声をかけてくれた。私はその言葉に甘えて、家庭科室の水道の水を流しっぱなしにして、火傷した前腕を冷やした。少しは痛みがマシになったが、やはり完全には消えない。保冷剤で冷やしたほうが良さそうだと思い、おとなしく保健室に向かうことにした。
濡らしたふきんを患部に当てながら、保健室に向かって歩き、3年6組の前を通ると、
「山下、腕どうしたの?」
教室から笹井君が出てきて、心配そうに声をかけてきた。
「笹井君お疲れ様。油が跳ねて、火傷しちゃったみたいで、保健室行くところ。でも、たぶん、大したことないから気にしないで。」
私がこう答えると、彼は私の腕を見てから、
「俺も一緒に行くよ。急ごう。早く冷やしたほうがいいし。」
そう言って、私を保健室まで連れて行った。
保健室の扉を開けると、先生はいなかった。
「冷凍庫みてくるから、座って待ってて。」
笹井君に言われて、私は保健室のベッドの脇に座った。彼はすぐに保冷剤とタオルを持ってきてくれた。タオルで保冷剤を包んで、私の右手首を掴み、火傷に保冷剤を当てた。
「どう?痛み引きそう?」
笹井君は私の隣に座って、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「ありがとう。冷たくて気持ちいい。かなり楽です。」
私は笑顔で答えた。
笹井君はしばらく真剣な表情で、私の右手首を持ったまま保冷剤を当て続けてくれた。
彼の手の感覚を右手首に感じて、徐々に緊張してきた。笹井君は2cmほどに広がる地図状の傷跡を見ると
「赤いな...水膨れになっちゃうかも。」
眉間に皺を寄せていた。
「...残りのパスタを一気に揚げようとして、いつもより多く油の中に入れちゃって、そしたら油跳ねもすごくて...、楽しようとしたらダメだね。でも、きっと、すぐ良くなるよ。痛いのも良くなってきたし。」
私は緊張を誤魔化すように話し続けた。
「せっかく、肌白くてキレイなのに、赤いと目立つ。」
彼はそのまま、傷を冷やし続けた。
“キレイ”と言われて、顔が赤くなった。色白だと言われることは多いが、面と向かってそう言われると、とてもドキドキしてしまう。
いい加減、手首を掴まれてることを意識しすぎて、顔が赤くなるのを止められなかった私は、
「...笹井君、私、自分で押さえられるから、大丈夫だよ。あの...ちょっと...触られてると、緊張する。」
思い切って言うと、私の傷のことだけを考えていたであろう笹井君は、保冷剤を私の前腕に載せたまま、すぐに両手を離した。
「ごめん!また、許可も取らずにずっと掴んじゃって...。あの...すみません。」
彼は立ち上がって、私から距離を取って頭を下げた。私は自分の左手で、保冷剤を押さえながら、
「いや、全然大丈夫、むしろ押さえててくれてありがとう、触られるのが、嫌だったわけじゃないから。」
そう言うと、笹井君と目が合った。そのまましばらく黙ってお互い見つめ合ってしまった。そのタイミングで保健室の先生が戻ってきて、私たちを見つけて、
「あれ?二人とも、何かあった?」
と聞いてきたので、
「「なんでもないです!」」
2人で顔を真っ赤にして答えていた。
12時を前にして、3年6組の展示は無事完売で終了した。
「良かったー!かなり良いペースなんじゃない?3年生の展示では一番早く終われて。これはリアルに総合優勝できそう。」
ことちゃんはご機嫌だった。
「良かったね。本当に優勝できるかも。これで自由時間になるから、他のクラス展示も回れるね。」
私がそう答えると、ことちゃんは、私の右前腕を見て、
「ところで、それ大丈夫?火傷したって聞いたけど。」
少し心配そうに聞いてきた。
「あぁ、ちょっと痛かったけど、しばらく冷やせたから大丈夫。きっとすぐ良くなるよ。」
私が答えると、ことちゃんはすぐニヤニヤと笑い始めた。
「いやー、腕を痛そうに押さえるあずにゃんを見て、すぐ飛び出してった、笹井の姿、あずにゃんに見せたかった。血相を変えるっていうのは、ああいう状態のことを言うんだなって思ったよ。」
笹井君との保健室での出来事を思い出した。
私は黙ってしまい、顔が熱くなった。
そんな、私の様子を見た、ことちゃんは
「あれ?何かあった?」
嬉しそうに笑いながら、聞いてきた。
「いや、なんでも、ないです。」
なんだか、カタコトで答えてしまった。
「山下さん、矢崎、一緒に回ろう。」
林君が声をかけてきた。隣にいた笹井君を見て、なんとなく気まずくて、目を伏せてしまった。
そんな私の様子を見て、ことちゃんと林君は目配せし合っていた。
「さぁ、あずにゃん、どこ見て回る?行きたいところある?」
ことちゃんに聞かれたので、
「そうだね...、昨日、浪川君と約束したから、5組の展示に行ってもいい?まだやってるかな?」
私がそう答えると、笹井君の表情が一気に深刻になった。林君と、ことちゃんも再び目配せをしていた。
「...私も行きたいかも、お腹空いてるし!」
ことちゃんは笑顔で賛成してくれた。
「そうだね。俺も賛成。」
林君もいつも通り、ニコニコ笑って答えた。
深刻な表情を崩さない笹井君に、
「笹井君、和菓子、苦手だっけ?」
私が質問すると、
「全然、得意。いくらでも食べられるし。」
彼はそう答えて、ぎこちなく笑った。
5組の展示はまだ営業しており、4人で行くと、すぐに店内に通された。店内は、隣のトトロや千と千尋の神隠しをモチーフにした、和風な仕上がりになっていた。店内には浪川君がいた。
「あずちゃん、来てくれたんだ。お友達も一緒に。ありがとう。」
浪川君はそう言って笑顔になった。
「間に合って良かった。約束したからね。」
私はそう返事して、浪川君に案内してもらった。
「来てもらえて、嬉しいよ。6組はもう完売したんだよね?すごいね。」
笹井君はそう言って、私たちのクラスの展示を褒めてくれた。
「ありがたいよね。おかげさまで。みんなで頑張った甲斐がありました。」
私が笑顔で答えると、
「やっぱり、雰囲気が本格的だったもんな。展示の飾り付けも、あずちゃんたち頑張ったんだなって思ったもん。紙でできた薔薇でもあそこまで一面に貼られてると、見応えあったし、豪華だった。すごいね。」
準備期間にひたすら作り続けたペーパーフラワーに言及してくれて、ありがたかった。
「そう言ってもらえるの嬉しい。展示のリーダーのこだわりの内装だから。1週間ひたすらペーパーフラワー作ってたから、最後らへんは目を閉じても作れたと思う。」
私は笑いながら答えた。
「それに、やっぱり、前夜祭の衣装のインパクトも強かったしね。在校生たちは生で見てみんな驚いてたし、本祭とか後夜祭から来た人たちも、投票室に飾ってる写真見て話題になってたらしいから。アリスと、ハートの女王と、マッドハッターと...トランプ兵も揃ってて。」
浪川君は意味ありげな視線を笹井君に送っていた。
「あの衣装って誰が作ったの?」
浪川君が質問してきて、
「はい!私です!ハートの女王とアリスとマッドバッターの帽子はね。マッドバッターの衣装自体は、ほぼ、林の私物の流用だけど。」
ことちゃんが元気よく手を挙げて答えた。
「すごいね!さすが女王様。女王様はひれ伏したくなる美しさだったし、アリスは...めちゃくちゃ可愛かった。」
浪川君はそう言って、私に向かって微笑みかけた。
「あの!そろそろ!注文してもいいですか!」
笹井君は話を終わらせるように手を挙げて言った。その顔つきはとても凶暴だった。
「ちょっと待ってよ、まだメニュー決めてないんだから。落ち着きなさい。」
ことちゃんは彼を諌めた。
「決まったら、また呼びますね。」
林君がそう言って、浪川君はホールの仕事に戻っていった。
「...ごめん、笹井君。お腹空いてた?浪川君と長々と喋っちゃってごめんね。浪川君、話すの上手だから、いつも、私が調子に乗って、ついつい話止まらなくなっちゃって。」
そう言うと、彼はうなだれていた。
「本当にごめんね。大丈夫?」
私がそう言うと、
「...大丈夫、こっちの問題だから、山下は全然気にしないで...俺が悪い。」
そう答えながら、なんだか落ち込んでる様子の笹井君が気になっていると。
「あずにゃん。本当に大丈夫だから、気にしないでおいてあげて。それが優しさだよ。」
ことちゃんは哀れなものを見る顔で彼を見ていた。
「そうそう。山下さんは悪くないから。」
林君もフォローしてくれた。
メニューは白玉団子が中心だったので、私はクリームあんみつ、ことちゃんはアイスクリーム付きのクリームあんみつ、林君は三色団子、笹井君はみたらし団子を注文した。
注文をとった浪川君は
「ごめんなさい。みたらし切らしちゃってて、あんこならまだあるんだけど、あんこでも大丈夫かな?すみません。」
浪川君は笑顔で笹井君に聞いていた。彼は少し動揺しているようだった。
「ごめんなさい。あんこ苦手だった?」
浪川君が質問すると、
「...全然。あんこ得意なんで、たくさん載せちゃってもらって大丈夫です。」
笹井君はなぜか浪川君を睨みながら答えていた。
注文した品はすぐに届いた。あんみつは黒蜜がかかっていて、こく深い甘さが口いっぱいに広がった。
「おいしい。甘さが身体に染み渡る。」
私が言うと、
「わかる!アイスも載せると美味しいよ。ちょっと食べる?」
ことちゃんに提案されて、わたしは彼女のクリームあんみつをもらった。
「わぁ!冷たくて美味しい。アイスなしも美味しいよ。ことちゃんどうぞ。」
ことちゃんにもあんみつを分けてあげた。
「ノーマルも美味しいね。黒蜜の味がダイレクトに分かる。」
一口ずつ交換して満足した私は、林君と笹井君にも
「2人も良かったら一口食べる?美味しいよ。」
そう言って、あんみつを差し出した。
笹井君はまた目を見開いていたが、
「分けるならスプーンどうぞー。」
そう言って、浪川君がものすごい速さでスプーンを2つ持ってきた。
颯爽と立ち去る彼を見ながら、
「...やるねぇ...。」
ことちゃんはそう言って笑い、
「やっぱり手強いよね。」
林君も笑っていた。




