51.夢の終わり
部屋の扉がゆっくり開く。
そこには学校に行ったはずの美華がなぜかドレス姿で立っていた。
貸衣装のようにちゃんとした作りなのか、重たそうなスカート部分を持ちながら近寄ってくる。
「美華、学校は?」
「は?卒業したし。てか卒業式にも出たでしょ?」
何を言っているのか、先日入学したばかりなのに卒業は流石に早過ぎるでしょう。
不思議な美華に首を傾げるとその美華自身は部屋をぐるりと見回して眉間に皺を寄せた。
「何ここ。お母さんの夢ってマイホームだったの?」
「あなたこそ何を言っているの?ここには小学生の時から住んでるじゃないの」
「は?私達が住んでたのはちっちゃいアパートだったじゃん。女二人だけだからってセキュリティだけは重視で見つけたって自慢してたやつだよ」
「女二人?お父さんは?」
「ちょっ、お父さんとか誰よそれ」
「リョウちゃんは美華のお父さんよ?」
どうしたのだろう。
美華がお父さんを忘れるなんておかしい。
「美華?本当にどうしちゃったの?」
「そっか…リョウイン様と私とお母さんで暮らすのが夢だったのか」
悲しげな顔をする美華がふと大人びて見える。
高校入学したての顔ではない。
何かが違うと思った時に旦那の顔が脳裏に浮かんだ。
出会ったのは二十代でもう十年以上一緒にいるのに全然変わらない人。
そして出てくる二人の顔は別々で、一緒に居る記憶が出てこない。
「リョウイン様って…」
「お父さんは私には居なかったの。お母さんだけが私の家族だったし、こんな一軒家になんか住んだ事も無かった」
「でも美華だってお父さんが居たら良かったって思った事があ…た…」
「そんな事思った事はないとは言えない。でも私にはお母さんが居たらそれで幸せだったし、お父さんがどんなものかも知らなかったから欲しいとも思えなかった」
「………」
頭が混乱してきた。
家族三人で楽しく過ごしてきたはずなのに、その記憶が蜃気楼のように消えていっている感覚におかしくなりそうだ。
リョウちゃんは居た。
美華も居た。
でも二人の姿が重ならない。
「どこまでが…」
「どこも本当じゃない。私が育ったのは小さなアパートで二人暮らしだったし、お父さんなんて居ない上に伯母さんも存在すら知らない」
「そ……んな…」
頭痛に頭を抱え込むと外から足音が近付いて来る。
軽快な足音は部屋の前まで来るとノックもなしに扉が開いた。
「部屋の準備にどれだけかかっているのよ」
ティナさんが文句を叫ぶように言うと美華の表情が変わる。
驚いたような怒っているようなそんな顔でティナさんに向き直った。
「あら、娘ちゃん帰ってきてたの?」
「ファティナ!あんたお母さんに変な事を吹き込まないでよ!」
「あら、あなた聖女の方の娘ちゃんだったの。お母さんの夢をぶち壊しに来るなんて親不孝で笑えちゃうわ」
高笑いを始めたティナさんは今までの妖艶なお姉様よりも感じの悪い悪女のように見えてしまった。
今までの彼女ではない。
「美華、伯母さんにご挨拶を…」
「は?あんたが伯母さん役やってるとか笑えるんだけど!伯母さんよりもかなり昔のご先祖様じゃない!いや、血の繋がりが無いからご先祖様でもなくただのババアだ!」
美華まで高笑いを始めそうな雰囲気に一人だけ付いていけない。
二人を観察して犬猿の仲とはこの事かと変な感想まで出てきた。
「オバさん!さっきぶりね!」
「小娘が何意気がってるのよ」
「若いと色々な可能性に恵まれて意気がっちゃうもんなんだよ、知らないの?あ、もう若い頃とか思い出せないか」
この女性同士の戦いをどう対処したらいいか悩みながらも二人の間に立った。
「落ち着きましょう?」
隔てる壁になったつもりだったが、全くもってその意味がない。
二人は睨み合って譲らなかった。
「お母さん、この人の名前はファティナ。お母さんを飲み込む為に居るの」
「飲み込む?……飲み込む…」
「お母さん……いや、もうレイディアさんだよね!お母さんは卒業してレイディアさんとして頑張ろうとしてたんでしょ?」
「れい…でぃあ」
聞いた事がある名前は日本人にはないもので、知らないはずなのに自分が呼ばれたような気がした。
「玲子さん、リョウちゃん帰って来るのはいつかしら?」
「リョウちゃんは…遅くなると…」
「レイディアさん、リョウイン様はここには居ないんだよ」
「久しぶりに弟夫婦とワインでも飲みたいわね」
「レイディアさん!ヘライル様とダーディナ様も皆待ってるよ!」
「っ……っ!」
頭が割れるように痛んで立って居られないほどになる。
蹲って目をきつく閉じるとふと王国の情景が浮かんだ。
お父様とお母様、お兄様とチェリーナ姉様。
ヘライル殿下とリョウイン王弟、国王と王妃。
全てが記憶にある私の繋がりで、私とは何の関わりがない。
唯一関わっていたのはダーディナ様とアリーレラス様だけ。
「聖女…さま…」
ここには私の夢が詰まっていた。
旦那と娘の三人で送る穏やかで幸せな日常が。
それは本当に夢だったんだと理解してしまった。
「美華、ごめんね。聖女様、ありがとうございました」
そう呟いて目から落ちる涙が床に落ちた瞬間、光が辺りを照らし始める。
「ちょっとーー!何なのよ!」
眩しくて目が開けて居られない中、ティナさんの声が木霊したのを聞いた気がした。
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