50.幸せとは何か〜美華視点〜
祈りを込めようとした瞬間、肩に重みを感じて振り返るとリョウイン様が不安気な視線を寄越してきた。
まだお父さんとは呼べないが、他人とは言い切れない微妙な距離感。
義父という感じに似ているのかも知れないけど、れっきとした父親ではあるようだ。
浄化を手伝ってもらった時からそれは分かってる。
ただ納得出来ないだけ。
「このまま浄化をして玲ちゃんは無事に戻ってくるのだろうか?」
「そんなの分かる訳ないじゃん」
こんなの私だって始めてなんだからそれくらいは空気で感じてよ。
心配なのはあんただけじゃないんだから。
「叔父上、それでも今はレイディアを助けなければ」
仲介に入る王太子の方がまだ落ち着いて状況を把握出来ている。
あたふたして歳上なのに格好悪い。
父親ポイント低下。
「ファティナはお母さんってわざわざ言い直してた。だから今のこの状態を作るのはレイディアさんじゃなくて玲子に用があるから。多分ダーディナ様との繋がりを太くしたいからお母さんの意識を強制的に強めているんだと思うけど早く断ち切らないともっと危なくなるかも」
「もっと?」
「取り込んだらって話をしてた。この粉の中に二人が入ってる状態はもう取り込みが始まっているのか、まだなのかも分からない上に取り込みが終わったら確実にダーディナ様の魔力を大量入手出来ちゃう」
「取り込むって…」
「レイディアの魔力を使って今のファティナが出来たとするならばレイディアの魔力と完全に同化したら私の魔力も使い放題という事だな」
頭の中で物事を組み立てながら呟くとダーディナ様も黒い粉を睨みながら大きな溜息をついた。
「あんな大きな瘴気紛いの物をダーディナ様が吹き飛ばしたら周りにも被害が出ちゃう。だから私が浄化する」
私の言葉に今度は誰からも待ったはかからなかった。
もし何か不測の事態になってしまった場合はダーディナ様も助けてくれるかなとちらりと目を向けると、彼も深く頷いてくれる。
何があるかは分からない。
「レイディアさんはお母さんで間違いはない。でも生まれ変わって家族も出来たしこの世界での人生があった。そして今を生き始めたのよ。お母さんの幸せは本当に夢物語になっちゃったのよ。だからってレイディアさんの未来の幸せを奪うのは間違ってる!」
レイディアさんはお母さんであってお母さんではない。
そんな事が分からないリョウイン様もファティナも反省すると良い。
「お母さん!聞こえてるでしょ?本当にこのままで良いの!?後悔しない?後悔したから生まれ変わったんでしょ」
私の声を阻むように黒い粉が更に濃くなる。
よく見ないと虫が大量に渦巻いてるように見えてくるから気持ち悪い。
「レイディアさん、私、ドッズ侯爵家の皆さんを見たんだから。貴方の家族でしょう?レイディアさんのお兄ちゃんもお父さんも同じ赤髪だった。顔はお母さん似。私はお母さん似ではなかったけど、それでもお母さんの子供で良かったよ…もう何を言ってるのか自分でも分からないけど、レイディアさんはお母さんだけど、もうお母さんじゃないじゃん。違う幸せを探そうよ」
生まれた時から父は居なかった。
周りの家族が羨ましくて、それでも我儘言えないから隠してたけど、本当は寂しかった。
そして知らない内にお母さんまで死んじゃってて一人ぼっちかと思ったら急に父親が現れた。
心が付いていかなくてそういうものかと思ってたけど、違ったね。
涙が止まらないよ。
お母さんに本当に会いなくなったんだと今理解出来たのかもしれない。
父親なんて顔も知らなければ歳がそんなに離れてない。
私にはお母さんだけだったから。
「……ねぇ、本当にこのままでいいの?」
お母さんも私が心配だったんだよね。
でもね、私はもう十八歳なんだよ。
学校も卒業したの。
そろそろ自分の幸せを考えたらって親孝行する前にこんな事になって。
もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。
玲子としての幸せに縋り付く程今のレイディアさんが不幸だとは思えない。
「ねぇ!本当にこのままでいいの!?幸せなんて夢で見たって仕方がないでしょ!?」
祈るだけで良かったのに頭に浮かぶ色々な事が体を勝手に動かした。
走り出した私を誰も止められずに驚いた顔で見送っている。
どんな夢か知らないけれど、私はお母さんと二人の生活が幸せだったよ。
他の幸せになんか縋らないで。
「貴女はもうお母さんじゃない!レイディア・ドッズ侯爵令嬢。私をお世話してくれてる侍女で姉で母で…友達なんだから!!」
重いドレスを持ちながら黒い粉に突っ込んでいく。
不思議と恐怖はない。
黒い粉は私を包み、引き込むように中へと誘ってくれた。
目の前は真っ暗でレイディアさんもファティナも見えない。
でも微かに声が聞こえた。
朝ご飯をちゃんと食べなさいって怒るいつもの声。
変わらない毎日がお母さんの幸せだったの?





