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48.そこにあった現実の夢

肌寒い。

押し退けていた布団を手探りで掛け直してからまた眠りに落ちようとする。

それを目覚ましのアラームが阻止しようとけたたましい音を響かせた。

設定したのは自分なのに恨めしい気持ちが勝って力任せに止めてしまう。


「玲ちゃん…おはよう…」


挨拶するわりには目が開いていない夫を見ると一気に気が抜ける。

結婚して十五年。

今日は娘の美華が高校に入学する。

厳しい受験戦争を潜り抜けて念願の志望校の入学が決まったのはついこの間なのに、あっという間に入学式だ。


「リョウちゃん、早く起きないと格好良く決められないよ。美華に格好良いって言われたいんでしょう」


午前中からやる入学式に夫婦で出席する予定だが、受験日よりも早くスーツを仕立てた旦那の行動に娘と笑ったもんだ。

父親としては絶対に着れるという願掛けのようなものだったらしいけど。


「ん~~はー…い」


何とも期待できない返事が返ってきた。

男よりも女の方が用意に時間が掛かるのもあるから、リョウちゃんをそのまま寝かせて私だけ出掛ける支度を始める。


「お母さん、おはよう」


「おはよう、美華。今日から高校生だね」


「友達も一緒だから何にも変わらないでしょう。制服が変わっただけ」


そんな事を言う美華の表情だけはワクワクしている様子が如実に現れている。

希望に満ちた門出が嬉しくて眠気も流石に吹っ飛んだ。



入学式は感動するものがあった。

リョウちゃんが涙ぐむから私まで一緒に感動なんかしちゃって、幸せだなと改めて感じた。

そしてあっという間に風の強い春が過ぎ去って半袖に替わる前には初めての試験。


「部活仲間と勉強会あるから今日ご飯いらないから」


「え?」


部活仲間。

美華は帰宅部じゃなかった?

部活をやるにもお金がかかったから中学校までやっていたバスケを辞めていたような気がした。

お金がかかる?

リョウちゃんも就職しているから金銭面の心配をそんなにしなくていいのにどうしたのだろう。


「……ねぇ、本当にこのままでいいの?」


美華の顔が真顔になって問いかけてくる。

何の問い掛けかが分からないまま質問を返そうとした所で来客のチャイムが響いた。


「こんな朝から誰だろう」


真顔だったはずの美華はいつもの顔に戻って玄関の方を見るが、出ようとはしなかった。


「朝御飯はちゃんと食べて行きなさいよ」


焼きたてのパンをテーブルに乗せてからインターフォンの画面を覗いてみるとそこには見知った顔が。

緩やかなウェーブが印象的で美人さん。

リョウちゃんのお姉さんでティナさんという女性だ。

今日来るとは聞いていなかったのにどうしたのだろう。

リョウちゃんはもう出社しちゃっているし、私もこれからパート…私働いていたよね?


「おはよう」


ふと考え込んだ私の隣には外にいた筈のティナさんが立っていた。

体に張り付いた服は彼女を妖艶に飾っていて似合っているからこそ目のやり場に困るものがある。

胸だって溢れ落ちそうだし。


「置物か何か?」


「え、あ、おはようございます」


眉間に皺を寄せるティナさんに慌てて挨拶を返してお茶の用意を始める。


「いってきます」


「いってらっしゃい!気を付けるのよ!」


勝手知ったる家のように椅子に座り寛ぐティナさんにモヤッとした思いがありながら、交代するように出ていく美華に声を掛ける。

ティナさんは日本での生活が短いから紅茶はあっちのように高級な物で。

あっちって何の国だったかな。

リョウちゃんの出身国ってどこだったっけ。


「ねぇ、ここの生活はどう?幸せ?」


「?…はい、幸せです」


質問の意図が分からないが感じたままの素直な感想を口にする。

そして答えた時に先程の美華を思い出す。


『ねぇ、本当にこのままでいいの?』


何の為の質問だったのか、何が知りたかったのか、聞きそびれてしまったが何故か耳に残るこの問いに真剣に考えなければならない気がして仕方がない。


「ちょっと聞いてる?」


「すみません。何でしょうか」


「しばらくここでお世話になろうかと思うのよね」


「え…どうされたんですか?」


「生活が安定するまで見ててあげようかなって」


生活の安定?

美華の高校生活は順調に送っているみたいだし、リョウちゃんも毎日会社に行っている。

私は家事をやっている。

そんな三人の生活が安定していないとは思わないのだが、ティナさんの方の生活に何かあったのだろうか。

外国人のティナさんが慣れていない日本で生活するには何かと問題もあるのかも知れない。


「リョウちゃんに相談してみます」


「今、この時からよ。誰の許可もいらないわ」


リョウちゃんのご両親はもう亡くなられているから二人だけの姉弟。

それなら助け合って生きていくのは当たり前なのかもしれない。


「分かりました。お義姉さんのお部屋をご用意致しますね」


丁寧に頭を下げて二階の一番陽当たりの良い部屋の用意を始める。

この部屋はお義姉さんの為の部屋だったはず。

今日から家族四人で楽しく生活出来たら嬉しいなと思いながら大きなベッドのシーツを替え窓際にはテーブルを置いていつでもお茶が出来るように用意をしておいた。


「まずはお着替えが先かしら。お茶にお菓子にお夕飯、お風呂の準備と寝間着の用意に…」


やらなければいけない事が頭に次々浮かんでいく。

そして最後には美華の声が響いた。


『ねぇ、本当にこのままでいいの?』


と。


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