45.好意の矢印が向かう先
あれから何ヵ月か経った。
侍女の仕事は目新しいけど細かいせいで覚える事は多い。
時間も忘れて仕事に打ち込むが、聖女のお世話はとても簡単なものだった。
元々女手一つで育てていた時から美華は自分の事は自分でするし、食べ物の好き嫌いも無かった。
ただこちらの正装であるドレスの管理と着付けだけが私の主な仕事。
掃除にも洗濯にも担当者がいるし、勉強も王子妃教育の進行は一時ストップしている状態。
王太子であるヘライル様は聖女が好きであるというものも少し違ってきているみたいで、彼の中にあった瘴気が少しずつ積もり積もって可笑しな行動になったという報告も受けた。
興味はあったようだけど、確かな恋心ではないようだったのに婚約者を蔑ろにしてまで強烈に望んでしまったのは瘴気のせい、という事だ。
謝罪を受けたが、私もやり返した後だったから許さないという気持ちにもなれずに申し訳ないとお互い謝って終了した。
「レイディア嬢」
そして今は聖女のお茶の時間に合わせて温室のテーブルで支度している所でお仕事の真っ最中。
テーブルに一輪挿しの花瓶を置いてこの世界にしか無く聖女が見たことの無い花をと飾っている所に小さな赤い花束が目の前を覆う。
「王太子殿下」
「君を思い出す花だから貰ってきました」
昔のように優しげな表情で花を差し出してくるけれど、私はもう婚約者でもなければ侯爵令嬢としてここに居る訳ではない。
今花束を貰ったとしてもどうしていいか分からない。
貰って良いのかも悩んでしまう。
「王太子殿下、私は今仕事中でして…」
「分かっている。君の部屋に飾っておくようにしておきましょう」
気不味い。
この頃こんな事が多々ある。
婚約者だった時よりも花やお菓子等の些細な手土産を直接渡しに来る。
しかもこっちは仕事中だというのに構った様子もなく、色々な場所に現れるのが困ったものだ。
「今日はヘライルに先を越されてしまったようだ」
そこに現れたのはこれまた毎日顔を見に来るリョウイン王弟殿下。
プレゼントを渡して帰る王太子とは違い、こちらは食堂で一緒になったり勉強を一緒にしたり、なぜか侍女の仕事の力がいる作業で手伝ってくれるという事が毎日のようにある。
会うのは王弟の方が多い、暇なのかしら。
「叔父上の方が長い時間一緒じゃないですか」
「それは仕方がないだろう」
「白々しい。仕事はどうしたのですか」
「魔力研究の危険性が分かったから研究チームを解散したんだ。これからはダーディナ様と相談の上で新しく始めるつもりだから今は時間があるんだよ」
王太子の質問の答えを私に向かって話す王弟の顔はとてもにこやかで、どちらでも良いので構わないで下さいとは言えなかった。
この二人は事ある毎に会いに来るようになっていた。
王太子は償いに少しの未練を混ぜて、王弟は玲子の面影を求めて。
それを最初から拒絶することも出来ずにただただ見守るしかできない。
権力者の自分勝手って一番対応に困る。
「お二人共、こんな所で何しているんですか?」
「聖女様」
私と同じ聖女付きの侍女と護衛騎士を連れた聖女が温室に入ってきた。
いつの間にかお茶の時間になっていたようで、まだお菓子の準備が出来ていないのをこの二人のせいだと恨みながら頭を下げる。
「またレイディアの邪魔をしてたんでしょ。本当に止めないと嫌われるよ」
「邪魔なんてする気はないんですよ」
「そう。俺はレイディア嬢の手伝いをしに来ただけなんだ」
聖女の侍女になってから呼び捨てになったし、王太子は逆にレイディア嬢と呼ぶようになった。
王弟は私という一人称から俺に変わった。
王弟の場合は玲子の時に会った時点で俺だったから元々そういう感じの人ではあったのだろう。
そんな些細な事が少しずつ変わって、もう一つ大きな変化があった。
「ヘライル様、私にはプレゼントないんですか?レイディアだけなんてズルい」
「これはレイディア嬢の髪の色に似ているから持ってきたので、聖女様には今度お花を持ってくる事にします」
「言われてからプレゼントなんてダメな男のお手本だよ。お花じゃなくて、真っ赤な宝石が付いているアクセサリーが欲しいな」
聖女の王太子へのアプローチ。
瘴気のせいだと言われていたキツい態度の王太子は蹴り飛ばす程嫌いだった上に極度の男性恐怖症だったはずの聖女は憑き物が取れたように穏やかで優しくなった王太子に自ら近付くようになった。
最初は聖女が瘴気にやられて性格が変わったのかもと心配していたのに、ダーディナ様はその危険性はないと断言した。
父親である王弟とも良い関係を築けているようで仲良く会話をしているのをたまに見掛ける。
「聖女様なら白く輝くものが似合うと思いますよ」
「赤がいいの!」
王太子はその好意を分かっていてかわしているような感じもしている。
子育てでいっぱいいっぱいになっていたせいで恋愛事なんて気にする事もなかったし、男嫌いが恋愛するとも思っていなかったから、こんなにグイグイいくようなタイプだと知らなかった。
捨てられたと思っていた父親が異世界人で強制的に自分の世界に帰ってしまっていたせいで一緒に居られなかったという事実が彼女を変えたのかもしれない。
「装飾品はレイディア嬢にプレゼントしようと思っているんです」
「断られるから私にしときなよ」
「レイディア嬢には俺がプレゼントするよ。何色が好き?」
そしてこちらも少し変わってきている。
玲子が好きだった物をプレゼントしてきていた王弟が、この頃の会話で好きな物リサーチが多くなってきた。
やっと私をレイディアという人物だと分かってくれたのかもしれない。
私を私と認めてくれている、というその事実がとても嬉しく感じた。





