43.本当の私
きゃあきゃあと騒ぐ侍女達に気分が上がっているようだ。
満足気な私に王太子の視線が突き刺さる。
見つめ返すと瞳の奥が黒い靄が燻っているように揺らいでいるのが見えた気がした。
「え…」
「ここまでだな」
割って入ってきたのは傍観していたダーディナ様とマキスト様。
マキスト様が私の頭を撫でるとふと肩の力が抜けると同時に何かが抜き取られる感覚に陥った。
「お母さん」
ダーディナ様の影に居たのか、聖女が心配そうに私に寄ってくる時になって存在に気がついた。
聖女である美華は娘、守るべき対象。
そういう気持ちで一杯だった私の気持ちが嘘のように消えていた。
お母さんと呼ばれる事に微かな違和感と安堵の気持ちに戸惑いが生まれる。
「どういう事かしら」
「王子も浄化しておく」
そう言ったダーディナ様が手を翳すと王太子の体から黒い煙のような瘴気が立ち上ったかと思ったらあっという間に消え去ってしまった。
「ダーディナ様も浄化出来るのですね」
「これは浄化ではない。私が出来るのなら聖女召喚など面倒な事をしたりしないだろう。これは人に宿った瘴気を追い出しただけだ」
確かに聖女の存在意義がなくなってしまう。
そう納得していると私に寄り添っていた聖女が瘴気に犯されていた王太子を見てため息を吐いた。
「あの人の態度、凄く悪かったけど瘴気が体に入ってたからなんだね」
放心している王太子の姿に憐れみの視線を送っているが、私も少しやり過ぎてしまったのかもしれないと反省した。
まさか瘴気のせいだったとは思わなかったから。
「レイディア?」
そこに響いたお父様の声。
目を向けるとお母様とお兄様にお義姉様までお見えになっていた。
私の家族。
そうだ、私の家族なんだ。
「お父様、お母様…」
歩み寄ろうとする私の腕を聖女が確り掴んで離さない。
踏み出そうとした足を戻して聖女を見ると寂しそうな表情を浮かべていた。
「ドッズ侯爵、よくぞ参った。歓迎するぞ」
困惑を隠せないお父様に何も起こっていないだろうと言わんばかりの圧力で国王が歓迎している。
その傍らには半裸の王太子と暗い表情の王妃様。
聞き辛いけれど気になるラインナップにドッズ家の人間は全員愛想笑いを浮かべて押し黙ってしまった。
「どうしてこちらに…」
「陛下から招待して頂いたんだ」
「これから親類となる家紋との交流は必要だろうに」
婚約解消の話はお父様に行っていないのか、緊張した面持ちで落胆も気不味さも感じさせないお父様に今度は私が驚く番だった。
婚約解消を侯爵家に伝えていなくてどうやって解消したのかは国王だからという理由で解決させてしまうそんな人達だったのを思い出す。
これは瘴気など関係無く、そういう自分勝手な人間達なのだと再確認させられた。
「陛下、これはどういう事なのでしょうか」
「交流を理由にこちらに来てもらったが、それが婚約解消の手続きの為になってしまうのは致し方なかろうに」
息子に恥をかかせた女の家族を使ってちっちゃい嫌がらせをするなんて器の小さい国王です。
「婚約解消とはどういうことでしょうか!?レイディアと王太子殿下の間に何かあったのでしょうか」
私の過失を疑わないお父様に信用されているという嬉しさと疑わない愛情を感じて涙が出そうになる。
普通なら王家の機嫌を損ねないように謝ってでも婚約者の位置に戻してもらうのでしょう。
「少し問題はあったが、二人の総意だから気にすることはない」
大した問題ありましたよね。
勝手に婚約破棄宣言されて王太子妃教育の講師をさせられそうになり、最終的には襲われかけました。
それを少しの問題で片付けようとするのはいかがなものでしょうか。
「はぁ…それではレイディアは家に帰ってこれるということでしょうか?」
「そのような話にはなっているな」
「そうですか」
安堵の顔を見せる私の家族。
ああ、そうか。
私には家族が居るんですよね。
玲子とリョウちゃんの子供である美華は見た目がリョウちゃん寄りだが玲子にも少し似ていた。
でも今の私には全然似ていない。
血の繋がりは無いし、年齢だって同じになった。
勿論これからも聖女である美華を助けたいとは思っている。
自分の出来ることは全てやってあげたいと思っている。
それでも捨て身の覚悟では出来なくなってきているのも正直ある。
「そうなのね…」
剥がれると言ったダーディナ様の言葉はこれを言っていたのかもしれない。
リョウちゃんとリョウイン王弟殿下は違う人のようで同じ人。
玲子とレイディアは同じようで違う人。
美華を助けようとして生きてきた気がしていたけれど、レイディアとしての私の方が今は残っている。
だからこそリョウちゃんのプロポーズに頷く事が出来なかった。
彼が見ているのは玲子である私であって、今この時を生きているレイディアの私ではない。
求められているのが玲子であって私ではないというのが前世の玲子を遠ざける事になるなんて。
「お母さん?」
「聖女様、私はレイディア・ドッズ。もうお母さんではないのです」
そう静かに告げた私を泣きそうな顔で見る聖女の顔は今までで一番悲しげに曇っていた。





