40.ごめんとありがとう
痛い頭を抱えたままマキスト様の采配で王弟と隣の個室へと移動させられた。
怒られたからか、驚いたからか、今まで何かと口を出してきた王太子は黙ったままで逆に不気味だし、美華は見開いた目で王弟を見つめたまま固まっていた。
キャパオーバーだったかな。
美華にすら話していなかったのにダーディナ様がバラしてしまうから。
本当に空気の読めない人だと怒りを覚えていたが、個室に移る時にマキスト様が小声で謝罪してくれた。
「ごめん。あいつは少しバカなんだ」
少し所ではないです。
とは言わなかったけどね。
「…レイディア嬢。あ、その」
私を殺めよう等という視線はもう感じない。
それでも一度は感じてしまったその感覚が悲しくて辛い。
「ダーディナ様の話はどういう事なのだろうか?」
想像もつかないのだろう。
日本で出会い一緒に生活していた女性が玲子であるということを。
「貴方を愛していました」
「え?」
大きく見開かれた目は王族の赤より少しだけ茶色寄り。
顔の造形が日本人じゃなかったから只の外人だと思っていた。
日記一つを持ってホームレスに紛れる貴方は誰もが目を引くイケメンだった。
だからって事もないけど助けてしまった。
何も持っていない様が天涯孤独の私に似ている気がしたから。
勝手な仲間意識。
「玲子として貴方に会い、生活を共にして、愛する美華を置き土産としてくれた事に感謝していました。貴方は神様が私にくれた最高の夢だったのだと思うことにしましたから」
「夢…」
「でも貴方を知っている人達に会うだけで心が苦しくて、貴方の話題が出るだけで泣きそうになって、貴方に似ている美華を見るだけで愛しさが溢れでて止まらなかった。夢ではなく私達の愛の結晶なんだと」
向かい合って座っているのに顔を上げない私にはリョウがどんな表情をしているのか分からない。
困ってたり怒ってたり、色々な想像が出来るけど否定的な表情だけはしていてほしくない。
こんな取り留めの無い話は返事にも困るし、不快かもれない。
知らない所で自分の子供が産まれていたという事もあるし。
「ムーさんに会った時に貴方の居場所を聞かれて困ったわ。美華も産まれてて貴方にそっくりだって驚かれて…でもムーさんは私の事も助けてくれたのよ。貴方を公園で助けてくれたように。もう家族みたいなもんだってね」
「………玲ちゃん?」
リョウの声に釣られて顔を上げてしまった。
レイディアの記憶の王弟よりも玲子の記憶に残っているリョウちゃんの表情がそこにあった。
王弟として歯を食い縛り、何事もそつなくこなす人ではない。
勤勉だけど少し不器用で寂しがり屋なのに平気な顔をする。
でも全然隠せていない可愛らしいそんな人。
レイディアとして見ていた王弟は魔法に精通していて公務にも真面目に取り組むしっかりした人だった。
笑った顔を見たことがあったけどいつもどこかキリリと引き締めた表情。
「リョウちゃん」
でも今私の前に居るのは日本で一緒に過ごしていた柔らかく相好を崩す歳相応の一人の男性だ。
あの頃と何も変わらない。
「本当に玲ちゃんなの?聖女様は俺と玲ちゃんの子供って本当?」
「そう。リョウちゃんが心配するから病院に行ってくるって言ってたじゃない?その日に妊娠が分かったけど、朝に会ってそれっきり会えなかったから伝えられなかった。勝手に生んでごめんなさい」
「何を言っているんだ!」
急に立ち上がり私が座る三人掛けソファに移ってきて、いつの間にかドレスのスカート部分を握り締めていた私の手を両手で包み込むように取った。
それを額に持っていき目を閉じて深く息を吐く。
「ごめん」
謝られた。
産むべきではなかったのか。
リョウちゃんは出産に反対だったようだ。
「大変な時に側に居てあげられなくて本当にごめん。ありがとう」
懺悔をするように私の手に額を擦り付けて小さな声で呟く。
その声が心なしか震えている気がした。
「子供を産んで、立派に育ててくれてありがとう」
顔を上げたリョウちゃんの瞳にはうっすら涙の膜が張っていて顔が赤くなっている。
でも口角は上がっているし、掴んでいる手が少し震えていてその態度が嬉しいと伝えてくれていた。
「喜んでくれてる?」
「当たり前だよ!俺と玲ちゃんの子供なんだ!……あ、でも聖女様じゃなくて娘だけどもう十八歳で…」
ここで時間の齟齬が原因で混乱が生まれる。
今のリョウちゃんと美華は歳が近くて親子という関係になれないし、私なんて同じ歳だ。
それとこの間私との生活が終了したばかりなのに大きな子供が出来ていましたとは考えが追い付かないのも分かる。
だが、リョウちゃんの子供なのは間違いないし、何なら玲子の相手はリョウちゃん以外いなかったのだと断言してもいい。
証拠は出せないけど。
「歳が近いからってもう婚約者の話は出さないで下さい。親子で婚約なんて絶対にさせませんから」
お互いに親子という関係を受け入れるのには少し時間がかかるだろうが、絶対にこれだけは阻止したい。
「勿論だよ。ヘライルにも誰にもお嫁に出すつもりはないから」
時間掛からなかった。
リョウちゃんの中では娘だと認識してもらえたようだから後は美華の問題か。
でもお嫁に出さないってまた…
「これからは三人で仲良く暮らしていこう」
優しい微笑みを見せてくれる最愛だった彼は、私と娘を受け入れて、また受け入れてくれるそうだ。
今まで言えなかった最大の隠し事が明らかになって心が軽くなって嬉しい。
私は捨てられた訳ではなかったのよ。





