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34.再び貴方の元へ

暗がりで押し乗って来る男の顔はこの世の者とは思えない形相に感じた。


「今まで側をウロウロしていたくせに婚約破棄したらもう他の男か?お前は最後まで私の為に生きなければならない。分かるか」


王太子の言葉に頭の中が冷え、玲子の記憶が小川のように少しずつ流れてくる。

未婚で子供が出来た状態で無遠慮にバカにしてくる人達。

真面目なふりして尻軽だと噂する人達。

男に逃げられたかわいそうとバカにする人達。

シングルマザーで人生負け組と噂する人達。


頭にくる奴等ばかりが思い出されて怒りが湧いてきた。

人の事なんて気にするなよ。

迷惑掛けてない人達にまでされるその噂や悪口に反論することは無かったけど、ここまできて自分勝手な奴がまた勝手な事を言うのは許せない。

私が何をしたのよ、私だって意思があるんだからね。

勝手に婚約してきて勝手に婚約破棄もして、最終的には人として認めず自分の物扱い。

何が王族だ、ク○食らえ。

思っていても声は出せない。

それはここで暮らしてきた十八年の教育の賜物。


「王太子殿下、まずは落ち着きましょう。私が男性と会っていたと?」


「銀髪で黒ずくめの男がこのバルコニーに居たのを見た。隠しだてしても……いや、隠しているならどこかで此方を見ているのだろう」


怒りの篭った赤い瞳が急に楽しげな輝きを放つ。

嫌な予感に体が震えてきた。


「どこかは知らないが見学でもしていればいい」


口許を歪ませながら少し厚手の私の寝間着を力任せに引き裂いた。

ビリビリと嫌な音と共に体が力任せに引っ張られる感覚で声すら出ない。

肌を刺激する冷気がレイディアである私は怯えるも、頭のどこかで玲子であった自分が抗い始めた。

歯を食いしばって嫌がらせにも耐えてきたんだ。


母親バカにすんなよ。


ゴッという鈍い音を響かせながら王太子の顔面に私の頭がクリティカルヒットした。

それはもう百点満点を付けたいくらい綺麗に入ってくれた攻撃に王太子が後ろに倒れていく。

頭の痛さよりも興奮が上回って妙に楽しくなってきた。

それでも思考の一部が冷静で薄い掛布を体に巻き付け、一目散に扉へ走り出す。

不敬とかそんな話ではない。

どんな理由があれ、王族に危害を加えた人の末路は惨いものだと分かっている。

それがたとえ王族の気まぐれであろうと。


「捕まってなるもんですか」


ドレスに慣れた体はそんな拘束具が無いだけで軽く、滑るように廊下を走り抜ける。

後方からざわめきが聞こえるが警備の騎士達が驚いた顔で私を見ているからそれだろう。

何事かと慌てているけれど、まずは私を捕まえないのかしらと他人事のように考えてしまった。

捕まったら大変なのに。


「レイディア様!」


庭園の方まで来ると背後の以外と近い所から王弟の声が聞こえた。

いつもの白いローブ姿はまだ仕事中だったのか、寝る時もその姿なのか聞きたくなる。


「王弟殿下…」


貴方の甥をノシたので逃げていますとは言えない。

それでも時間の問題だ。


「聖女様の事、暫くの間宜しくお願いします」


「レイディア様?」


「絶対に婚約なんてしてはいけませんからね!」それだけはご注意ください」


「何を急に」


困惑している王弟を真っ直ぐ見つめながら後ろに数歩後退く。

騎士が集まり出して私と王弟の様子を伺っていた。

まだ謀反人として捕縛命令が出ていない所を見ると王太子が見つかっていないか、命令を飛ばせない状態なのか。


「ダーディナ様!そちらに連れて行ってください!」


晴れた月明かりの下で明るい庭園に綺麗な噴水がある泉を前にして声を張り上げると空間がカッターで切られたように裂けて黒いフードで顔を隠したダーディナ様が覗くように見下してきた。

思いっきり怪しい人物。


「もう決めたのか」


「そちらへ行きます!」


両手を伸ばすと体がふわりと浮かび上がり、吸い込まれるように亀裂へと運ばれていった。


「お母さん!!」


ざわめきは遠くなり、聞こえなくなる瞬間に美華の声が聞こえた気がした。

娘の前で処断されるなんて無理が過ぎる。

足を踏み入れた相変わらず浮遊感を感じる宇宙の真ん中のような場所に気持ち悪さを感じ目をギュッと瞑る。


「楽にしろ」


この床が無い高所に居るような感覚で楽に出来るはずもない。

生まれ変わる前に来た時のまま、星が散りばめられた一見ロマンチックな場所なのに眩暈がする。

これに慣れなきゃいけないというのは辛いものがあるな。


「助けて頂き、ありがとうございました」


「いや、縁者が悪いことした。子孫があんな状態になるとは恥ずかしい限りだ」


「あ……いえ」


気まずい。

王太子はそんなに頭が悪い人間では無かったはずなのに一体とうしたのだろう。

そんな事を考えながら手持ち無沙汰にキョロキョロと頭上を見上げていると、どこからか足音が聞こえてきた。

足音は周囲に響いていてどこから聞こえてくるのかわからない。

眩暈を我慢しながら周囲を見渡すとマントを羽織った騎士が現れた。


「え、サッチアス令息?」


見事な銀髪に切れ長で鋭い翠眼を持ったサッチアス伯爵家の令息であり、王太子の側近であるマキスト様が何事もなかったかのようにそこに現れた。


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