28.彼女の側~リョウイン視点~
「ぷっ…くふっふふふ」
ショックで俯いていた俺がツボに入ったのか、彼女は隠すこともなく笑い出した。
顔を上げてみても笑いは止まらなく、お腹を押さえて笑い続ける。
その顔が可愛いと本気で思った。
「そんなに笑わないでください」
「だっ…て、くふふふ」
いつも真面目に炊き出しやゴミ拾い等をこなす彼女が笑った。
その顔に俺はもう認めるしかなかった。
「好きです」
「くふふ……ふぇ?」
笑いの最後には不思議な声が混ざっていて、きょとんとする顔も可愛かった。
「貴女が好きだ」
「何言ってるの。そんなに会ってないし、私の事知らないでしょう」
「炊き出ししている時の真面目な顔と、今の笑った顔で気付きました。私は貴女が好きだと」
「はぁ……そうやってすぐ口説くから外人って凄いよね」
「私が好きになったのは貴女が初めてです」
「あーー、はいはい。手当て続けるわね」
全く本気にしてくれないまま治療は続き、頭に軽く包帯が巻かれた。
腕にもシップというものを貼られ、その冷たさに驚く。
「大きな絆創膏無いからこんな大袈裟になっちゃったけど、勘弁してね。はい、終わり」
「ありがとうございます」
「今日はここで寝て。ソファを貸したいけど身長が高いから足りないと思うの。だから雑魚寝でよろしく。長座布団を敷布団にして、これクッションと掛け布団」
渡されたクッションと掛布に同じ部屋で寝るのかとドキドキしながらも問う事が出来なかった。
もし出ていけと言われたら紳士は否と言えない。
だがこのまま黙っていれば少しは一緒にいる時間が出来るのだろうという浅はかな考えだ。
この考えも決して紳士ではないのだが。
「じゃあまた明日。おやすみなさい」
「ああ、おやすみなさい」
もう少し話していたかったが、彼女は明日も仕事があるのだろう。
俺の事を気遣ってくれただけでも有り難い事なのに、もう少しだけでも側で声を聞いていたかった。
「あ、ありがとう、ございます」
「……いいえ、どういたしまして」
ふんわりとした笑みは今までの表情の中で一番の可愛らしさだった。
そして寝られない夜が明けた。隣の部屋で彼女が寝ているのだと考えるだけで少年のように胸が高鳴って何度も寝返りを繰り返す始末。
カーテンから朝日が差し込んできた所で座って部屋を見渡しながら彼女の生活を妄想してしまった。
「おはよう…早いのね」
薄手のパジャマと乱れた髪は自分が言うのも何だが、もっと警戒心を持ってほしいと願う程の威力だった。
暖かいといっても夜は少し肌寒い。体の事を考慮するならばもう少し厚着をしてもいいのではとお節介な事を考えてしまっていた。
「じゃあ、行きましょうか」
もんもんと考えている内に朝食までご馳走になり、黒のパンツスーツに身を包んだ彼女と家を後にした。
道中で公園が会社と自宅の途中にある事や、炊き出しが会社の社長考案で手伝いは任意の無給であることを教えてもらった。
そして公園に近付くにつれてザワザワと落ち着きない空気を感じるようになる。
黄色い紐が張られ、その周りを紺色の騎士達のような者達が警護している様子はここに来てから見たことがないくらい物々しい。
「あの子の言ったこと嘘じゃなかったみたいね」
「どういう事ですか?」
「親が警察だって言ってたじゃない。怪我人も貴方しか居なかったのに通報したとしてもここまで大事になるのもおかしいし、この様子だとホームレスを退去させているのかもね」
彼女の言葉に冷や汗が落ちる。
ここは異端の俺が居れる唯一の場所である。
まだ日記の解読にも成功していないのに居場所を奪われたら困る上に知り合い達が無体を働かれるかもしれないという焦りも感じた。
「参ったわね…一旦家に帰るわよ」
「何故ですか?皆は大丈夫なんでしょうか」
「あそこにいる人達は何とかなる人が殆どだけど、貴方はビザも無ければパスポートも無い無国籍の不審者よ。警察に連れて行かれたら一番ダメな人間で、面倒な事になる人なのよ。皆の事を思うなら行かない方がいい。貴方を匿っていただけで何かの罪になる可能性だってあるからね」
「……それなら尚更行けません。貴女にご迷惑をかけられませんから」
「いっちょまえな事言ってても何も出来ないでしょう?大人しく着いて来なさい」
そこからの彼女の行動は迅速だった。
会社にデンワをし、衣服や寝具を購入し、あっという間に俺の居場所を作ってくれたのだ。
こんな不審者にここまでしてくれるのが不思議だと言うと、笑って答えてくれた。
「私って天涯孤独なのよ。それって何しても迷惑を掛ける人間が居ないから好きなことが出来るって事でしょう?他人に迷惑掛けないで好きな事をしていっても良いのかもって貴方に会って悟りを開いたわけ」
上手く理解出来なかったが、晴れやかに笑う彼女が楽しそうならそれで良いと思ってしまった自分もいる。
そしてこの事件のお陰で彼女の側に居れるのかと神に感謝してしまう自分に呆れ、そして笑った。





