24.逃亡計画
暖かくて懐かしい香りのする穏やかな目覚めだった。
瞼を上げるだけで視界に入る愛娘の顔。
「え…」
ガン見。
隣で一緒に寝ていた美華はカーテンの隙間から覗く陽の光を背負いながら真顔で真っ直ぐ私を見ていた。
逆光で顔が影っているのがなんとも怖い。
目が合っているのに何にも反応を示さない。これは起きているのか、寝ているのか。
声を掛けた方が良いのか迷っていると上半身を起こしてベッドに座るという動きがあって、ちゃんと起きていたんだという感想と動ける位にまでなったんだと安心もした。
「お母さん、寝る前の事覚えてる?」
「寝る前?何かあった…あっ」
王族達がこの部屋に乗り込んできて美華に婚約を迫っていた問題。
記憶が途中で消えている事からまた気絶してしまったのかと焦りが込み上げてくる。
レイディアとして生きてきてから気絶することが多い。王族と関係を繋いでからかな。
こんなに体が弱くなっているなんて美華に迷惑を掛けるのではと心配になる。
「婚約話はどうなったの?」
同じように上体を起こして隣に座り、足の上にあった美華の手を包むように握って目を合わせた。
嘘や隠し事がないように。私に遠慮しないように。
「私の婚約話は延期になった。お母さんの婚約も白紙に戻してもらえた」
「そう。………ん?私の婚約?」
「王太子と婚約してるんでしょ?それを白紙に戻してもらえるように交渉して勝ち取ったよ」
勝ち誇ったようにベッド脇にあったナイトテーブルから一枚の紙を取って掲げた。
このドヤ顔は小さい頃から変わらない。
笑いが込み上げながらその紙を取り上げると目を通してみた。
「婚約の不履行書。また美華が分からないからって自分達の良いように婚約破棄したものね」
「え!?お母さんに不利な感じなの?」
書かれているのは婚約を白紙に戻すという事が大きく書かれているが、その続きはこの婚約解消による損害はないものとしてそれに伴う問題も抗議も受け付けないというものだった。
私が使った勉強の時間やこれからの縁談に対する損害を保証する事もせずに身一つで家に戻されるという事。
解放されるのは有り難いけれど、王族に婚約を白紙に戻された令嬢の嫁ぎ先は絶望的。
それは王家として管轄するもではないと明言した。
「ま、いいわ。良くやったわね」
「え、あ、うん。いいの?」
「上出来よ。これで私は自由の身だもの」
レイディアである私がここにいる理由は異世界に飛ばされた美華を一人にしたくないという話なだけで、権力やお金が欲しいとかいうものではない。ま、あったら楽だけど。
美華を日本に帰したらどうしようか等という話は今の時点でどうにでもなるさという考えに至っている。
「美華」
「ん?何」
「逃げちゃおうか」
「うん」
冗談めかして言った言葉に何の迷いもなく頷く娘に苦笑が漏れる。
少しは考えなさいよ。
「ここから一緒に逃げて浄化しながら世界中を見て回るの。あっちじゃ一緒に旅行すら行けなかったじゃない?一緒に居れる内にしておきたいわ」
「いいよ」
握っていた手を握り返されて満面の笑みを見せられた。
この状況を本当に理解しているのかは分からない。
それでも私の我儘に着いてきてくれる気はあるみたいでほっとした。
「それならまずはここを抜け出すのが先ね。私は婚約者じゃなくなったから家に帰されるはずだから、その時に一緒に行けるよう何か対策を考えないと」
「変装して侍女として一緒に付いていくとか?」
この子こういうスパイ物の映画とか好きだったわ。とかキラキラした目で私を見る美華に苦笑が漏れる。
「無理よ」
「えー何で」
「貴方の黒い髪はこっちでは珍しくて王族の色とまで言われているのよ。それが侍女に居たらおかしいでしょう」
「お母さんも赤毛だしね。赤毛のアン」
ちゃかすように笑う美華は昨日までの死にそうな姿が夢だったのではと思える程生気に満ちていた。
「それに私は家から侍女を連れて来ていないから、侍女を連れて帰るっていうのは無理があるわ」
何か良い方法はないかと頭を悩ませていると、美華がベッドに立ち上がって拳を上に突き上げた。
「このまま走って逃げればいいじゃん!」
この脳筋みたいな娘は本当に私の子なのかしら。
もう少し頭の良い子だった気がしていたけれど、親の欲目だったのか。
「それはどういう事ですか」
残念感に頭痛がしそうになっていたが、そこで急に扉が開いて勝手に王弟が入って来た。
扉は扉だけれど、そこ、衣装部屋。
もう一度確認します、そこ間違いなく衣装部屋。
廊下に繋がる扉ではありませんよ。
「聖女様が逃げるなんてとんでもない計画はお止め下さい。レイディア嬢、貴女が聖女様を唆しているのなら処罰は免れません」
どうしよう。私にとって良くない流れなのは分かっているのに、王弟が衣装部屋から出てきた事が気になって何にも入ってこない。
もしかして隠し通路があるとか?
「レイディア嬢、聞いていますか」
聞いていません。
怒りを含んだ声も何のその、全く怖く感じなくて話をスルーしながら王弟を通り越して衣装部屋へと足を踏み入れる。
聖女の為に集められた綺麗なドレスやら装飾品が飾られている部屋に少しの乱れもない。
隠し通路がありそうな場所もないし、物を動かした形跡もない。
もし本当に隠し通路があったら天晴れだ。
「何をしている!」
完全にシカトされていた王弟が私の手首を掴み上げて怒鳴り散らす。
あの王太子と親戚なだけある。
「王弟殿下はなぜこのような場所からお越しになったのですか?」
「は……それは…」
問い詰めていた相手からの反撃にタジタジになる王弟に口許が緩む。
掴まれていた手から力が抜けていき、スルリと簡単に抜け出せた。
話は聞かれていたみたいだから逃げ出すには王弟を言いくるめなければならないなと気が重くなった。
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