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21.美華の過去

「聖女様の願いは王妃になることでそれが聖女様の幸せだと仰っておいででした」


「あいつは何を考えている!聖女様はご自分の故郷へ帰ることを所望されてるのに偽りを言うなんて!これから聖女様はお休みに入られる。栄養のある物を食べさせなさい」


かなりオコな王弟の眉間は深く、トランプでも挟めそうな勢いだ。

侍女達に指示をした後女医達と何かを話し始める。


「王へ謁見しなければ…」


そしてぶつぶつ呟きながら眼光強く部屋を後にする王弟に侍女と女医は付いて出ていってしまった。

また聖女と二人きり。

気まずい空気を感じながらチラリと聖女に目を向けた。


「私…帰りたいです」


「え、ああ、そうね」


「帰る為に頑張ってたのに」


知らない世界に飛ばされて、知らない人達の為に頑張れと危険な仕事を押し付けられる。

私だったら無理だろう。

知らない世界なんて怖いし自分に関係がないのだから。


「王太子殿下は私がどうにかします。必ず帰すわ」


それは同情心からくる言葉じゃなくて本心。

まだ婚約者の位置にいる私には聖女が帰る手助けが出来る。


「あの人は自分の思い通りにする人ですよね。邪魔する人には容赦無い気がする。レイディアさんを犠牲には出来ません」


「聖女様を犠牲にする事は出来ません。これは私達の国の問題であり、聖女様には手伝ってもらっている立場ですから」


同じ言葉を返せばお互いの強ばった表情が溶けていった。

王太子の愛は聖女には届いていない。あの様子では届くはずもないか。

恋愛は一方だけが愛情を傾ける事も良くないが、一方の思い通りに進めるのも良くない。

恋愛なんてものを経験した事がない私が言うことでは無いが、王太子の愛情表現は伝わらない以前に嫌われると思う。


「男なんて皆屑なのよ」


聖女から驚く言葉が飛び出してきた。


「え?」


思わず聞き返す私を鋭い目で見上げてきた聖女は先程まで弱々しかった声を張り上げた。


「私にお父さんはいません。いや、居たけどお母さんを捨てて逃げたんです!しかも私がお腹に出来た時だったそうです。最悪な屑でしょう?子供が出来るような事をしたのに何もせず、伝言すらなく居なくなったんですよ」


「………」


怒気を孕む聖女は上掛けを握り締めながら顔を赤くした。

青かったり赤くなったり忙しい子だな、なんて感想が浮かんできてしまう。


「お母さんからはお父さんは死んだと聞いていたんです。でもお母さんの友達がお母さんの事を男に逃げられた女って言ってて、それを問い詰めたら子供が出来て逃げた男にそっくりの生意気な餓鬼だって馬鹿にされたの!もう悔しくってお母さんに聞いたら本当は失踪したって話だったの。探さないのって聞いたら本名すら知らない外国人だって言うじゃん?もうそんな男に騙されるなんて馬鹿なんじゃないのって大喧嘩した」


興奮気味に話す聖女に対して私の心は冷えたように寒く、頭がズキズキし始めた。


「死んだかどうかも分からないし、私が出来た時に居なくなったから子供の話すら出来なかったらしいけど…お母さんの両親は早くに亡くなってて、兄弟も居なかったから家族が欲しかったって。だから私を一人ででも育てようって産んで今は凄く幸せだって。高校卒業したし、大学もバイトしながらお母さんに親孝行したかったのに…結婚なんて嫌に決まってる。また屑男のせいで親孝行出来ないなんて男運悪すぎだよ!」


何かが聖女の言葉と共に私の頭を通り抜ける。

聖女が言葉を紡ぐ度に頭痛と共に浮かぶ光景に既視感に襲われた。

大きな塔のような建物がひしめき合っていて見たことが無いはずの聖女のように足を出した服装やズボンを身に付けた女性。

鳥のように人を乗せて飛んでいる物は飛行機で馬のいない乗り物は車。長い龍のようでいて敷かれた棒の上しか走らないものは電車だった。

涙が溢れ目眩と吐き気もしてきてそのまま蹲る。


「え!?レイディアさんどうしたの!?」


慌てた声を出す聖女はまだ体が動かないから私がどんな状態なのか見えないのだろう。

焦った声が申し訳ない気持ちにさせた。


「大…丈夫っです」


「大丈夫に聞こえない!」


絞り出した声も否定されて苦笑が漏れる。

そして次に頭に浮かんできたのは小さな赤ん坊。

あまり泣く子ではなかったけど夜に寝てくれなくて愚図る事は多かった。

幼稚園では初恋なんかして成長を驚かされた。

小学校の運動会で盛大に転んで血だらけなのに笑っていて私の方がハラハラした。

中学校では受験でピリピリしてて毎日喧嘩、でも合格を二人で踊って喜んだよね。

高校の卒業式には参加してほしいって言われて行ったけど、小さいけどお小遣いで買ったって言っていたブーケに涙が止まらなくなっちゃってお化粧がお化けだって笑われた。


ああ


私の娘


「美華…」


「レイディアさん?」


「無事で良かった。美華」


頭痛の残る頭を起こしてベッドにすがり付き、我が子の手を強く握りしめる。

良かった。

貴女の側に居る事が出来た。

もう寂しい思いはさせないからね。


「レイディア…さん?」


「美華。お母さんよ」


「……え?」


訝しげな顔は当たり前だ。

自分と同じ歳で母親とは似ても似つかない奴がいきなり母親だと名乗るのは怖いものがある。

そこで少しずつ昔話をしていった。

日本の事やこことの違い、そして二人しか知らない事。

違う人だけど母親かもしれないと葛藤する美華の顔をしっかり見つめながら。


「どうして…」


やっと信じてもいいかもという空気になって初めて感じた疑問、私が何故ここで別人になっているのか。

一呼吸置いてから驚かせないように話して聞かせた。

美華を助けたせいで死んでしまった事を手違いで巻き込まれてしまったと言い換えて。

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