20.生死の境目
胸に岩を抱えているかのように重い毎日を過ごしていた所に聖女の帰還が置物侍女からもたらされた。
これで王妃教育をして終われば解放される。
そう気分を入れ換えて聖女の部屋へと足を伸ばした。
が、近付くにつれて慌ただしく走り回る侍女達に白衣を着た女医までも数人走り過ぎて行く。
「何があったの」
「聞いてきます」
前よりも棘が無くなり普通の侍女のように付き従ってくれるようになった置物侍女が慌ただしい聖女の部屋付近に居た侍女に話しかけ、目が落ちそうな程見開きながら戻ってきた。
周りの様子でも薄々感付いてはいたけれど、この様子では本当に大変な事が起こっていそう。
「聖女様が大変です!」
「抽象的過ぎるわよ。ちゃんと説明しなさい」
「聖女様が旅から帰られて直ぐに倒れられてしまったそうです!それもかなり危険な状態らしくて、このままお亡くなりになったりでもしたら…」
「滅多な事を口にするものではありません!」
顔面蒼白でガタガタ震え始める置物侍女を叱咤し、一気に近付き辛くなった部屋の入り口に視線を向けた。
ここからはベッドまで見え、行き交う人の隙間から横になっている大きな風船のようなものが見えた。
聖女なのかも怪しい丸い物体。
あれはもう人間ではないと言い切れそうなくらいパンパンに膨れ歪に変形していた。
「どういうこと?聖女様に何が起こったの?」
混乱する頭で王弟の話を思い出す。
瘴気を取り込んだ後の浄化作業が出来ていないと言っていたではないか。
それなら行った先の瘴気の量が多かったらどうなるかなんて一目瞭然。
あの膨れ上がった風船のようなものが聖女であるとするならばパンク寸前。
置物侍女の亡くなるという言葉が脳裏を過ってしまった。
ドクンッ
嫌な音が胸で響いた。
ここに居てはいけない。邪魔になるだけだ。女医達が死力を尽くしている。
分かっているのに足は勝手に進んで人混みを縫って聖女の部屋へと入っていく。
ダメだ。入っちゃダメ。……ダメ
「死んじゃダメっ!」
何かに突き動かされたように走り出し、聖女のベッドへと突進した。
呼吸すらしているのか分からない位動きがなくて、青白い聖女の顔に近付いて両手で包むように触れる。
涙が止めどなく溢れて視界が悪くなる中、聖女の頭を抱え込むように抱き締めると目が眩む程の光が私達を包み込んだ。
周りがざわめき始めるも霞む目には大量の金粉しか入ってこない。
その金粉は龍のように私達の周りを渦巻き天上へと消えていった。
「レ…レイディア……さん?」
か細い声に目元を拭って目を向けると出会った時の聖女の姿がそこにあった。
声は掠れていたが生気が戻ったと言えるくらいの声量で確実にこの部屋に居た人間には聞こえていたようだ。
先程までの慌ただしさとはまた違った活気ある慌ただしさが戻ってきて女医達が聖女の容態を確認していった。
「どういうことでしょうか」
「しかし今も変わらず…」
難しい顔をした女医達は私と聖女を交互に見ながら難しい顔をして話していた。
それはそうだろう。
死ぬのではないかと思っていた人間が一瞬にして元に戻ったのだから。
いや、戻ってはいなかった。
聖女の顔色はまだ青く、唇はカサカサに乾いていて頬もこけている。
何より体温が低過ぎて抱き締めている頭はとても冷たい。
抱き…抱き!?
「すっすみません、聖女様!」
自分の行動に混乱しながら取り乱して慌てて距離を置くように離れる。
本当に何をやっているのよ私は。
聖女の状況を見て胸の底から何とも言えない感情が爆発するように飛び出てきたと思ったら聖女に抱き付いていた。
幼子が親にすがり付くように。
恥ずかしい。
自分でも分かる顔の赤みを隠すように両手で顔を覆い、少しずつ後退りする。
「レイディア様、ありがとうございました」
「え、いえ、私は何も…」
「ありがとうございます」
「ああ、感謝いたします」
聖女の声を皮切りに女医達や侍女達にまで感謝される。
ただ乱入しただけの私に感謝なんておかしい。
居たたまれなくなり、旅に随行していた侍女を捕まえて話を変えた。
「聖女様がここまでになってしまわれたのは何故なの」
「それが…浄化される度に変わっていかれる聖女様に王太子殿下が食事が合わないようだと申されまして、途中から食事の内容が変わりました。そして旅が進むにつれて浄化が多くなっていき、気が付いたら聖女様は動けない状態になってしまっていて…」
「動けなくなるまで誰も何も言わなかったの!?」
私の怒号に話していた侍女が縮こまり、側にいた侍女が助けるように前に出た。
「聖女様は王妃になるお方だから何事にも完璧でなくてはいけない。その手助けとして体型を元に戻して差し上げるのも侍女の仕事だと王太子殿下が仰いました。何より聖女様の幸せを願うなら王太子殿下の指示に従えと誰もがそう聞いています」
何て言うことだ。
ここまで聖女の命が危険になってもまだ体型を戻すだの、王妃だのと抜かすか。
「それは本当か」
急に怒気を含んだ声が地を震わせるように響く。
「王弟殿下」
皆が頭を下げて迎えるその人は眉間に皺を刻んだ、見たことのない怒りに震える王弟だった。
雄味が増したからか、年齢のせいなのか、怒りを露にした王弟は覇気が感じられてとても尊いお方なんだと再確認させられる。
今までの彼とは何かが違う威厳を感じた。
「聖女様のご容態はどうだ」
「浮腫みはレイディア様が取られました。しかし極度の飢餓状態であります故、少しずつ栄養を取りゆっくり休んで頂く他ありません。浄化も一時中断してもらう事になると思われます」
年配である白髪で腰の曲がった女医が聖女の手首に触れながら穏やかに告げる。
芳しくない状況に王弟は頭を抱えて大きな溜め息を漏らした。





