17.ダイエットは計画的に
異世界の人間特有の体質なのかと考えたが、今までの聖女でこんな事例は少なくとも私は聞いた事がない。
だからといって食事制限は体を壊すだけで意味のない行為だと私は思っていた。
ダイエットをするなら運動と食事のバランスが大切だとテレビでも紹介されていた。
………てれび。
「失礼致します」
又もや返事も聞かずにノックだけで入ってきた侍女の手にはサンドイッチと紅茶の軽食が乗っていた。
それを聖女の前に並べると部屋の隅でまた置物になる。
「………っ!」
目の前の食べ物を急いで鷲掴みする聖女の手を扇子で叩き押さえる。
それを見ていた侍女は息を飲み見逃さないと言わんばかりに凝視していた。
聖女への対応を報告させられていると見た。
ということは王太子の手先ね。
「そのだらしのない体をどうにかしなくてはいけませんね。ふしだらな格好も行儀の悪い無作法さも直さなくてはなりません」
「え……あ、はい」
「ゆっくり少しずつ噛むのを意識しながら食べなさい」
威圧的に言えば聖女よりも侍女の方から怒りを感じた。
聖女崇拝者かしら。
虐めているようにしか見えない私をジーッと見た後、聖女はゆっくり少しずつ食べ始めた。
私の部屋で喉に物を詰まらせたなんて笑えないもの。
体にも良くないし、このまま太る原因を増やす所だった。
「お…いしい…」
小さく呟いた聖女の声は私にしか届かない。
世界を救う為に来てもらった聖女が飢餓に襲われる事態に陥っているなんてあってはならない事。
その他にも胸に来る何か別の感情も混ざっている気がする。
「何故このような事になっている!」
得体の知れない感情と向き合う時間も貰えずに怒鳴り込んできた王太子に視線を向けた。
呼吸を乱して顔を赤くし、急いで来たのだろう。
聖女が驚き体を震わせてからサンドイッチが乗った皿を両腕で隠す様に囲っていた
「王太子殿下。婚約者と言えど、先触れも言付けもない訪問は失礼ではありませんか」
「何を言っている。私が訪問したいのだ。歓迎するのが道理だろう」
「親しき仲にも礼儀が必要でございます。特に一国を背負う王太子殿下ともあろうお方が礼儀を弁えずなんとしましょう」
「煩い!まずは自分の行いを恥じたらどうだ。聖女様のお体を考えて食事改善をしていたというのに、これでは意味が無いだろう」
「食事の改善策が正しくありません。体型を元に戻したいだけでは逆にお体に障り、倒れてしまわれます」
「……くっ…。いいだろう。お前の提案を採用してやろう」
チラチラ聖女を見る目が体調を気にしているという言葉に嘘が無い事を物語っていた。
今まで見たことがない気遣わしい視線は素直になれない王太子の小さい変化。
それは幼い頃から側で見てきた私だから気付いた変化だったのが何ともやるせない。
「だが聖女様の体が元に戻らなかった時にはそれ相応の処罰は免れないと思え!」
「何で私の事でレイディアさんが罰せられなきゃいけないんですか!」
話が丸く収まりそうな所に声を上げたのは聖女本人だった。
「そ、それは」
「ご心配なく。貴女のせいで処罰等されたくありませんから」
好きな人に少し強く言われたからと尻込みするなど情けない。
どこの世界でも惚れた方が負けのようだ。
「兎に角、この件はレイディアに任せる故、責任はお前が取るように!以上だ」
これ以上聖女に悪者扱いされたくない王太子はそそくさと部屋を後にした。
何となく踏ん切りが付いた。
初めから恋では無かったと王太子の口から聞いていても、やはりここまで王太子の為に生きてきた私には諦めが付かなかった。
でも今の数分で胸のモヤモヤが面倒臭くなっちゃった。
好きな女のいる男にそんな未練を何故持たなければならないのか。
最初から好きでもなかったし。
ただ、これまで多大な私の時間を費やしてきた事だけが悔やまれた。
でもだからと言ってこれからも人を使うだけのクズ野郎に時間を食われてなるものか。
早めに聖女の教育を終えて自由を手に入れて見せる。
そう心に誓っているとサンドイッチを抱えて俯いていた聖女の方から鼻を啜る音が聞こえてきた。
「私だって好きで太った訳じゃない。急に大きくなったの」
「どんな人でも好きで太る人なんか居ないです」
「私はリョウイン様と同じ食事だったし、護衛やメイドさん達だって同じ物を食べてた!それなのに私だけなんて可笑しいじゃん」
「人それぞれ体質というものもあります。例え同じものでも好き嫌いや合う合わないというものも存在いたします」
泣きながらもサンドイッチを頬張る聖女を諭しながら無意識に聖女の頭に軽く手を乗せた。
優しく撫でるように。
「レイディアさん…」
濡れた目で視線を上げる聖女の体から突然金粉が巻き起こり、私の手を滑って天井へと消えていった。
「え……」
「えっ、何今の」
金粉を追っていた視線を驚く聖女の方へ戻すと、先程より明らかにほっそりした姿が目に入る。
余裕を持って作られていた寝間着はパンパンだったのにふんわりとした着こなしへと変わっていた。
「一体何が……」
困惑した視線に気が付いた聖女が自身の体を見下ろして立ち上がる。
「痩せてる!」
「何が起こったの…」
聖女の歓喜する声と共に困惑する置物侍女の声が重なったのが聞こえた。
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