16.大きくなりました
あれから部屋へと帰ってきて寝た、何もかも全て夢だったらと思いながら夕食も食べずに。
いや、初めて足を踏み入れるこのキラッキラな部屋は帰ってきたと言えない位に馴染みが無い上にセンスも無い。
見渡す限りピンク。
趣味ではない。
用意されたドレスやら一式もピンクを基調としているのだが、誰の趣味なのか。
王太子の婚約者として繋ぎ止めるなら赤と黒で揃えるのが道理では。
安らげないし、落ち着かないし、ずっと片時も侍女が側に居て息苦しい。
話掛けても"はい"か"いいえ"か無言しか返ってこない。
ただの監視。
「失礼いたします」
しかもノックはあるのに返事前に扉を開けられる。
それってノックの意味ある?
「聖女様への御目通りが許可されました」
いつの間にか聖女帰ってきてるし。
「聖女様はいつご帰還なさったの?」
「ご案内致します」
え、またスルー?
婚約破棄する話は出ててもまだ婚約者である。
こんな扱いあるのだろうか。
「聖女様はいつご帰還なさったのか聞いているのです」
こちらが下手に出てればいい気になりやがって。
言葉が乱れました。
「………二日前でございます」
渋々と答える侍女は目を合わそうともしない。
「私よりも先に王城へ着ていたのね。何故もっと早く連絡が来なかったのかしら」
侍女は頭を軽く下げたまま前で組んでいる両手に力を入れた。
言えない事がある、そう物語っている。
「案内してちょうだい」
これじゃあ王太子と一緒。
上の者が下の者を威圧していても空気が悪くなるだけ。
私は答えを返す事が出来ない会話を諦めて部屋を後にした。
前を歩くのは聖女の話をしてきた侍女、後ろを歩くのは部屋で私を監視していた侍女。
挟まれながら護送される罪人の気持ちになってしまう。
「だから何でも良いんだってば!野菜でも果物でも生でも良い!」
嫌な気分を味わって歩いていた廊下に響く声に視線が向く。
黒い髪を振り乱すように暴れ、それを侍女達が押さえている薄着の女性。
ふくよかな体を揺らして足をドシドシと踏みしめる姿は寝間着だろう。
何事かと眉間に皺が寄るのを止められない。
「何があったの?」
良く見ると大きな体を進めようとしているのはキッチンへと繋がる扉で、中から白いシェフコートを着た人達が困惑した顔で右往左往していた。
「あ、レイディアさん!」
王家の食卓事情に口を挟むのはどうかと様子を見ていると、ふくよかな女性が振り返って走り寄ってきた。
「え……聖女…様?」
何を隠そう、今から面会予定だった聖女本人。
つい先日まで細く健康的なお姿だった聖女が驚く程の大きさまで成長していた。
「レイディアさん、助けて下さい」
私の所まで来ると急に大粒の涙を流しながら泣き始めてしまう。
うら若い乙女が薄い寝巻き姿で歩き回るのは如何なものかと侍女に急遽肩掛けの大きなストールを用意してもらい、体を隠すように聖女に掛けた。
その間も泣き続ける聖女に苛立ちとはまた違う胸の支えを感じている。
王太子といい、聖女といい、私に何か恨みでもあるのだろうか。
「聖女様、一度私の部屋へお越しください。お話はそこで致しましょう」
聖女が少し落ち着いてきたのを見計らって、来た道をゆっくり戻る。
グスグスと鼻を鳴らしながら歩く聖女に道行く人は驚いて立ち止まり、そして私を悪人だと決めつけて睨んできた。
全てが私のせい。
「今すぐお茶と軽食を用意して」
「ですが私はここに居るよう申し付かっております」
「聖女様をおもてなしする事も出来ないなんて言わないわよね?」
私を監視する役目であろう侍女に威圧的な物言いで命令すると逡巡した後、静かに退室していった。
もう一人居たはずの侍女はいつの間にやら消えているし、仕方がないと判断したようだ。
聖女を三人掛けの椅子へと座らせ、向かいの一人掛けの椅子に腰を下ろすと改めて聖女の様子を観察してみる。
艶やかな黒髪は変わっていない。
涙を流す焦げ茶色の瞳や声にも違和感はない。
でも、涙を拭う手から始まり腕も体も顔も全てが規格外に大きくなっていた。
普通に太ったとしてもここまで急激なものは見たことがない。
というかこれは急過ぎて健康被害や命の危険性があるのではないか。
そんな疑問が視線に表れていたのだろう。
涙で潤ませた目でご自分の体を見下して抱き締める様に縮こまった。
「旅の途中で制服が壊れて体が大きくなった事に気付いたんです」
旅の途中。
いくら王家の用意があろうとも贅沢な食事は無理だ。
「太り易い体質ですか?」
「いいえ!今まで運動部に所属した事は無いですがずっと平均位だったはずです。旅の間も暴食なんてしていないし、馬車で入れない所には歩いて入ったりしていました。リョウイン様も同じ物を食べてました」
「体調はいかがですか?息切れや膝の痛み等ありますか?」
「全くありませんが、ここに来てからは王太子の食事制限のせいでまともなご飯が食べれてないです」
叫んでいたのは食事制限による空腹の為という訳か。
「王太子殿下は何と」
「健康的な姿が見るも無惨なものに…早急に対策をと…」
「そうですか」
好きな人に対する言葉のチョイスを勉強するべき。
女性に対して無惨とは、王太子も救いようのない阿呆だったようだ。
私は痛い頭に手を当てて対策を考え始めた。





