♯95 幕間のひと時。 ―日常風景―
アウリョイナの反応消失から数日が過ぎた。
女神の使徒13名の内、4名が死亡、2名が消息不明、内2名の死亡については仇敵パルヴァレイトの出現によるもの。他が暫定ではあるが突如出現した謎の獣人によるものという前代未聞の事態に、天界は俄かに浮足立っていた。
不測の事態が続いた事も勿論そうなのだが、約千年前に封印されて、そのまま存在が確認できなくなった男神。
当初、封印された神殿ごと反応が消失した際には、女神とその使徒達の力に依って消滅させることが出来たのだと、彼の暴力に晒され続けた天界中が喜んだものだった。
そんな【天界の暴力】が再び姿を現した。
これで慌てるなと言う方が酷と言う物だろう。
そんな状況故か、当然、今日も今日とて天界にある女神の使途が集まる大神殿にて、会議は踊っていた。
堂内に居るのは残された女神の使徒7名の内、【神獣王スワンビナ】・【引きこもりのラボス】を抜いた5名。
【霊廟の魔女ルジェベリ】・【銀鞭晩歌バーゼル】・【炎龍王アサヒ】・【深淵の女帝ハーヴィ】・【叡智喝采のレーヂン】だ。
「だぁからぁ、パルヴァレイトなんてまた封印しちゃえば良いじゃなぁい」
「阿呆か、人数足りんくて出来ひんて言われたやろ」
「ちょぉっとぉ!阿呆って何よぉ!アンタなんて脳筋じゃなぁい」
「君らは少し静かに出来んのかね‥‥、今はそんな下らない話をしている場合では無いだろう」
「おぉーい!寝とるヤツ放置して俺ら扱き下ろすとかどういう話やねーん!」
「zzzzzz」
「‥‥‥‥。‥‥。」
本来ならば規律有る集団であった女神の使徒の一団も、今では見る影も無い。
女神イルミレアがこの星を彼らに託してから、これほど纏まりの無い集団の瓦解を防いできたのも、重蔵が打ち倒したコーネリアなのだ。
彼女無き今、良く言えば個性的な面々が足並みを揃えるのは至難の業と言える。
「取り敢えず」
不意に喧騒を穿つ声が響く。
周りの面々が訝しげな視線を向ける中、一人の男が言葉を続けた。
「取り敢えず、男神パルヴァレイトへの対応は、私とルジェルベリ、ラボスで行おう」
女神の使徒の中で二番目の古株である、バーゼルの一言に、訝しげだった周りの視線は剣呑な物へと変わっていく。
因みに一番の古株はコーネリアだ。
「へえぇ?じゃあなぁにぃ?獣人だかはアタシ達全員で捕まえれば言い訳ぇ?」
「阿呆、全員で出張ったら此処どないすんねん、頭に詰まってるんプリンかなんかか」
「ちょっと!ホントそろそろぶち殺すわよ!?」
「出来るもんならやってみんかい(笑)返り討ちじゃボケェ」
再び始まった口喧嘩を、室内に響き渡る金属音が止める。
バーゼルが手にした金属製の杖を、傷一つない磨かれた床石に突き立てた音だ。
「落ち着けハーヴィ、それにアサヒもだ‥‥。今は内輪揉めをしている場合では無い筈だ」
「zzzzzz」
隣席でゆらゆらと左右に揺れながら眠るルジェベリの頭を掴み、バーゼルが瞑目した。
そんなバーゼルに、今まで口を開かなかった老人が声をかける。
数十年前に新しく使徒に加わった元人種のレーヂンだ。
「‥‥それで、獣人種への対応はどうする?ワシはここを離れるつもりは無いぞ?」
研究施設など世界中どこを探しても此処より水準の高い物は無い。
それを知っているレーヂンは、静かに、しかし射抜く様な強烈な視線をバーゼルに向けた。
「当然、レーヂンにはここで研究を続けて貰う。我らの悲願は果たされねばならないのだから‥‥。アサヒ、スワンビナを連れて獣人を捕らえてくれ。そして覚えておいて欲しいのだが、最悪の場合には全員でパルヴァレイトを討つ。その時は協力してもらうぞ」
「えー、俺アイツ苦手やねん、何考えてるか分からへんもん。ラボ爺さんのがまだ助かるんやけど」
水を向けられたアサヒはおどけた風で即応する言葉を向けたかと思うと、バーゼルへの視線を急に鋭い物へと変質させた。
「そもそも残りの全員でも封印出来ひん言うてる相手に、何でそういう話んなんねん、なんや隠し玉でも持っとるんかい」
アサヒの苛烈な声音と同期し、室温が肌で感じられるほど上がった。
今まで諍いを続けていたハーヴィが口を噤み、起きる気配すら無かったルジェベリが顔を上げる。
そんな中、涼しい顔でバーゼルが返答した。
「‥‥刺し違えてでも奴を釘づけにする方策が有る。しかし今それを口に出す事は出来ん」
「さいで‥‥」
「それに、お前とスワンビナは、存外良いコンビだ。と、私は思っている。我らの悲願の為だ、頼んだぞ」
司会進行を務めるバーゼルの言葉にアサヒは苦笑し、ハーヴィは口を尖らせ、レーヂンは一度頷き退出して、ルジェベリはもう一度眠り始めた。
平時の温度へと戻った室内で、もう一つ二つ反論を予想していたバーゼルは内心で胸をなでおろしたものだが、鉄面皮である彼の心の底は誰にも見抜かれる事は無かった。
■■■
「ここが‥‥大図書館‥‥」
ソベルオ大陸の技術大国ゴウ・パサーツ。
その首都の中心部から少し外れた閑静な住宅街に、他の建築物とは隔絶した、巨大で荘厳な建物が屹立している。
大陸中の出版物が集められているといわれている、クオーレア大図書館だ。
国を治める女王、リアレ・フォラレ・クオーレア一世の名を冠するこの図書館は、ゴウ・パサーツの性質上というべきか、機械技術や学術書に分類される書物が多く収められている。
「ミシロ殿の探し物が有れば良いのですが‥‥」
対魔獣戦を終えた【ジークフリート】の一人、疲れ切っている皆の代わりに、と案内を買って出たバルが、重蔵を見やりながら口を開いた。
「やー、これはもうこの景色を見られただけでも一生モノの思い出になりますよー、ありがとう」
「とんでもない!こうして再会できた上、また魔法が使えるようになったのもミシロ殿のお陰ですから、此方こそ、有難う御座います」
因みに、アーサーも案内役を買って出ようとしたものの、ロルド・ネイアと共に戦闘時の疲労に依って、ドクターストップで外出禁止になっている。
テヘラフェルトは一人でギルドの依頼を消化しに出かけた。
ある意味で一番強いのは彼の剣聖なのかも知れない。
「ではー、案内ありがとう御座いました。後は適当に見て回りますので、ソルザードさんも宿に戻ってお休みになって下さい」
「そう‥‥ですね、ハイ、そうさせて頂きます‥‥」
生物学上、体は女でも心は男の重蔵君。
見事にバル・エネス・ソルザードの心をへし折って、世界の歴史や伝承・機械技術や魔法技術の知識を仕入れて、意気揚々とヴォルパへと帰っていくのだった。
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「まさか、また女神の使徒と戦ったとはねぇ‥‥」
重蔵がバルの男心をへし折って数日。
ヴォルパへと戻ったその足で、村の重鎮、ラータの家に来た重蔵は三人目(本人の記憶の上では二人目)の女神の使徒との戦いについてを報告しつつ、お茶を啜っていた。
「えぇ、それで、ゴウ・パサーツの大図書館に行く機会が有ったので序に色々調べてきたんですけど、ラータさんはその辺、何か知っていそうな感じが有ったのでお話を伺えないかなー。なんて」
以前、地下洞窟へ潜った際に出現した女神の使徒、ケルツォーバとの戦いの最中のラータは、何かを知っていたが故の狼狽や驚愕が有ったように見えたのだ。
「これでも村では一番の年寄だからね‥‥。ただ、アンタが本で見た情報と合っているかはわからないよ?」
ポツリポツリと語りだしたラータは、思い出を懐かしむかのように時々遠い目をしては、古い言い伝えや伝説等を重蔵に伝えた。
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大図書館で調べた伝承の類は、大きく分けて3つ有った。
一つ、世界を創造した女神と、その使徒13名の活躍を描いた【創造神話】
一つ、突如として現れた【魔王】と戦う為に女神に召喚された英雄の冒険を描いた【英雄譚】
一つ、魔王亡き後、新しい勇者が世界中に散らばった魔物の類を打ち滅ぼす未来を描いた【希望語】
時系列的にもそのままの順番で、希望語はこれから起こる事が書かれていた。
一種の預言めいたものみたいだけど、やれ巨大な魔獣を打ち滅ぼすだの、邪悪なドラゴンがこの世を地獄に変えるだの、新たな魔王が現れるだのと、災いが世界を襲い、そこに現れた新たな勇者様ご一行が世界を救ってくれるとか、そんな感じだった。
図書館で仕入れた情報とラータさんの話してくれた内容にも齟齬は無かったので、恐らくかなり昔から有るものなんだろう。
さて、折角なので一度レーネさんの家に戻った僕は、彼女の作ってくれたご馳走を平らげてから、膝の上にレーネさんを乗せたまま集めた情報をまとめなおすことにした。
先ずは今までの経緯から、最悪の場合い残りの女神の使徒とも戦うことになりかねないし、メンバーの確認をしておこう。
1、【堅固の使徒コーネリア】【銀鞭挽歌バーゼル】【剛腕爆砕のロンガン】【幻惑の魔女の徒アウリョイナ】【大口愚食オルバール】【一刃千滅のカイト】【神獣王ベディ】【不可視の魔眼ゼレフィエル】【霊廟の魔女ルジェベリ】【爆炎の狂犬オルトロス】【炎龍王ゴアサス】【深淵の女帝ハーヴィ】【叡智喝采のベリパルト】
オルトロスって、確か北欧神話の地獄の番犬の弟‥‥いや、可能性の話だから今は取り合えず置いておこう‥‥。
ともあれ、どれも大仰で恥ずかしくなる二つ名はついているけれど、それは置いといて戦闘に関して記述された部分は似通っていた。
曰く、人々を苦しめる悪しき者どもを、清浄なる強き光で消滅させる。とか。
たぶん、ケルツォーバとアウリョイナさんの使った[女神の声]の事だろう。
後はもう、元いた世界の神話もかくやという様なトンデモ一騎当千、万夫不当な大活躍くらいしか書かれていなかったけれど‥‥。
魔法は僕も使っているし、そこまで信憑性に欠く程でも無いのかな?
なんでも炎龍の吐息が山脈を消し飛ばしただとか、刀剣の一振りが海を千々に切り裂いただとか、魔術師の初歩魔法と言われているらしい土魔法が一夜で巨大な都市を作り上げただとか、何にせよ空恐ろしい話だ。
「‥‥でも、それより問題になるのは‥‥」
「ん?」
「おっと、何でもないです。そろそろ寝ましょっか?レーネさん」
「あ‥‥、えへへ。うん、寝よ」
頬を染めてはにかむレーネさんマキシマム可愛い。
ゆるりと寝室に向かいながら少し思考を戻す。
本当に問題になるのは、女神の使徒の入れ替わりとか補充についてだ。
倒しても直ぐに補充されるならかなり厳しい事になるだろうし、分かり合えないとしたらそれこそいつまでも戦い続けなければならなくなる‥‥。
周りを巻き込む可能性が有るのなら、皆に強くなってもらうか何処かで落としどころを見つける為に動かなければいけないのだ。
嗚呼、平和な生活よ、今しばらく‥‥。




