♯92 無駄足 ―無駄に洗練された無駄の有る無駄な足取り―
「おっと、そこまでだ!!」
照れ隠しで、先程よりも5割増な声量でベゲットに声をかけた。
うぉわあ!?なんて、ありきたりな驚声を上げるベゲットを横方向に蹴り転がし、バレインさんとベゲットの間に立つ。
ついでに[回帰]でバレインさんの状態異常も回復。
金属の簡易的なプレートアーマーはどうやら既にコイツに奪われていた様なので、今は破られた衣服のみの状態になっているバレインさんには、外套をかけておいた。
「クソッ!手前も[隠蔽]が使えるとはな‥‥」
残念ハズレ!答え合わせはしないけどね。
「ははは、そうじゃないでしょ。先ずは泣いて命乞いをしなきゃー。ね?」
「クソアマが、舐めてんじゃねぇぞ!俺はこれでも騎士級、手前は冒険者!多少腕っ節やスキルが有ろうと、埋められない差があんだよ!」
ははは、こやつめ。
『重蔵、どうじゃ、儂が食おうか』
『食ったら犯罪者として連れてけないでしょうが』
『何も物理的に食う訳じゃない、奴の欲を食らうのよ』
ほう、欲をねぇ。
先程の啖呵からナイフを此方に向けて振り回しながら後退しているベゲットに手甲で応戦しながらジリジリと距離を詰めつつ、頭の中で六呂と会話を続ける。
バレインさんは気を失っているみたいだし、刀鴉の結界で囲っておけば大丈夫だ。と、先ずは捕縛を優先。
少し打ち合いみたいな事をしていると、不意に駆けだしたベゲットに驚いた。
「あ、待てコノ!」
って、あれ?この先は‥‥。
『恐らく、本気で戦う積りなんじゃろ‥‥』
心底呆れた様子の六呂と頭の中でひとしきり笑いあって、僕も一応、走り出した。
■■■
「それにしても、もう少し待てばまだ状況も違ったかもしれないのに、馬鹿だなぁ」
安い挑発。
「ヒッヒヒ!馬鹿は手前だクソアマぁ!のこのこ追いかけてきてよぉ、本気で勝てるとでも思ってんのかよ!あぁ!?」
陳腐な恫喝。
何と言うか、どうしてこう、何とも言えない状況に陥りやすいんだろうか‥‥。
「面倒見の良い先輩冒険者に会えたと思ったんだけどなぁ‥‥」
「ハッ!それは手前の答え次第だぜ‥‥」
心底見下し切った態度で此方を睨みつける視線は、どこまでも下卑ている。
男女比1:2だし、視線とかは仕方ないかと思ってたんだけど、思い返してみれば確かに、バレインさんの言った通りだったかもしれない。
『あれ!?これって僕だけ気づいてなかった感じなのか!?』
『じゃろうな、儂も薬を盛った時点で、此奴は敵じゃとおもっとった』
薬盛った時点で先ず教えてほしかった‥‥!!
「俺の奴隷になるってんなら、先輩として一緒に依頼も受けてやるよ!」
まぁ、夜は楽しませてもらうがなぁ!なんて、ゲハハと笑いながら付け加えるあたり、小物臭が半端ない。
「恥ずかしいなぁ‥‥」
「あぁ!?」
「あー、今の恥ずかしいは‥‥、まぁアンタも大概恥ずかしいけど、気が付かなかった自分の間抜けさについてさ」
「そりゃあ、まだ俺と戦う積りでいるって意味かよ‥‥?」
当り前である。こちとら晩御飯もまだな上、睡眠時間とか削って此処に立っているのだ。
さっさととっ捕まえて、ちゃんと食べて休みたい。
「まだ戦う積りって、それこそまだ始まっても居ないんだ、アンタは捕って法の下裁かれなきゃならないし、命までは奪わないけど、手足の二、三本は諦めとく事を勧めるよ」
そういえば、六呂の『食う』って話は、今回は止めておく事にした。食われた欲は二度と戻らないそうなので、せめて裁判が終わるまでは食わせられないのだ。欲が無いと、誘惑に引っかけて証言させる事も出来ないしね。
「まぁ、魔法でも魔導でも何とでもなりそうな気はするけど‥‥」
覆理魔導、使い勝手良いしね。
「オラァッ!!」
独り言を呟いていた僕に、いきなり何かが飛んで来た。
ゴッと鈍い音が二回。
一回目は僕の頭(鎧)に当たった音で、二回目は地面に落ちた音だ。
見れば、丸々と実ったメロンくらいの石‥‥というか岩が足元に転がっている。
危ないなぁ。
「こらこら、こんなもの人に向かって投げたら危ないでしょうが」
「ふざけんな!くそ、結構頑丈みてぇだな‥‥、オラッ!!」
僕が追いついた時には、ベゲットは既にフル装備になっており、道中では持っていなかったハズの片手で扱えるギリギリのサイズの諸刃の剣が右手に握られている。
右主:麻痺のロングソード(付与効果:対象麻痺(小))
だそうだ。
「俺もよ、持ってんだ、収納袋!」
成程ね。
「それにしても、なんでまたこんな犯罪行為を?」
物質創造で出した鉄塊に円月と新月を降ろしてベゲットの剣線を反らしつつ言葉をかける。
「これだから女はムカつくんだ‥‥、少し力が有りやがるだけで、すぐに男なんて居なくても生きていけるみたいなツラぁしやがるしよォ!!」
正直受け流す必要もないくらいに遅いけれど、問いかけた手前、少しは話を聞いておこうかと、打ち合いを始める。
六呂の顕体を見て思い付いた、円月と新月の実体化は、正に大成功だった。
「お前らはよぉ!強ぇ男の下でアンアン鳴いてりゃ良いんだよ!それを‥‥くそがぁっ!!」
残念ながら、今のところ顕体を使っての実体化が完全に成功したのは六呂と月刀コンビだけだったりするんだけど‥‥。
金属同士を打ち鳴らす音。
ベゲットは、まぁ確かに冒険者として十年以上戦っていたのだろう、スジが良いかと聞かれると正直微妙だけど、一応対人戦になれているらしい動作が、何とも勿体ない。
「さっきの女もそうだ!男が目の前にいるってのに、何がお姉様だ!あぁ!?薬でビチャビチャになってるくせによぉ!苛付くんだよ!おぉ!!」
『流石、称号に女の敵とか入っているだけ有って言う事が違うの』
『確かに‥‥』
追い追いでは有るけれど、この探索中にでも少しずつ式神と顕体、それから召喚についても試して行かなければ。
思考をごちゃ混ぜ状態にしながら、これだけ色んな内容を並行してして考えられるとは‥‥。
スキルの恩恵というのは有りがたい物だ。
『儂が混乱するから乱用しないで貰いたいがな』
『おっと、ゴメン』
六呂に謝りながら、此方から見て左からの、右肩を狙った斬撃を新月で絡め取り、円月でそのまま弾き飛ばした。
「弱っ‥‥」
空中で音を立てながら回転する麻痺のロングソードは、遠目から見ても傷みが酷い状態になっている。
もうまともには使えないだろうし、下手に折れて刺さられても困るのだ。
「ぐぅっ!!クソがぁ‥‥!!」
悪態つくのは構わないけど、まだ戦う積りの目をしてるのが物悲しい空気に拍車をかける。
「ほら、武器も無くなったんだし大人しくしなさいよ」
「ヘッ!武器なんざ無くてもなぁ!勝てるんだよ!」
Oh‥‥、自信満々だぁ‥‥。
ベゲットのしょうも無い自供が続く。
「あの女も!あの女も!戦士だか魔法使いだか知らねぇが、最後はボコボコのツラで泣いてた!」
『コイツ、本当碌でも無いな‥‥』
『だの』
「どんだけ澄ましたツラしてたってなぁ!最後ぁグチャグチャになんだよ!何が街で一番の商人の娘だ!何が元は貴族だっただよ!ハハハッ!!」
『気分わるっ』
『だのう』
「だからどいつもこいつも奴隷にしてやったんだ!売女風情が!調子に乗りやがって!どいつも!こいつも!」
僕を倒して今後も悪行を続けるのが目的なのか、女性に相手にされなかった鬱屈した感情の発露なのか、もう何かこいつも混乱してるんじゃないだろうか‥‥。
「今までに!無いくらい!体も頭も!冴えまくってる!今なら!英雄級のあの女だって!俺のモンに!出来るんだよぉ!!」
あー、そういう事か‥‥。
喋りながら拳を打ち込んでくるベゲットの言葉から、何となく経緯が分かった気がする。
「アレか、自分より強い冒険者にコテンパンにされたとか?それとも袖にされたのかな?あ、それと調子良いのは一時的な物だから過信しない方が良いと思うよ」
「ハッ!俺ぁな!分の悪い戦いは!しねぇンだ!だからあの女は!この後の!お楽しみが終わってから!探しだしてヒィヒィ言わせて!やんだよっ!」
「『途轍もナいクずだな、君ハ』」
「変な声だしてんじゃねぇよ!それくらいで!威嚇の積りかよ!」
右手、左手、左足、右手、左手、右足。
『どれもこレも遅くて鈍くてトロい‥‥』
「『デは先ず、加護は消シてしマオうか』」
「あぁ!?‥‥なっ!何だ!?なんで力が‥‥!」
まぁ、驚くよね。
「『いきナりちかラも頭ノ回転も鈍くなッたラ、‥‥アぁ、元の木偶の坊ニ戻ったら、混乱スるのも仕方なイわなァ』」
「何しやがった手前ぇ!!!!」
額の血管がはち切れんばかりに浮きだしたまま、更に鈍重になった動きで掴みかかろうとするベゲットの横をすり抜けて足をかけた。
無様にヘッドスライディングを決めるベゲットに、取り敢えず最終勧告だけはしておこう。
「『ほラ、どうシたよ。今の内に泣いテ命乞いしテ置かなイト、いツおっ死ヌか分かラないぞ?』」
「ヒッ!ヒヘヘヘ‥‥!な、なんだってんだよ、チクショウ!!」
それからは暫く、お世辞にも殴り合いとは言えない、余りにも一方的な素手の暴力が続いた。
■■■
どこか遠くで、私を呼ぶ声がする‥‥。
誰かが、体の芯まで蕩ける様な甘い調子で‥‥。
フワフワと、このままただ漂ったままで居たいと、そう思わせる‥‥。
「ちょいやさー」
「!!!?」
いきなり体が持ち上げられ、私の意識もまた、急速に覚醒へと引き戻される。
「‥‥お、おねえ‥‥さま‥‥?‥‥!!?」
「うーん‥‥、それ、あんまり好きじゃないんで名前か名字で呼んでほしいんですけど‥‥」
目の前にお姉様のお顔があって、あ、でもお顔と言っても仮面と言うか、あの魔獣の顔で、でも声がお姉様で‥‥えーっと‥‥!
「わ!わたくし、あの!‥‥あれ!?」
「おー、表情筋が仕事してる‥‥」
「ひょ‥‥?」
混乱したままの頭で必死に状況を整理しようとしていると、お姉様は私に優しいお言葉をかけて下さいました。
薬のせいでまだ混乱しているだろうから、このまま少し眠っても良いと‥‥。
嗚呼‥‥!お姉様!!私は今、至上の幸せの中に居るであります‥‥!!
▼ログロの地下洞窟 七階層
「と言う訳で、あの犯罪者を一度、地上に持って行こうかと思ってます」
お姫様抱っこで野営地まで運んだバレインさんが目覚めるのを待って、今後の予定を組む為の会議を始めたのは、日付が変わったくらいの時間だろう。
状況を説明し、説明して貰って、悪いけど先に僕の希望を言わせてもらった。
まだボヤ~っとしている部分が有るなら、さっさと話を纏めてしまった方が面倒が無い。
‥‥どうしてもと言うなら、この場での私刑も有りと言えば有りなんだけど‥‥。
色々と試せるしね。
「は、あの、私は全く問題ないであります!お‥‥う‥‥じゅ‥‥み、ミ、ミシロ様のお考え通りにされるのが私は一番正しいかと思いますであります!」
「うん、落ち着こうか」
あ、ダメだわ。これ完全にマトモじゃないわ。まだまだ混乱してるヤツだわ。
『重蔵、時間を考えるに、今転移しても皆寝ておるのではないか?』
いや、自警団の詰所とか、都市長舎とかは、誰かが必ず起きて警備してる筈だ。けど‥‥
『どっちにしても転移はしないよ』
『む?歩いて戻って、また歩いてここに来るのか?』
それはゴメン被りたい。
どうするにしても、取り敢えずの一晩はここって事になるんだけどさ。
手渡したカップの中のお茶を飲み干したバレインさんが、はふぅと一息ついて顔を上げた。
「あの、申し訳ありません、取り乱しまして‥‥」
「いーえー。それで、あの犯罪者を地上に持っていくにしても、一晩ここで明かす事になると思うんですけど、体調はどうでしょうか?」
「はい、その、体調は寧ろ今までよりも良いというか‥‥、絶好調の更に上と申しますか‥‥」
「そうですか?なら、アレは魔物に襲われない、最低限の処理だけして、僕らは寝ましょうか」
「は!何か有っても、私がお守り申し上げますので、ゆっくりとお休みになって下さいまし!」
「ん?」
「え?」
そこから見張り番は必要ない事を理解して貰うのにさらに時間を費やす事になったけれど、僕は元気です‥‥。




