♯82 旅の途中 ―大鯨は虎人間の夢を見るか Worlds. *A toys and trick unbreak millions idea.
今回はいつも以上に読みづらいかも知れません‥‥。
「‥‥‥、‥‥う、じゅう!」
「っお‥‥?」
大きな窓に備え付けられた暗幕を引きながら呼びかける声に【じゅう(廿)】と呼ばれた青年が意識を取り戻した。
「大丈夫か?気分が悪いならツヅラに頼むが‥‥」
「‥‥いえ。‥‥済みません、大丈夫です」
暗幕の取り払われた大きな窓から差し込む光によって白金色に映える髪をした少女に案じられ、殆ど意識を失っていた青年が少々バツの悪そうな表情で答えた。
「‥‥まぁ、そういうなら構わんけど、正直あては反対だよ‥‥」
「心配かけて済みません。けど、割と大丈夫だと思います」
気遣わしげな表情をする少女に告げて、廿が困った様な笑顔を向ける。
この遣り取りを終えた獣が過ごした三ヶ月は、彼を取り巻く人々曰く【地獄の三月】と呼ばれる事になる。
全てが終わって後、廿が彼女の言葉を思い出したのは、秋晴れの清々しい真昼の事だった。
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少しだけ‥‥。そう、少しだけ昔話をしてみようか。
重蔵がまだ、地球に居た頃の話だ。
とは言っても、儂が重蔵と出会ったのは探し屋と拝み屋をやっていた時間の終わりに差し掛かった頃で、実質数年程度のモノ。
だからこそ少しだけ、と表現したんじゃが‥‥。
む、まぁ良いか。
そうじゃな、あれは彼岸も越えたというのにまだ暑さの厳しい年じゃった。
小憎らしいタヌキの言いつけだとかで、重蔵が儂の寝ている山中の社まで来た所から、この短い昔話が始まる。
◇◇◇
山頂から麓までを駆け抜ける様な生ぬるい暴風を受けて、一人の青年が踏鞴を踏む。
年の頃は十代後半から二十代前半で、その足元以外は凡そ山に踏み入る為の装備とは言えないラフな格好で風に立ち向かいつつ、牛の歩みで足を前に出している。
他でもない、三代重蔵の強行軍だ。
後に周囲から地獄の三月と呼ばれる事になる期間の最初の一月目、重蔵が分け入っているのは、関西地方のとある禁足地。
市街地からは数十キロは離れている緑に囲いつくされた深山での出来事。
拝み屋での上司とも言うべき男、呪い屋・仮染の店主、阪鉢 九十九からの頼み事で、重蔵は原生林とも言える獣道すらない山の中を進んでいた。
『あ、打ち合わせ終わり?ほいじゃら、早速ですが出発して下さーい。グーからお聞きになったと思いますが、結構大変な事になると思うんで気ぃ付けて。行ってらっしゃいましー』
話すだけで何かが削られる様な錯覚を覚える喋り方が特徴的な、年齢不詳の男。
少なくとも重蔵が訪れる百何十年も前から、ある土地で仮染は営業していたらしいけれど、それは取り敢えず置いておいて‥‥。
そんな軽い調子で始まった諸々がプロローグを終えて本格的に動き出すべく、未来の為の一時の逢瀬に向けて歩み、時の流れが進んでいくのだった。
□□□
ぬ、何か変なモノローグ的な間隙が有った様な‥‥。
‥‥まぁ良いか。
ともあれ、直接的な出会いとしては至極面白みの無い、と言っても有り触れているとは言えぬ出会いが、儂の封地で起こった訳じゃな。
晩夏の初秋、山々に木々、それらが意匠を移ろわせる様な時期には珍しい暑さに茹だる真昼間を抜けて、辺りは既に夜闇に包まれて久しい頃、稀人の気配を受け取った儂は目を覚ました。
時間は確か、午後と午前の入れ替わる、丁度そんな時じゃったか。
あ?まぁ、そうじゃな、午前0時くらいじゃったか‥‥。
詩的な表現なぞ出来るか。儂はただの式神じゃ。
っと、そうそう、丁度日付も変わる頃合に、重蔵は山に踏み込んできた。
当時は夜目が利いたと言っていたが、元々所詮は人間の目。
真夜中の、それも夜明りも届かぬ森の中とあっては、自慢の両目も十全に力を発揮する事は出来なかったのだろう。
重蔵が封地に這入った瞬間に放った儂の一声で、簡単に吹き飛びおったわ。
‥‥ただ、まぁ‥‥、それが不味かったんじゃろうなぁ‥‥。
重蔵はそこから獣すら通らぬ夜の森を、最速で最短距離を駆け抜けてきおった。
事が終わって後、歩いて降りるに4時間かかった山道を、有ろう事か10分かからずに儂の許へと辿り着き、声をかけてきた‥‥。
忘れもしない、流石に儂も固まったよ。
◇◇◇
「夜分遅くに失礼します。私は廿と申します。こちらにお狐様はおられますか?」
夜の夜中に人気の無い山奥で、小さな社に向かって一礼の後に声をかける青年が一人。
もしも第三者に見咎められれば、それだけでホニャララ認定される奇行をしでかした青年。
勿論、三代重蔵だ。
つい先頃、昼過ぎに市街地を出てから十数時間の行軍を経て、上司の阪鉢から聞いていた目的地の入り口である、山間の釣り橋に到着。
同じく阪鉢の下で働いているグーと呼ばれている少女のアドバイスに則って、礼節を第一に考え、橋を渡り切った所で「お邪魔します」の一言と同時に一歩を踏み出した。
返礼は大地を揺すぶり、大気を震え上がらせるほどの地鳴りの様な爆音と豪風で、ごく平均的な身長・体重しかない重蔵は、いとも容易く吹き飛ばされて釣り橋の中央辺りに激突。
そのまま橋の崩落に巻き込まれれば、崖下でひき肉かミートソース状の「人だったモノ」に変身していただろう状況で辛くも生還し、そこからは音と風の発生したであろう方向へ向けて、少し急いで森の中を駆けて行った。
因みにこの時、最初の「お邪魔します」は、目的のお狐様がお休み中で耳に届いていなかったらしい。
夜の森を驚くべき速度で踏破した重蔵に返答を返せないままだったお狐様と呼ばれた【何か】が、重蔵に向けて二言目を発したのは、直接邂逅から数分が経ってからだった。
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『‥‥此処が何処かは分かっておる様じゃが、人間風情が思いあがるなよ』
最初の遠吠えから十数分後、儂の二言目は確かこんな感じじゃったかな‥‥?
随分と攻撃的?
いや、それはそうじゃろ。
何せ事前に話は通っておったんじゃからな。
重蔵が封地に来るのは、重蔵が生まれる前から知っておった。
その目的も、本当の理由も、そして儂がどうするかも、予め決まっておったのよ。
忌々しい事に、その契約を履行させられるべく長い長い間、人も踏み込まぬ山奥の小さな社に閉じ込められておった訳じゃな。
あ、なんじゃったか、そんな物語が大陸に有ったような‥‥。
おっと、いかん。話が逸れる所じゃった。
因みに契約が交わされてからずっと、タヌキが儂の封地を管理しておった。
勿論、化生の類のタヌキでも、普通の動物である狸でもない、タヌキジジイとかそういう感じの言い回しじゃな。
それがあの阪鉢九十九じゃった。
化かし合いも企み事も、何の意味もなさぬ力量差で、押し込まれる様に契約させられた。
『少しばかり力を拝借したいので、ちょっと長い時間になりますがここで人を待っていて下さい』
殆どの力を失い、後は消え去るを待つのみとなった儂に、九十九はそう切り出した。
次いで曰く
『
一つ、廿と名乗る青年が現れたら、少し脅かす事。
一つ、それまでの間、どれだけの月日が過ぎてもこの場所に留まり続ける事。
一つ、その青年と共に行動し、可能な限りの手助けを行う事。
全てを守れば、晴れて自由の身です』
なんともふざけた話じゃな。
そんな訳で、腹いせも少しは混じっておったかの。
社の中から、外に居て顔も分からぬ重蔵に、ほんの一、二割程度の呪詛を叩きつけた。
儂も一昔前は荒神として祀られておったからの、本気を出せば山の一つなぞ容易く吹き飛ばせるだけの力が有った。
人里ならば軽く二桁はイケるかの。
畏れ慄くが良い。
‥‥まぁ、重蔵には普通に受け流されたんじゃが‥‥。
そもそも、タヌキめが重蔵に貸し渡しておった式神がズルい。
格が劣るとは言え、力だけなら儂の半分程度有る者共じゃ。
そう、共。
まさか7体も式神引き連れて来るとか思わんじゃろ、流石に‥‥。
◇◇◇
さて、事の発端が何時、何処であったかすら判然としない程昔の話なので、少し曖昧になるが振り返ってみよう。
有る所に、諸国を行脚する一人の少年がいた。
遠い遠い未来の世界を見るに至った、数奇な運命を辿る少年だ。
この時代、まだ地上と天上、そして死者の国がまだ確りと別たれていなかった時分。
少年は、止むに止まれぬ事情で旅をしていたのだが、ふと立ち寄った宿場町の馬屋で天啓が如く、彼の知らない世界を見た。
見た事も無い猛獣と大きなトカゲが争う世界。
宙に浮く鎧兜が、不思議に舞う四角い世界。
見上げるほどの巨大な箱の中にはこれまた巨大な人が閉じ込められており、色取り取りの塊が忙しなく動き回る、慌ただしい世界。
他にも数多の世界を見、それらが泡沫の様に弾け、消えゆくのを見た少年は、種をまく事にした。
特に確信が有った訳ではない。
寧ろ、イの一に己の正気を疑う程に、驚くべき世界を見たのだから。
それでも旅の中で不思議な出来事に直面した少年は、自分勝手ながらも世界を守る為に立ちあがり、行動を開始した。
先ずは手始めに、自分の手足を集める新しい旅を。
□□□
儂の放った呪詛を軽々と受け流した重蔵を見て、次にタヌキと相対した時は丸齧りにしてやろうと決意したもんじゃが、その後は別に力比べなんぞをするつもりも無かったからの。
普通にお互いの事情のすり合わせをして、重蔵に着いていく事になった。
儂とタヌキは、重蔵と儂が契約を結ぶ約束はしておらんかった。
それでも結局、簡易的に式契約を結んだのは、儂がタヌキの思惑通りに動く事が厭じゃったからじゃろうな‥‥。
こうして始まった数年の内、この邂逅からの三月は、儂にとっても地獄じゃった。
海の向こうで悪魔を退治したり、化け物を捻り潰したり、何処に居るとも知れん古い神々を探しまわったり、な。
それが終わって、重蔵は拝み屋の一本に絞って数年を過ごし、それを終えて新しい世界に踏み込もうとし、今は夢想していたのとは余りにも乖離した世界に身を置いておる。
儂も結局、ズルズルと同じ運命を歩いておるが、自由の身はまだ遠そうじゃな。
何とも言えん、ままならん世の中じゃ‥‥。
と、昔話はこのくらいにしておこうか。
ほれ、重蔵。声が聞こえるじゃろう。
何時までも寝ておらんと、目を覚ましてこの小娘を血祭りにあげんか!
そろそろ儂も限界じゃ、いい加減に起きんと、本当に終わってしまうぞ。




