♯81 旅の途中 ―夜闇鳥の嘯き the END of,,,
ふぉあああああああああ!
ソロモンよ!わたしはかえっt
重蔵の眼前に佇む女神の使徒から迸る閃光が、既に落ち切っている夜の帳を撃ち晴らして数秒後。
晴天を泳ぐ雲を切り抜いた純白のローブを纏った女神の使徒と赤黒い毛並みに黒い鎧を纏った獣人が、青白い月光の下に姿を表した。
全霊の魔法の行使によって片腕を突き出したまま肩で息をする使徒が、獣人に向けて振り絞るように、しかし満足げに声をかける。
「‥‥まさか、避けられるとは‥‥、思いませんでしたね‥‥」
砂地に手を付いた状態で獣人を睥睨する視線の主は、膝をついて肩で息をしていた。
その先に居る重蔵は両手に掴んでいた異様な刀剣を大地へと手放し、頭を抱えて苦しんでいる。
女神の使徒が放った魔法を回避し切れず右肩に受けてしまい、右腕全体の感覚が消えていた。
片腕が何処かへ消えたとすら思える喪失感の代わりに重蔵を満たすのは、魔法の燐光を両目で捉えた直後その頭に襲いかかってきた途轍もない破壊力を内包する苦痛。
全身を怖気が包み、アウリョイナとの戦いで熱くなっていた筈の体が、今はガタガタと震え続けている。
女神に連なる者達が使う[女神の声]という魔法。
手首に燐光を宿す羽を複数展開し光の輪を象るその魔法の効果は絶大で、直撃を受けた場合は対象者の力が行使者の望むままに奪われる。
「ふ、ぅふ、‥‥ぐうぅ‥‥!」
「――――。」
呼吸すらもままならない状態の重蔵を見つめるアウリョイナは、荒い呼吸を繰り返して繰り返すだけで新たに言葉を紡ぐ事は無かった。
まだ日の高い頃から続いていた派手さの無い地味な消耗戦は、重蔵の継戦不能で一時的な決着を見る。
その決着は、彼女にとってもっと恐ろしい結末を待つだけの瞬きに等しい短さではあるものの。
■■■
蹲って頭を抱える獣人を前に、早鐘を打つ胸を抑えつけながら呼吸を整えようとしている女神の使徒は、額に玉の汗を浮かべている。
普段から必要に応じて使っていた同輩達とは違い、アウリョイナにとっての[女神の声]は他人の一部を自身に受け入れる不愉快さ―宛ら毒を流し込まれる様な忌避感―が前に立つ物だ。
それこそ、ケルツォーバ辺りは、己を高める為にどんなに小さな力でも取り込むべく乱用とも言える頻度で使っていた様だけれど‥‥。
『キモチワルイ‥‥』
果たして、数十年、或いは百余年ぶりに発動した魔法が彼女に与えた影響は少なくとも良くない物で、ハイリスクであり、ローリターンだった。
疑問を解消するに至る形跡は無し。
手に入った魔法とスキルは[理解]と[黒煙]。
[分解]と[黒炎]、それぞれの下位互換と言える。
文字通り対象を構成する全てを[理解]する魔法と、目くらましにすら使えない様な小規模の煙幕を振りまくスキルの[黒煙]。
いくら命中せずに掠っただけとは言え、ここまで結果が芳しくないとアウリョイナには苦笑しかなかった。
何せ視界は不快感に滴る汗で滲み判然とせず、動悸は平時に近づき始めていると言っても未だに拍動を弱めないで己を苛むままなのだから。
おまけに自分の中に別の誰かが居る様な不快感が、前回この魔法を使った時に比べて嫌に大きいのだ。
恐らく三桁に及ぶ歳月が経過しただろう前回は、魔法の深淵に迫っていたであろう人族の英雄を下した時だった。
知識と経験は女神の使徒であるアウリョイナ達にとって、さして大きな収穫には成らなかった。
しかし、夥しい数の屍で築かれた山を踏み越えた戦闘経験。
それによって英雄に蓄えられていた【レベル】は、アウリョイナを秘かに傲慢にさせるに足る力を持っており、成程ケルツォーバを筆頭に彼の魔法を出来る限り使おうとする者達が居た事にも得心がいく。
『失敗‥‥か。なら次は‥‥』
目の前に蹲ったままの獣人に入手したての魔法を使うも失敗に終わる。
恐らく彼我の戦闘力や習熟度による優先度が働いたのだろう事実だけを受け止め、次に魔法のランクアップを図る。
これが上手くいけば、恐らく[理解]は[分解]に成長する筈だ。
前述の通りアウリョイナが他の使徒達と同じく魔法を乱用していたならば今回の戦闘がここまで長引く事は無かっただろうし、古代の結界魔法モドキを発動する必要もなかっただろう。
しかし、今までに余り[女神の声]を使ってこなかったのは、自身の感受性の高さがマイナスに働いたからだ。周りからの影響を受けやすい彼女が、魔法の使用を控えていたのも無理からぬ話。
『魔法の進化も出来ない‥‥?スキルも発動すらしない‥‥』
そうして、気の進まない魔法を使って得られた結果が【使いこなせない魔法】と【発動すらできないスキル】の入手なのだから目も当てられない。
『こんな事なら、もう少し練度を上げて置くべきだったかなぁ‥‥、これじゃケルツォーバ達の事笑えないや‥‥』
しかしレベルは奪えた。目的は果たせなかったけれど副次的な成果としては十全だ。
目的の達成についての、ちょっとした理想と現実の差に落胆しながら思考を続けるアウリョイナの意識は、既に目の前の獣人から大きく逸れている。
『魔法の成長は有る程度の使用による習熟度の向上か、自分の経験値を使っての強化‥‥』
自身の仕える女神が関係している世界の法則に思索を巡らせるアウリョイナの視界には、既に重蔵の姿は映っていなかった‥‥。
■■■
暗く淀んだ泥の中に沈んだ時と同じ感覚を、戻った意識が受け取っている。
覚醒した意識は周囲の状況を確認しようとこの世の終わりを錯覚する程に痛かった頭を必死に働かせて視線を操っている。
簡潔に言うと、気絶していたらしい意識が急激に僕の下に戻ってきた感じだ。
【意識が戻った】とは言え、体の感覚は五感を含めた全てが職務を放棄しており未だ夢の中に居る様な錯覚すら覚えている状態である。
先程まで何をしていたのかすらよく分かっていなかったりして、僕としては焦っていたりするのだけど、言葉すら出せない様で手が打てなかったりする。
瞼の中で眼球が忙しなく動いている筈なのに、その動きすらされないという事態に覚醒した意識だけが焦れている状態と言える‥‥。
『六呂、皆は‥‥六呂?』
仮初めの相棒に意識だけで呼びかけて戦慄した。
六呂どころか、式神達の反応が一切返って来ない‥‥‥。
まるで地下室やエレベーター内で携帯電話の電波を探る様な感覚だ。
声も出せない。体も動かない。
それどころか‥‥
『体の感覚すら無い‥‥?』
急激に襲ってくる焦燥感に身を焼かれ、心拍数が上がっている筈なのに自分の鼓動すら分からないという恐怖。
そこまで意識が動いて漸く僕が置かれていた状況が頭に入りこんできた。
戦っていた筈の女神の使徒の存在‥‥。
負けて命を落としたにしては、意識だけはハッキリしている。
『そうだ、確か女神の使徒の手がべらぼうに光って‥‥』
魔法が肩口を掠って、直後に頭痛に襲われて意識が途絶えた。
そこまで思い出して冷や汗‥‥が流れている感覚は相変わらず無いけれど、嫌な予感が鎌首を擡げる。
『マンガやゲームで見たこと有る‥‥』
頭に浮かんだのは封印という単語。
漸く異世界での生活に順応出来はじめ、大切な人達と生きる為に動き始めたばかりなのに、これでは受け入れてくれた皆に合わせる顔が無い。
置かれた状況は不明。
式神達の生死(?)も不明。
彼我の現況も不明。
全く以て分からない事だらけだけれど、先ずは現状の打破を目標に思考を始めよう。
『――――――』




