♯79 旅の途中 ―戦いと戦いと、~Same old same old.~
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バトル、スタートです。
「何が始まるんです?」
「大三次大戦だ!」
なんてやり取りは勿論していないけれど、焦げ茶色の髪に中性的な顔、全身を白を基調とした豪華な金糸の刺繍が施されているローブで包んだ、背に翼を負っているアウリョイナさんの、一方的な蹂躙宣言を受けて身構える僕。
爆心地は敷地の端辺りである僕の立っていた地点で、そこから目算で深さ10メートル程の深さで地面が抉れている。
あれほど途轍もない爆風が起こったにも関わらず敷地の境界線から外側には全く影響が見受けられず、嫌な既視感に襲われた。
『六呂、あれってもしかして‥‥』
『いや、まだ分からん。が、警戒しておくにこしたことは無いな』
本来なら爆発の衝撃はほぼ球状に広がるはずなのに、敷地の内外を隔てる境界線でも有ったかの様に、まるで壁に阻まれたかの様な形になっている。
「折角ですし、貴女の全戦力でいらして下さい。私は彼の様にはいきませんよ?」
「どなたの事かは存じませんけど、お言葉に甘えさせて貰いますか、ね‥‥!」
一息で距離を詰めるべく、円月と新月をそれぞれ手にし、土台となる結界を踏み切った。
アウリョイナさんの油断に付け込ませて貰おう。
出来るだけ体力を削って、話し合いができる様にしなければ‥‥。
■■■
六呂、円月、新月だけではなく他にも式神を呼び出して女神の使徒に向けて踏み込んだ重蔵が、空中の至る所に生成した結界を足場に立体的な跳躍を始めた。
いくらステータスが上がり戦闘能力が伸びたとは言え、重蔵には真正面からぶつかる気など無く、可能な限り相手の裏をかき、安全に無力化すべきと判断しての行動だ。
跳躍の最中も、鎧の各所に仕込んである投擲用のナイフを投げながら隙を探す。
そんな重蔵からの牽制攻撃を、身を守る為に纏ったアウリョイナの防御魔法が防ぎ、彼女もまた、重蔵を観察する。絶対なる安全圏から。
とは言え、得体の知れない技術で空中を跳び回る獣人を相手に、遣り方は違えどケルツォーバと同じ結末を演じるつもりはない。
別に仲良しこよしで同じ女神に仕えていた訳ではないし、ケルツォーバが死んだところで悲しみ等微塵も感じなかったが、女神に連なる使徒という、この世界での絶対的な存在に対抗できる人間を放って置く事は出来ない。
彼の最期を知っているアウリョイナが、頭の中で次に飛び交うナイフの軌跡を予測して、そこに向けて魔法を放つ。
いつまでも様子を見ている訳にもいかない。
「[女神の風]」
最初に立っていた空間から、果てしない圧力を伴った風の魔法が重蔵を目掛けて突き進んだ。
■■■
轟音と共に飛来する魔法に気が付いて回避行動を取ろうとした僕に、今まで何事かを考えていた六呂が口を開いた。
『重蔵、防御だ』
言うが早いか、僕を経由して刀鴉の結界が発動した。
『ちょっ‥‥!?』
不意に魔法を撃つ構えを見せたアウリョイナさんの掌から放たれた、目に見えない塊が認識できなくなり、頭上に展開されたばかりの結界に衝撃が走る。
長大な杭を大地に撃ち付けた様な音がビリビリと結界を揺らし、魔法に込められた魔力の大きさが窺えた。
『魔法を転移させた‥‥?』
『設置しておいた罠の可能性も有るが‥‥、何か妙だの‥‥』
何が、と聞こうとして、構えを解いたアウリョイナさんを視界に捉えたまま、空中を跳躍し続けている僕の目の前に不意に3立方メートル程の鉄塊が現れた。
あわや激突。と思うも、何とか体を捻る事に成功して、その鉄塊を回避する。
今のはかなりギリギリだったな‥‥。
体勢を変えて鉄塊を踏み台にする事も考えたけれど、アレ自体が罠の可能性も有るし迂闊に触れない方が良いと思う。
兎も角、今はナイフを投げ続けるしかない。
状況を覆す為にも、先ずは地道にコツコツと。だ!
なんて、本腰を入れてみたものの、鉄塊が初めて登場してからかれこれ数十分が経つというのに、未だに投擲ナイフが当たる気配が無い。
フワフワと漂いながら、時々こちらに魔法を撃っては来るけれど、アウリョイナさんの魔法は初動を目視してから十分に回避できる程度で、最初の風属性的な魔法の様に変なところから現れたりもしない。
加えて、不意に現れる鉄塊についても、殆ど牽制なのだろう。
あまり当てる気が無いのかと思うくらい、初弾程の危険性は見受けられない。
全く、ステータスが上がって、少し気が抜けていたのかも知れないな、僕は‥‥。
相手は言うなれば神の使い的な訳だし、舐めて掛かって良いハズが無い。
女神の使徒を両目で捉えながら、両頬に張り手を決めて、気合いを入れ直した。
■■■
重蔵が気合いを入れ直していたその時、アウリョイナの心は穏やかではなかった。
何せ動きを分析して予測しながら魔法を放っているのに、その尽くが掠りもしないのだ。
勿論、ケルツォーバと獣人の戦闘記録も確認しているし、憎き第一位の秘匿していた情報もほんの一部では有るが、先日漸く確認できたのだ。
『あの女狐‥‥、何を企んでいるのか‥‥。女神様の第一の使徒とは言え、勝手な行動は‥‥、いえ、今は分析に集中しなければ』
心の中で毒づくも、真意が分からない以上はどうしようもない。
それに、今は目の上のコブで有ったあのいつでも笑顔の厭らしい女も、黒い魔法を回収してから一向に姿を現さないのだ。
女神の使徒としての全権限は、今現在、自分達の下に有る。
あせらずに少しずつでも、力を蓄えなければ。
さて、確認できている獣人の近接戦闘での動作ははっきり言って出鱈目だ。
幾ら驚くほどの能力値――それこそ、女神の使徒に迫るほどの力――を持っていても、あんなに好き勝手に等、本来動ける筈が無い。
それこそ格闘戦で他の追随を許さない、使徒随一の筋肉バカですら、あんな動きは出来ないだろう。
というか、ケルツォーバだって、魔法よりも剣術が得意なタイプだったのだ。
そこに加えての独自魔法[破滅の熱球]で、戦闘面ではかなりの強者だったけれど‥‥。
だからこそ、直接戦闘では魔法に重きを置くアウリョイナが、偶然見つけた形とは言えケルツォーバの行方不明に至る経緯を利用する為、一人で此処に来たのだ。
各地に散らばる同類達は、そもそも他の動向に注意を割く気は無いだろうしチャンスだと思ったのだ。
まぁ、今の状況は、彼女にとっては思ったよりもハラハラする展開になってしまってはいるのだが‥‥。
『そろそろ切札を一枚切りますか‥‥』
このままでは埒が明かないと判断し、攻め方を変える。
彼女が失われた古代の魔法を発動するのと、重蔵が今までとは別の結界を発動するのは、奇しくも殆ど同じタイミングになった。
魔法による戦いの派手さは無いが、ジリジリとお互いを削るような焦燥感が辺りを蝕み始める。
■■■
「あなたの使う結界とは、随分違うでしょう?」
これを突破できる程の相手なら、危なかったかも知れませんね。と、勝ち誇った様なドヤ顔で付け加えられ、周囲の気配を探る。
気合いを入れ直して特攻をしかけた僕を待っていたのは、僕の攻撃を受け止める、魔導輪の浮かばない不思議な壁。
レクスやアーサー、村の皆の中で使える人に教えて貰った防御魔法とは一線を画するその壁に、素直に驚いてしまったけれど、本当にどうなっているんだろう‥‥。
不意に両手を大きく掲げ――それこそ、メシ夫を彷彿とさせ――るポーズを取ったかと思うと、空間を満たす様に不思議な雰囲気が充満し、僕の全身には倦怠感が走った。
直後に何とかアウリョイナさんの直ぐ近くまで到達出来たというのに、円月で渾身の一振りを放ったけれど、ギシリと軋む様ないやな音を発して彼女の目の前に、切っ先を受け止める形で壁が現れたのだ。
とても分厚い、防弾ガラスもかくやといった頑丈そうな、アウリョイナさん曰くの結界‥‥。
どうやら確かに僕の使える結界とは違う物の様で、距離を取る為に跳ね回りながら探った周囲には皆以外に式神の気配など全くない。
「この世界には、結界と呼ばれる魔法が存在する。ということですか‥‥」
「惜しいですねぇ、存在した。というのが正解ですよ」
うん?【した】?
僕の顔に疑問の色が色濃く出たのだろう、アウリョイナさんが注釈を入れてくれた。
「勿論、私が今使っているものも、確かに結界で有ると言えます、しかし、本来の、太古の昔に失われた、所謂ほんとうの結界魔法とは別物なんですよ。私達は、普段は魔法の研究もしているんですよね」
勉強家でしょう?とおどける彼女は、相変わらず目元を窺う事の出来ない勝ち誇った笑みである。
なんかイラっとしたので、皮肉たっぷりに偉いと思います、素晴らしい。とだけ返しながら、クレーターの上に有る結界に着地した。
それにしても、彼女の結界が発動した途端、足場に使っている結界に異常が発生している。
発動している結界の内、ほんの一部だけがクッションを挟んでいるみたいな違和感が有るのだ。
それで踏切が上手くいかないとまでは言わないけれど、気を取られてしまうと戦況が傾きかねない‥‥。
『六呂、結界に干渉されている可能性が有ると思うんだけど、どうかな?』
『‥‥すまん、今のところ儂には分からん‥‥』
『Oh...』
踏み台にしている結界は、六呂が僕経由で勝手に刀鴉の結界を使い始めてから半数以上の発動を任せているんだけど、どうやらそこに何らかの干渉が有る訳ではなさそうだ。
勿論、決定的な証拠も無しに断定する事は出来ないけれど、いつか足元を掬われそうで嫌な予感がする‥‥。
「全く‥‥、面倒臭いなぁ‥‥」
毛色はまだ黒くなっていないけれど、このままじゃ対話や交渉なんて出来そうに無い。
本当に、どうしてこう面倒事が降りかかってくるのか。
もとい、手ぐすね引いて待っているのやら‥‥。
肩を落として溜息を吐きながら、相変わらずの笑顔のまま、小首を傾げるアウリョイナさんに目を向けた。




