♯78 閑話 一、元冒険者の忙しない日常 二、東の勇者 三、レーネと重蔵 ―命短し、笑えよ乙女
「いよぅし!それじゃ我らが教え子の、英雄級昇格を祝って‥‥乾っ杯!!」
セルバ王国、王都スメイでも一番の酒場で、大喝采が巻き起こる。
嘗て魔法と剣の才能を如何無く発揮して人々を救ってきた冒険者の、新たな門出を祝う祝宴の始まり。
彼の周囲には、下は見習から、上は現在の彼と同じく救世主とまで謳われるオウラ級まで、ありとあらゆる人間が集まっていた。
因みに此処にいるオウラ級以上の冒険者は、乾杯の音頭を取った子供エルフのロルド・アルゼノと、剣聖と呼ばれるテヘラフェルト・アーズナー。
そして、この日の正午に新たにオウラ級と認められた、バル・エネス・ソルザードの三名だ。
アルゼノは覇の拳王と呼ばれる、エルフの子供でありながらも、近接格闘限定であれば単身で一国の軍隊を殲滅出来る程の力を有する、謂わば生ける伝説とも言われる大英雄級の冒険者。
アーズナーは嘗ての大戦で正しく一騎当千の大活躍を見せた壮年の人種であり、バルの剣才の限界を突破させた師匠で、バルが戦う力を失った後、共に一から冒険者としての活動を始めた厳しくも優しい男だ。
弟子よりも一足先にオウラとなっており、未だ衰えを知らぬその力は、各国の冒険者達を鼓舞した。
そして、力を失いながらも、困難を打ち破り再び戦う為の手段を取り戻した、新たな英雄、バル。
彼のここ数カ月の血の滲むような‥‥、否、文字通り血塗れの修行は晴れて実を結び、冒険者としての最高峰に登り詰める事すら夢では無くなった程の、不屈の勇者。
大昔に起きたという、人と魔王の戦いの物語を彷彿とさせる偉大な剣士だ。
「皆様のお陰で、私は再び人々の為に戦う事が出来ます。この日の事は、い「そういうの良いから飲もうよー!」」
自由奔放な真の最高峰には、偉大な剣士も形無しだった。
或る時は魔物に襲われた集落の復興を手伝い、或る時は商人達の道程を守り、或る時は増えすぎた魔物の集団と戦った。
そしてその総てにおいて寝る間も惜しんでつけられた、冒険者としての依頼よりも命の危険を伴う師匠達の稽古。
新たな英雄、バル・エネス・ソルザードが必死に戦った忙しい日々は、何年もの後に冒険者ギルドで語り継がれる事となり、最終的にはオウラ昇級後の戦いも含めて【不遇なる真の勇者】の称号を冠せられる事になるのだった。
オウラ級冒険者バル、新しい旅立ちの、ほんの始まりの出来事だ。
◆◆◆
不遇なる真の勇者がオウラに昇級してから数日後、冒険者ギルド本部の会議室には棒立ちになっている一人の男と、彼を前に大きなテーブルに着いた数名のギルドの長が集まっていた。
本来、オウラへの昇級は一段階下の騎士級となった後に何度も功績を上げ、複数国家と全ギルドの承認が必要となる為、申請してから認可されるまでに半年以上を要する場合が殆どだ。
しかし、棒立ちの男【東の勇者】の称号を持つ、アーサー・レベット・フォン・グレッドナッドは戦の絶えない帝国民で有りながら、冒険者としての生活に血道を上げる変わり者であり、そしてその実力は勇者の称号を与えられるに相応しい物だった。
領土のトップが争い合う地域において、一番の問題が治安の悪化。
それまでは助け合っていた隣人ですらも些細な切っ掛けで豹変する社会。
領主を守る兵団は略奪を行い、領民は明日を生きるにも心許ない生活を余儀なくされる事も多い。
そんな中、治安の維持から復興を。
戦乱に喘ぐ病人やけが人の救出を。
共に畑を耕し、国土を巡り、人々を助ける無私による奉仕行動。
それらを自らギルドに提案し、協力者を募っては人々の為に動く彼は、子供の頃の奔放さを残したまま、正義感で自身の親さえも切り捨てる、或る意味異様な性質でもって、領主になり、そして自国を旅立った。
正義の味方になる為に大国の皇帝をすら言いくるめるという偉業を成し遂げて。
つまり、昇級に足る実績が有ると言う事で、申請から認可までの異例の最短記録を樹立する事となったのだ。
「うん、クロスア以外の結構な数の国長と、全ギルド長の承認を持ってアーサー・レベット・フォン・グレッドナッド。君の昇級を認めさせてもらう。今日から君も人々の希望、高位冒険者の一員として、引き続きギルドへの協力をお願いするよ」
清廉な印象を放つウサギの獣人、ギルド本部の長であるパーロ・フェイン・ネレスが、その権威や驕りを全く感じさせない、悪く言えばかなりフランクな態度でアーサーに告げた。
ネレスも含め、その両側に控える他国のギルド長達に視線を巡らせてから一礼するアーサーは、とても嬉しそうに威勢良く返事を返す。
「はい!全力で当たらせていただきます!」
その場の全員が深く頷いて、任命式は恙無く完了した。
「失礼します!!」
と、室内の雰囲気を霧散させる勢いで侵入してきたギルド本部職員が、真っ青な顔でネレスに向き直るや、発言の許可を得るのも惜しいとばかりに口を開く。
「現在ベイン帝国支部から緊急救援要請が有りました!ソベルオ大陸南西より、巨大な魔物が接近中との事でした!要請の日付は昨日となっており、現在確認中ですが最悪ギルド間での伝達にも影響が出ている可能性が有ります!」
現在、各国の技術者が行っている研究は長距離の連絡方法を確立する為の物が多い。
これは、短・中距離であれば魔法で事足りる物ではあるものの、距離が開けば開くほどにお互いの魔法習熟度や魔力量、或いは地理的な障害物(山脈や崖等)の影響で上手く聞き取れない事や時差が生じる事も多く、最悪繋がらない事すら有る為である。
ギルドの本部と支部・支局を繋ぐ、魔宝石と金属や機械部分を備えた魔法回線は最先端の技術ではあるけれど、まだまだ不安が残っている。
信頼性は市井の物よりは高くとも、決して全幅の信頼を寄せるに足るものでは無い。
その為、こういった緊急事態に使われるのは各魔法回線と併せて伝書生物(鳥・魚・虫等)が多く、今回も伝令はソレによる物だったようだ。
つまり、冒険者ギルドのベイン帝国支部内は少なからず混乱している状態であり、魔法技術よりも直接伝令を選んだ可能性が高い。
「情報が少なすぎるな‥‥」
「距離も有りすぎる‥‥、そもそもソベルオの各支部は対応できていないのか!?」
「先ずは落ち着きましょう、冒険者の登録簿から転移が可能な者を見つくろって‥‥」
ギルド長の面々が口々に疑問や提案をし始めた。
「あー、転移魔法なら自分が使えるんですが‥‥」
ネレス以外が驚喜の声を上げた。
アーサー・レベット・フォン・グレッドナッドの、オウラ級冒険者としての初仕事が決定した瞬間だった。
◆◆◆
人種の英雄二人が、各々ギルド本部での昇級を終える数日前の夜。
ドワーフの少女レーネと、その同居人であり被所有者であり破格の加護を与える者でも有る獣人、重蔵が布団の中で睦まじく会話をしている。
二人は、レーネが森へ出た際に意識も無く河に浮いていた重蔵を助けてヴォルパ族の集落へ連れ帰った事で出会った。
集落の有る地域では獣人自体が珍しい、通常の獣人種とは違った姿形をしている重蔵が集落のドワーフ達に受け入れられたのも、この世界の獣人種をよく知らない者しかいなかったから。という理由が大きいが、ヴォルパの人々の穏やかな気質も寄与している。
そんな優しさに囲まれた生活をしていた集落の面々を襲った脅威は、有ろう事かヴォルパの人々と同じドワーフによって齎された。
結果的に村は規模を拡大し、住民の結束は強まったが、この出来事はかなりの数の村人の心を深く傷つける事となった。
レーネも、そんな被害者の一員である。
同族の男達に負わされた傷は、その殆どが最終的には重蔵に移ったけれど、それが彼女を苦しめる事にもなっている。
元々、躊躇無く見ず知らずの異人種を助ける様な優しい少女なのだ。
「ねぇ、じゅうぞう?」
「どうしました?」
重蔵の滞在延長をひとしきり喜んだ後、憂いが色濃く表れた声音が部屋に広がる。
気丈に隠そうとはしていても、その声の震えに気が付いた重蔵が優しく声をかけた。
「ずっとね、考えてたの‥‥。じゅうぞうが助けてくれたときのこと」
「‥‥はい」
「私ね、たすけてくれて嬉しかったの。じゅうぞうがきてくれて、みんなが痛いことされる前にたすかって良かったって思った‥‥」
でも。と続ける彼女の声は、既に震えを隠せない程に泣いていた。
涙を流さずに泣いている様な、心が痛む声。
そんな彼女の頭を愛しむ様に撫でながら相槌を打つ。
「でも‥‥、じゅうぞうがたすけてくれたのに‥‥、だいすきなひとが辛い思いをして、私をたすけてくれたのに‥‥、じゅうぞうに私とおんなじ傷ができて‥‥」
必死に堪えていた涙が零れた。
「ごめんね‥‥、ごめんなさい‥‥、私、よろこんだ‥‥。じゅうぞうが私と一緒になって‥‥喜んだ‥‥」
いたいとか、こわいとか、つらいとか、くるしいとか、かなしいとか、彼女が受けた肉体的、精神的苦痛は、特殊なスキルを使って請け負った重蔵を苛んだ。
重蔵は当初その事実を隠そうとしたものの、そもそも人の心を察する事が出来る優しい少女には。
重蔵に恋する乙女のレーネには、あっけなく看破されてしまった。
だから重蔵は、冒険者だの他国を見てみたいだのと、何かと理由をつけて逃げる様に一度村を離れたのだ。
勿論つけた理由についても本心からの目的ではあるけれど、自身が彼女の傍を離れる事によってお互いの自責の念が大きくならない事を期待していた部分だって、理由の半分を占める。
溢れだしたレーネの涙を拭いながら浅はかさを後悔する重蔵に、更に言葉を紡ぐ彼女は、泣きながら縋り付く。
ごめんなさい。と、何度も何度も泣きながら謝るのだ。
何も悪い事をしていない。
善良な一人の少女が。
いくら傷の殆どが彼女の下を離れても、最初に実害を被ったのはレーネなのだ。
罪のない彼女が、大切な人が泣きながら謝るなんて、辛すぎる‥‥。
だからこそ、重蔵の失態で彼女に負わせた新たな心の傷が、彼の心を切り刻んだ。
『僕は‥‥、何のために強くなろうとしてたんだ‥‥』
彼女から奪った物とは別の、苦しく、悲しい、嫌な痛みが胸を締め付ける。
そんな痛みを押し殺すように、そして彼女の謝罪の言葉を押し込める様に静かに、レーネを抱きしめる腕に力を込めた。
そうして暫く静かに抱き合ったまま夜風や虫の声を聞いていた重蔵の耳が、胸元からのレーネの声を招き入れる。
「あのね‥‥、じゅうぞう‥‥」
「はい‥‥」
先程とは少し違う、強い意志のこもったレーネの声。
「‥‥私に悪いって思わないで‥‥、出来れば、‥‥ずるいかもしれないけど、聞いてほしいの‥‥」
はぁ。と胸元に当たる温かい溜息が、意思の強さを表わすようで。
贖罪を含めずにと、先手を打たれて釘を刺され、少し身じろぎをしてしまった重蔵が返答し、次の言葉を待つ。
「あっ、あたし‥‥、じゅうぞうが‥‥あなたがっ」
しゃくりあげながら言葉を続けようとするレーネを抱きしめて、あやす様に背中を撫でる重蔵も涙を堪えながら言葉を漏らす。
「レーネさん‥‥、大丈夫‥‥、僕は此処にいますから、ゆっくりで良いですから‥‥」
お互いが泣きながら、お互いが相手を想いながら、涙を流す。
「汚い女の子でごめんなさい‥‥、いやな子でごめんね‥‥、っ、じゅっ、じゅうぞうが私の事きらいでも‥‥、あなたをすっ、‥‥すきで、好きで、いたいの‥‥」
最後に自信が消えうせた調子で、いいですか?と続けるレーネの声は、まるで凍えているかの様に、儚げに震えていた。
決壊した二人分の涙声が、暫くの間部屋の中を満たし続けるけれど、それは誰にも咎められないくらいに小さく、か細く、弱々しいものだった。
なかなかの長時間、レーネを抱きしめ続けていた重蔵の手がしびれ始めた頃、意を決して重蔵が口を開いた。
一度逃げ出した男の‥‥体の構造は女ではあるけれど、心は男のままの重蔵の独白。
レーネを助ける際に、もう少し考えて、もう少し早く行動していればもしかしたら彼女が苦しまずに済んだかも知れない、己の至らなさを棚上げして。
「レーネさん、気が付いたんです、僕。貴女の傷を受け取ってから心の底に溜まり続けてる淀んだ黒い塊は、どうしたら消えるんだろう?って」
腕の中で身を固くするレーネを優しく抱きしめ直し、勝手な言葉を繋ぐ。
「簡単な事でした、レーネさん。僕はレーネさんに笑っていて欲しいです」
「‥‥笑っ‥‥て?」
泣き腫らした目で、おっかなびっくり重蔵の顔を見つめ始めるレーネに、言葉を贈る。
勝手に傷を共有しておきながら、その辛さを十全に理解しながら、笑顔を向けて。
「僕の心が安らぐのは、レーネさんの笑顔を近くで見ている瞬間ですから」
「レーネさん、僕もあなたが好きです。大切に思っています」
依存的な共鳴、一方的な共感かも知れない愛情の種は、それでもしっかりと芽吹いていく。
いつか花を咲かせる為に。
優しい女の子の心理描写とか、おっさんには難しすぎるよ、パトラッシュ‥‥。




