♯68 旅立ちの前 ―ドワーフの少女と獣人の乙女(仮)
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これは僕達ヴォルパ村の住人があの事件を乗り越えた後のお話。
色々と面倒事に巻き込まれた今、ちょっと前の出来事を思い出して打開策を得ようと、思い出す事にしたのだ。
決して、現実逃避等ではなく。
▼ヴォルパ村 レーネの家
「じゅうぞう、こっちきて」
村の皆からの鬼気迫る謝罪の波をなんとか受け止めてからそろそろ一時間くらいだろうか。
念の為に見回りをしている間もずっと僕の背中から離れなかったレーネさんが、今は僕の目の前。
小さな食卓の向こう側で、自身の隣辺りの床を手で叩きながら、此方をじっと見つめてきている。
レーネさんには魔法とスキルで体を分解して作りなおしたと伝えたけれど、実際はスキル[カミオロシ]を使って雀禍のスキル[カタガワリ]と[イタミワケ]を一時的に借り受け、彼女が負った傷を僕が引き受けた上で精神的なダメージの半分くらいを回収したのだ。
なので今現在、僕の精神状態は最悪だったりする。
今は体の構造がモロに女の子なので、なおさら気持ち悪い。
イタミワケを使った際に普段の彼女からは考えも付かない様なドス黒い感情が流れ込んできた時は、何となく安心したけれど。
聖人君子って訳じゃないけど、なんとなくレーネさんの事を神聖視していたのかも知れない
命の恩人と言えばそうなので、あながち間違いではない様な気もする。
まぁ実際は、分解したって元通りに再生出来るとも限らないし、あの時の僕に出来た限界が、そこまでだっただけの話だ。
六呂が作った不思議空間でのレーネさんは、空間内限定で肉体と精神が分けられた状態だったので、多分バレてはいないと思うのだけど、彼女の真面目な顔を見るに、可能性が皆無とは言い切れないのが恐ろしい。
出来ればお手柔らかにお願いしたい‥‥!
助けに入るのが遅れたから、何を言われても甘受するつもりでレーネさんの隣に正座する僕。
そんな僕の頭を、立ち上がって抱きかかえるようにするレーネさん。
緊張からか、それとも色々有って精神的に落ち着いていないのか、彼女の慎ましやかでありながらも確りと自己主張をする胸を挟んで、普段よりも少しだけ早い鼓動が僕の頭に伝わってくる。
『あ、良い匂い‥‥』
じゃなくて!
「あの‥‥、レーネさん?」
「あのね、リクロ?さんから聞いたの」
あんにゃろう、何を喋った!
あわてて視線をやると、退屈そうに浮かぶ半透明の六呂が宙に浮いていた。
「じゅうぞう、あたしじゅうぞうの赤ちゃんほしいな‥‥」
雷に打たれたかのような衝撃と、数時間前に経験した有り得ないくらいに不愉快な経験(レーネさん経由)が僕の脳みそを頗る揺さぶった。
盛大に嘔吐して目の前が真っ暗になる。
『レーネさん済みません‥‥、今の僕には色々と理解が出来ない様です。あと六呂、ひと段落したら覚えとけよ‥‥!』
そんな事を考えながら離れていく意識を呆気なく手放し、レーネさんのおへそから下の全部を僕の胃液まみれにして、深い眠りに落ちた。
■■■
商業都市の貴族、ゾベル・フェイン・クローシュメル男爵率いるヴォルパ村調査団の凶行が収束して翌日、事件の首謀者たる調査団の面々と、村の主要人物たる族長のバーン他数名のドワーフ、そして事件の被害者と言って差し支えない人災を被った重蔵と、地下に囚われていた者達の代表としてレーネが村の集会所に集る事になっている。
朝起きてすぐの時は毛色が赤くなっていた重蔵が、既にその身から六呂が抜けているにも関わらず集会所に向かう為に家を出ようとした瞬間に再び全身の毛が黒く染まってしまったのは、その身に宿す怒りが収束していない事の証左と言える。
レーネの受けた精神的、肉体的苦痛のそれぞれを文字通り肩代わりした為、実被害者のレーネよりも怒りが収まらないのも仕方が無い事だった。
「じゅうぞう、ごめんね‥‥、つらいよね?」
「未だに吐き気がこみ上げてきますけど、レーネさんの替わりだと思えば全然辛くないです、大丈夫ですよ」
強がりは勿論有るが、本心でもある。
逆説的に、それ程まで重蔵の中で彼女の存在が大きくなっている、という事でもある。
『本当、難儀だなぁ‥‥』
心は男でも、体は乙女だ。
精神的なダメージは大きいものの、雀禍の事象の転化で体は元通りになっているので、それだけが救いと言えなくはない。
重蔵自身の救いは、また別の処に有るとしても。
レーネの家を出て数分、村の規模拡大は調査団の起こした事件で今は止まっているとはいえ、それまでの発展については勿論形に残っている。
少なくとも村の内部で起こった破壊として分類されるものは男爵邸の地下室だけで、事件前に改築された集会所も、当然無事だった。
重蔵が目を覚ました土の上に茣蓙の様なものが敷かれただけの土間も、今ではすっかり板張りの会議室である。
そこに集まったメンバーは、何処までも沈痛な雰囲気を醸し出していた。
「‥‥あー、先ずはそうだな‥‥、どうしたもんか‥‥」
こういった事件がヴォルパ村で起きた事は今までにない上、男爵によって一時的にとはいえ正気を失ったばかりか村の発展に寄与した重蔵を裏切った形になったバーンは、族長という肩書に負けてシュンとなっている。
「とりあえず、だが、先ずは重蔵に話を聞くのが筋じゃぁねえか?」
村随一の鍛冶師であるガーバが助け舟を出し、皆が一様に頷いた。
■■■
「まぁ、僕は真相を知る事が出来れば、それで良いので」
有る意味面倒な事態に発展してしまった為、一応本心でもあるし事の経緯を確認させて貰う事にした。
「それでは、男爵の部下三名に話を聞きたいです、どういう思考であんな悪逆非道の凶行に及んだのかを‥‥」
それで良いと言った舌の根も乾かぬ内に全身の毛が逆立った僕。
他の皆と、槍玉にあげられた三名は、かなり委縮してしまった。
反省はしていない!後悔はちょっとだけしてる!
結果として聞けた話は、全く以って不愉快な起承転結で構成されていた。
調査対象の村に変な獣人が住み着いている。
↓
獣人は自分勝手で乱暴な者が多い、村人は脅されているのではないか?
↓
話を聞いてみるも、誰も口を割らない、洗脳されている可能性が!
↓
男爵が話をした人々の中で、獣人に肩入れして聞く耳を持たない者は危険だ、だから拘束する。
↓
副団長が何も言わないのを良い事に、異端審問(私刑)開始。
という話し。
正直に喋れば許して貰えると思うなよ?
なんて口にしそうになったとたんに、男爵が椅子を蹴倒して僕の足元で土下座した。
良い大人の土下座とか、マジでヒく。
「なんの積り?」
なるべく丁寧に接しながら集団生活を送ろうと思っていたハズなのに、口を突いて出たのはぶっきらぼうで短い乱雑なセリフ。
言葉使いも荒くなってしまった‥‥。
「吾輩‥‥、いや、部下を操っていたのは私です!この者達は私のせいで‥‥」
床板を踏み抜く音で止まる男爵の声。
部下三人は、僕のジジョウチョウシュ(拷問)前の時点で状態異常では無かったハズ。
つまり、自分の意思によって、僕に‥‥もとい、レーネさんに物理的、性的暴行を加えた事になる。
冗談じゃない‥‥。
「冗談じゃない!」
全力の怒号がビリビリと建物全体を揺らし、天井から埃と木くずが落ちてくる部屋の中でレーネさん以外の全員が涙目で頭を抱えていた。
■■■
結局、話し合いという話し合いも出来ずに解散の運びとなった村の今後を決める会議。
最終的に、中立な立場足り得ない僕は自主的に退場する事にした。
慌ててスメイに転移していったレイクが少し羨ましく感じる。
何と言うか、自由に、誰にも縛られず彼方此方へ旅が出来ると言うのは、前世から現在に至るまで、僕の人生全てで考えても、魅力的に写ってしまうのだ。
『シーカーズでも、その前の研究の手伝いでも方々遠くに行ったけれど、結局仕事だったしなぁ‥‥』
世界各国含め、生体調査やらもの探しやらで色々と行かされた。
良い経験になったのは間違いないけれど、自由な旅とは程遠かったし、仕方ないと言えば仕方ないか‥‥。
とか、郷愁に浸りながら日向ぼっこをしつつ会議が終わるのを外で待っていると、視界の端に半透明の精神体版六呂が浮いていた。
『おい、六呂、レーネさんに何て言った?』
『おぉ、重蔵。良い天気じゃなー』
すっかり忘れていたけれど、コイツのせいで昨晩僕はレーネさんにゲロを浴びせかける事に‥‥。
失礼、吐瀉物を恩人に噴射する事になったのだ。
‥‥ここだけピックアップすると最悪な情景だコレ。
『兎も角、質問に答えろ。さもないと今度こそどっかに押し込めるぞ』
『‥‥ふん、重蔵は今でこそ雌の体構造じゃが、いじくればすぐにでもアレが生える。と教えたダケじゃい』
「マジかよ‥‥‥‥」
思わず独り言が漏れた。
こうして、僕の結構大変な数十日が幕を開けた。
今思い出しても、というか、このタイミングで思い出すとか、考えなしも良いところだった。
これから通る道が、けもの道から茨の生い茂る崖伝いの細道に変った気がする。
あーーーー、憂鬱だ‥‥。




