♯67 旅の途中 ―犠牲の無い夜
「父上、父上!お顔色が優れませんが、大丈夫ですか?」
意識が別のところに向かっていた私に、息子の声がかかる。
「あ、あぁ、済まない、大丈夫だ」
短く答えて、今後の事を考えるも、なかなか良い案が浮かばず疲労していく頭に手を当てる。
先頃、領地にほど近い不干渉地帯に拠点を置かせた盗賊共からの伝令で、私達の思惑が上手くいかなかった事を聞いた。
どうやら近隣の森に現れた魔物、いや、魔獣か、二体の魔獣が計画を邪魔したらしい。
ここ十数年、魔獣どころか魔物による大きな被害も無く安定していたというのに、ここにきて急に伝承に伝え聞く様な脅威が現れる等、誰が想像できようか‥‥。
そもそも魔獣だなどと‥‥、バカバカしい話だ。
「それで、先ほどの客人は一体?」
「うむ、彼はお前の雇った冒険者とは別口で用意した偵察者でな、今後、領内でも不穏分子が出ないか等、色々と力を貸してもらう事になっているのだ」
納得した様に頷く息子の肩を笑顔で叩く。
「今後、お前達が領地を守っていく事になる、不安材料はなるべく残さず、管理しやすくしておくのも先達の務めだからな」
「父上‥‥、有難う御座います!必ずや私も、御役に立ってみせます!」
息子の頼もしい一言に頷き、今後の動きを考える。
さて、どうしたものか‥‥。
▼フォロール公爵領 公爵邸
「では、報酬については契約通りに。既に報告は済ませて有りますのでギルドにて御受取下さい」
整った身なりの老人が、折り目正しく一礼する。
「えぇ、また何か有りましたら、よろしくお願いします」
領内に戻ったグランリオンの三名と第四公女ヘピテ、公爵家侍女長のオルノラの計5名は、執事長のパードに出迎えられ無事を喜ばれた。
その後、グランリオンの三名は契約内容と報酬の再確認を終えてギルドに向かう。
ヘピテとオルノラは、当然屋敷に戻る事になったのだが、二人はそのまま領主であるゲリュスに呼ばれる事となった。
口を噤む娘と侍女に困ったゲリュスだったが、結局その場は無事に帰ってきた事に笑顔で頷き、懐かしい香木の枝を受け取って解散する事にした。
ギルドに到着したグランリオンの面々は契約通りの報酬を受け取り、それぞれが必要物資の補充を含めた自由行動をとる事にして、此方も解散の運びとなった。
フォロール領の夜は、こうして更けていく。
伝承に登場する魔獣の影が静かに近づく事に気がつく者は、残念ながら誰一人として存在しなかった。
■■■
内心でため息をつきながらトボトボと歩く僕の頭上で、素体を手に入れて上機嫌な六呂がひっくり返ったまま鼻歌を歌っていた。
面倒臭い事になったのは、もうこの際仕方が無い。と、何とか己を奮い立たせては見たものの、これから盗賊を殲滅して、朝には公爵領にまで行かなければいけない事を思うと奮い立たせた筈の心が萎れていく様だ。
「主は少し考えすぎじゃないか?」
「何がですかー?僕は別に何も考えてないですしー」
今は盗賊のアジトになっている砦跡地の中で六呂が見たという諸々を思い出して、精神的に参っている僕からすると、六呂は特に考えなしに写ってしまい、態度も自然、雑になっていく。
「やれやれ、この程度の事など重蔵の周りにも転がっとる、ただ主らが気付かぬふりをして生活しとるだけじゃろうに‥‥」
呆れた様に頭上で首を振る六呂。
更に落ち込む僕。
分かってるんだ。探し屋だった時だってこういう事に遭遇した事もあるし、ネットで胸糞悪くなる話を目にする機会だって残念ながら有った。
「別にさー、ゲームや漫画じゃないんだから、薄汚い部分とかってのも有るってのは知ってるんだけどね‥‥」
だからって、ハイソウデスカ。と納得して見ないふりを出来る程、シンプルには考えられない。
それこそ、つい一か月ちょっと前にまざまざと見せつけられた訳だし‥‥。
ザワリと毛皮の色が黒ずむのを感じる。
「むぅ、寝づらい‥‥」
「人の頭の上で寝ないでよ」
そんな会話をしていると、砦跡地が見えてきた。
見張りはいるのに罠は確認できず、この世界の杜撰な防犯対策に少しだけ感謝した。
■■■
「どーもー、御邪魔しまーす」
不意に響いた声に驚き視線をやると、そこには見た事も無い異形の獣人が立っていた。
普通、獣人といえば人の顔と体にその動物の特徴を多少足した程度のはずだ。
「‥‥手前ぇ!何者だ!?」
酒瓶を手元に置き、立てかけてあった両手剣に手を伸ばし、大きな音を立てて椅子を蹴り倒す。
奇妙な模様に野獣の眼光をしたソイツは、大仰に両手を広げてから口を開いた。
「敢えて何者かと答えるなら、曲者が一番しっくりくるかな?」
「ふざけやがって、ここは俺達【絶望齎す軍団】の塒だ、こんな所まで入ってきて、無事に出られるたぁ、思ってねぇだろうな?」
「フスッ」と鼻で笑う獣人を警戒しながら、移動して剣を構える。
傭兵団で鍛えた腕は、盗賊に身を落とした今でも俺を裏切らない。
相手を視界に捉えながら移動して、ふと疑問が口を突いた。
「なんで、誰も来ねぇんだ‥‥?」
今夜は特に警戒しておく様に言ってある。
豪快な音を立てて砕けた椅子をチラリと見て心の中で頭を捻った。
あれだけの大声に派手な音を出したのに、未だに誰一人ここに来ないってなぁ異常だ‥‥。
「うん?誰も‥‥って、当たり前じゃないか。グダン、君の仲間はもう、一人として生きていないんだから」
不意に名前を呼ばれて嫌な汗が噴き出す。
この辺に流れてきてからは一度も口にしていない本当の名前だ。
「てめ、手前ぇ、一体、どうしてその名を‥‥、いや一人も生きてないって‥‥」
自然と後ずさる足が止まる。
いや、縫いつけられたように動かない両足。
視線を外せば忽ち命を奪われる事を恐れながら、それでも別の恐怖を払拭しようと自分の足に向かった視界。
そこには見慣れた自分の足以外に何が有るでもなく、安心した直後に慌てて視線を戻すと、そこには誰も居なかった。
妙な格好の‥‥昼間見たバケモノと同じような模様のアイツは、一体‥‥。
■■■
「あ、ちょっと六呂ぉ‥‥、もっとちゃんと、悪い事した人には反省した上で償って貰うべきだと思うんだよね、僕は‥‥」
もう少し怖がってもらって、その後に牢屋まで引き摺って行こうと思ったのに。
「知らんよ。よし、約束通りこれで全部じゃな。んーん、やはりレベルは上がらなんだか‥‥」
腹部から黒い液体を垂れ流しながら痙攣する盗賊の頭目を見ながら、肩を竦める。
「それこそ知らんよ、ま、レベル上げってんなら、大人しくダンジョンでも見つけて篭るんだね」
ゲームの基本はレベリングと下準備から、と、昔友達に諭された気がする。
あの時は僕が細かいレベル上げを放り出して中ボスに殺されまくった時だったか、下位装備で上位モンスターに挑んでボッコボコにされた時だったか‥‥。
どちらでもいいか。
グダンの見た目や性格とは裏腹に机の上で整然と並んでいる書き物に目を落とし、心の中でアーサーにお礼を言って読み進める。
同行中、何だかんだと文句を言いながら文字や基本的な言葉を教えてくれて、ドワーフ語と標準語(?)を話して読み書きできるようにしてくれたのだ。
アーサーマジ救世主。
馬鹿な思考で読み終わった紙を一枚ずつグシャグシャに丸めていく。
相変わらず、この世界は何処までも薄汚い面を見せつけてくれる。
「六呂、少ししたら伝令が来る時間らしいから、ここに到着する前に食って良いよ」
「ほう!ならば行ってこよう!」
「あ!悪そうな奴ら‥‥だけ‥‥、聞こえてないか‥‥」
一つため息を吐いて、牢獄に向かって足を向けた。
今夜の大一番だ。
明日に備えて手短に済ませたい‥‥。
毎度有難う御座います!
食中毒の様で、ちょっと復帰に時間をいただく事になりそうです。
次回更新は、暫くお待ちいただければ幸いです‥‥。




