♯61 黒い毛虫、白銀の人、青い獣 @重蔵、人間止めるってよ。
過激な表現が含まれますので、苦手な方はご注意を!
▼ヴォルパ村 門前広場
「それにしても、チグハグっつーか‥‥、お前のご主人様は不思議な奴だなぁ」
ほんの数分前に門や外壁の一部を吹き飛ばして走り出した獣人を思い出す。
「いや、走り出そうとして、吹き飛ばしたんだったか‥‥?なあ、君は喋れんの?」
異様な存在感を放ちながら隣に存在する毛虫に話しかけると、此方に頭を向けて糸を伸ばしてきた。
ゆっくりと俺のこめかみにくっつく、不思議な糸。
『喋れないけど、レクスはおしゃべりできるよ。レクスにごようじ?』
まじかよ。
「‥‥すげーな、君も、重蔵も‥‥」
『じゅうぞうはすごいね、やさしいよね』
甘くはあるな。それは間違いない。
「‥‥まぁ、そうだな」
一度目の人生を振り返っても今回が初めてという、貴重な体験(巨大な毛虫と会話)をしながら視線を前方に戻す。
目の前には、大小様々な、夥しい量の蓑虫。
自由意思を失ったこの村の人達と、そう仕向けた調査団とやらの奴らだ。
今はレクスのスキルと魔法によって縛り上げられ、俺の状態異常回復魔法で、一人ずつ正常に戻している最中だ。
どいつもこいつも意識は失っているものの、状態異常から回復するなり安らかな寝息を立て始めていて、心底イラつく。
俺が来た時に見た重蔵の顔、携帯が有れば写真残して目ぇ覚ました連中に見せてやりたいくらいだ。
それくらい、マジでこの世の終わりみたいな顔してた。
大して気分は晴れないが、重蔵の説明を聞いた俺は、アイツが走り去った後、首謀者である調査団の男爵野郎を、思い切り殴ってやった。
今は地面に転がっている。
「‥‥、うし!これで完了っと!それにしても」
視線を受けたレクスが、頭に?マークを浮かべた。
重蔵がコイツを召喚(多分、特殊召喚)した時には、呆れと感心が半分だった。
重蔵が、村人を最優先で調査団含めて全員無傷で拘束する様に命令した時は、完全に呆れた。
レクスが無色の魔導輪を広場に集まった全員の足元に設置した時には心底驚き。
一秒の隙も無く、本当に一瞬で一人も余さずに重蔵の注文通りに無傷での拘束を終えた時には、心底ゾッとした。
「本当、君らが敵じゃ無くて良かったわ‥‥」
『レクスは、じゅうぞうのみかただだよ?ん?みたか?だよ?』
「台無しだよ‥‥」
苦笑して見上げた空には、満点の星空が広がっていた。
レクスが全身から黒い光を発したのは、そんな瞬間だった。
■■■
血ノ色が
クろ
染まッて
■■■
「‥‥ゾ‥‥‥ウゾウ‥‥ジュウゾウ!!」
不意に意識が覚醒する。
レーネさんを助けなければ、そう思い
『‥‥‥助けるって?どうやってだよ‥‥』
部屋を‥‥、いや、多分部屋だっただろう場所を見渡すと、ごうごうと燃える黒い炎の塊が一つだけ浮かんでいる空間に、僕達は居た。
意識を失っている間に何が有ったのかは薄らぼんやりとしか覚えていないけれど、犯人は僕。
被害者は、全身を焼き焦がされ、耳障りな呼吸音を出し続けている、不快な三つの肉塊で、目撃者はこの部屋に囚われていた人の内、牢獄の中にいた皆だ。
「『皆、無事、デすカ?怪我ハ無い、デスか?』」
振りかえって視線を送ると、ラータさんを筆頭に、憔悴しきった様子の初狩りで一緒に行動したオッサンのダーフさんを筆頭に五人、レーネさんのお隣さんの双子の子供たちに、ガーバさんが居た。
殆ど全員、爪は剥がれ、拳は血に塗れて、恐らく鉄格子に挑み続けたのだろう凄惨な有様だ。
丸く鉄格子の無くなった牢屋の中で、オッサン達とガーバさんが、他の皆を背に庇っているのが分かる。
「怪我は有るけど、死にはしないさ。それよりもジュウゾウ、本当に‥‥、本当にすまない‥‥」
「『イえいえ、此方こソ、デす。今は村ヲ離れるべキでハ無かったです。済みマせんデした』」
意識を失っている双子を除いて、皆沈痛な面持ちになっているけれど、それも仕方のない話だ。
「儂らが付いていながら‥‥こんな‥‥」
言葉を詰まらせて、涙を流すラータさん。
普段はぶっきらぼうな、ややもすれば乱暴に映る彼女も、根は優しい。
いつも怒った様な顔で雑な受け答えばかりのダーフさんやラーダさん含め、オッサン達も。
次は自分が酷い目に遭うかもしれないというのに、鉄格子を素手で引っ掻き、殴り続ける程に。
この村の人達は、言葉使いが荒かったりもするけれど心の優しい人たちばかりで、だからこそ、僕も居心地が良かったんだろう‥‥。
優しい世界だったのだ。
皆のすすり泣く声を聞きながら、そんな事を考えつつ、僕の思考は先刻までの惨事に移って行った。
■■■
消し飛んだと言ってもおかしくない勢いと衝撃で塵と化した扉を体に浴びながら室内に侵入すると、目の前には吐き気を催す空間が広がっていた。
三角木馬に、磔台、鎖に鉄格子、様々な鞭に、暖炉と鉄印。
流石にアイアンメイデンみたいな大がかりな物は無かったけれど、鉄製の椅子にこびり付いた血の跡には、流石に眉根が寄った。
所謂拷問部屋だ。
拷問部屋の内部に視線を彷徨わせると、下半身を露出し、今まさに欲望を吐き出したと思しきドワーフの男と、その肩を掴み笑ったまま固まったドワーフの男、牢獄の鉄格子の前には、無表情に鉄の剣を地面に突き立てて直立不動だった姿勢から、此方に剣を構える途中の人間の女。
敵は3つ。
牢獄の中に、親しくしてくれていた、所々に傷がつけられた村の皆を見つけて大声で叫んだ。
驚き慌てるドワーフの男たちが、傍らに置いてあった剣を持ち、少し移動して構えた際、奴らの後ろに設置された簡素な木の作業台の上に、今度はレーネさんを見つける。
どれほど痛かっただろう
どれほど苦しかっただろう
どれほど怖かっただろう
どれほど辛かっただろう
どれほど
どれほど、悲しかっただろう。
泣き腫らした目元は赤く腫れ、痛々しい程に涙に濡れた頬は、何度か叩かれたのだろう口元には血の固まった跡すら見える。
今朝がた、家を出る前に着ていた寝間着は既に布切れの様相を呈しており、申し訳程度に肩口に残っているだけ。
全身に鞭で打たれた様な、目を覆いたくなる様な傷を付けられ、光の無い目で此方を見ている。
「‥‥じゅ‥‥ぞ‥‥?」
僕の意識は、そこから途切れ途切れになった。
視界はセロファンを通した様に赤く染まり、心の中を憎しみが埋め尽くす。
全てがどうでもよくなった。
全てを壊しつくしたいと思った。
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狂気よりも狂気に満ち、自身の中で何かが組み替わる様な感覚の中で、重蔵は全身から黒炎を吹き上げながら泣き声とも叫び声とも判別の付かない悲痛な音を吐き出し続けた。
一番に切り掛かってきたドワーフを視線で威圧しその場に倒れさせ
次に向かってきた人間の女を怒号で弾き飛ばし鉄格子に叩きつけ
大音響の咆哮で腰を抜かした、レーネに暴行したドワーフの目の前に一息で移動し、腕を握りつぶしながら持ちあげた。
聞くに堪えない悲鳴を上げて涙を流すドワーフを振りまわし、腕が千切れて宙を舞えば足を掴んで振りまわし、その足が千切れたら、今度は草臥れた髪の束を掴んで上下に振る。
ズタズタになった傷口は、黒い炎で焼かれ、既に炭化していた。
意識を失った時点で興味を失った様に無造作に放り投げ、血の涙を流しながらレーネの下へヨタヨタと歩を進める。
「じゅ‥‥ぞ‥‥、おか‥り‥‥、‥‥めん‥‥ね‥‥」
聞き取る事すら困難な、泣き潰し、掠れた声で呼びかけるドワーフの少女を前に、重蔵は歯を食いしばり、唸り声を上げる。
深い海を幾重にも重ね、静かに降る雨を幾度も繰り返す様な、悲しい声‥‥、悲しい音だった。
既に限界は超えているであろう、震える腕を伸ばして、必死に重蔵の血涙を拭いながら、振り絞って声を出すレーネ。
「‥‥な‥ないで‥‥。‥‥あの‥‥ね、‥‥あたし‥‥、じゅ‥‥ぞうの‥‥と、ずっと‥‥‥」
唐突に重蔵の、未だ炎が上がったままの背中に、剣が突き立てられた。
ドワーフのみで構成されたクローシュメル男爵の調査団において、その剣技と知略を買われ試験を通った、人間種で唯一の入団者、副団長のバレイン・ストーツが、決死の覚悟で研ぎ澄ませた一撃。
普段であれば、並み居る悪人を切り払い、魔物を滅ぼす筈の自慢の一振りは、しかし重蔵の黒く染まった全身の内、毛の一本すら、断つ事が出来なかった。
驚きに目を見開き、距離を取ったバレインは、愕然とする。
彼女の覚悟を嘲笑うかの様に、ドワーフの少女の傍から離れない、真黒な獣人が、此方に意識すら向けなかったからだ。
獣人の六本にも及ぶ尻尾だけが、目に写る制止した時の中にあって、異様に動き回っている。
今度は少し離れた位置に戻り、自分がブチ当たり、ひしゃげた鉄格子の中にいるドワーフ達を質にしようとしている。
しかし、残念ながらそれは叶わなかった。
会話を終えたらしい、振りかえった獣人と目が合うなり、息をのんだ様な短い悲鳴を洩らして、全身から力が抜け、座り込んでしまったが故‥‥。
黒い炎が収まりだし、彼女の目の前に現れたのは、伝承に登場する災厄種の魔獣を、
規格外の巨体に、全てを薙ぎ払う凶悪な魔獣を、
無理やり人の大きさに押し込めただけの、黒い黒い、憎悪の塊だったのだから。
魔獣の後ろ、ドワーフの少女が居た筈の場所からは、黒い炎が上がっていた。
豪炎の球体は、光を放つというよりも飲み込むように輝いており、まるで世界中の負の感情を混ぜ合わせたかの様に、猛り狂っているのが、分かった。
彼女が死を覚悟したのは、正にその瞬間だった。
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「『なあァ、ソこの人間種、お前ハ、何でコンな事を許シたんだ?』」
死を覚悟して瞑った目を、いつまでも下されぬ裁きが訪れない事に驚き開いてみると、そこには血の涙を流し続ける、獣の顔が有った。
「‥‥っ!!」
「『ンん?聞こえテおルか?人間種、何故、同ジ女子ガ、非道ナ目に遭っていルのを、止メラれなかッタんだ?』」
私は答えられない。
自分の行いが、クローシュメル男爵を助け、男爵の行いが、人々を助けると思っていたから。
「!!っあああああああああああ!!!」
ゆるりと向けられた手が、徐に肩口をつかみ、鎧諸共に握りつぶされる。
「『何だ、そんナニ大きな声が出セるなら、答えられるダロウに』」
涙で滲んだ視界で、獣人の‥‥、否、獣の顔が、不思議そうに思っている様に動いた気がする。
「‥‥わ、私は‥‥」
「『うン』」
「うぐっ‥‥!私は、男爵の為に、行った行為は‥‥、いつかは人々の為になると思って‥‥」
痛みの許容範囲を超えて麻痺した、すでに揺り返すようにしか痛まない肩を押さえて、呻きながら言葉を紡ぐ。
以前紹介された際に、獣人にしては理知的な受け答えを見せた者の名で呼ばれた獣は、私の言葉の途切れる隙間に相槌を返している。
「『それデは、あノ女子の受けタ仕打ちも、いつかは人々の為にナると、そう思い、目こぼしヲした訳かな?』」
何も言えなかった‥‥。
獣の顔が、今度は悲しんでいる様に、痛々しく動いて見えたから‥‥。
「『そウか‥‥、‥‥そうか‥‥』」
チリっと、何かが焦げる音が聞こえて、未だ鼓動に合わせて時折痛んでいた肩口に、再度の激痛が襲いかかった。
「あぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
歪んで肉に食い込んだ鎧が赤熱し、ジュウジュウと音を立てて傷口を焼いていく。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅ!!!!ゆ、ゆるし‥‥、許して下さあああああああああああああああああああ!!!」
「『さて、さて、わしモそコマで、鬼ではなイ』」
バキリ、バキリ、と鎧を破壊しながら装備が外されていく。
新たな恐怖に苛まれながら、獣の声に耳を向けつつ、言葉を絞りだそうとして
「も、申し訳ありぅあっ!!申し訳、ありませんううううううううううううううう!!!!」
肩に食い込んだ鉄の板すら無理に引き剥がされて、再び声が乱れる。
「『‥‥‥、僕ニ謝る必要は有りませン、僕は貴女に、彼女と同じ苦しみを‥‥』」
不意に虚空を見つめて言葉を途切れさせた獣は、数秒を置いて私に宣告する。
「『失礼、彼女の受けた苦しみ以上の地獄を、差し上げるダけですかラ』」
死ぬよりも辛い死刑宣告に、今度は心が大きな悲鳴を上げた。
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何十回も、何百回も傷を付けては黒い炎で焼き、今度はオレンジ色の炎で傷を再生させる事を繰り返し、遂には言葉が消え、反射的にビクンビクンと痙攣する以外の反応を示さなくなったバレインを、血涙を流したまま冷たい視線で眺めていた重蔵は、不意に興味を失った様に動きを止める。
意識は殆ど残っていなかったけれど、彼の心を満たし続ける憎悪は轟々と、業々と燃え盛っていた。
そして、その憎しみの感情に呼応するが如く次々と発現した、相手の苦痛を何倍にも引き上げたり、感じる時間の流れを操作するスキルや、対象の耐久力や防御力を上げて、本来なら対象者を守る為の魔法が、全身を苛む痛苦に苦しむ三人の地獄を更に加速させ、延長した。
重蔵は霞んでぼやけた視界と、途切れ途切れの意思の中にあって、それでも望む力が湧き出続ける事にすら構わず、苛烈な嚇怒を吐き出し続けたのだった。
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僕は彼女の力になりたかった。
優しく微笑んでくれる、大切な人を守りたかったハズ。
なのに、目の前では黒い火の塊が、相変わらず燃え続けている。
一度だけ‥‥、例え死者への愚弄だと罵られようと、せめてもう一度だけでも、彼女に会って‥‥
「『‥‥会って、何を言うんだ‥‥」
「ジュウゾウ‥‥」
魔法の余波か暴れまわった際に削ぎ落したのか、それすら曖昧でいつ開いたのか分からない鉄格子に出来た丸い穴から出てきたラータさんの声が聞こえた。
「‥‥何でこんな‥‥、何の為に強くなって‥‥、何の為に‥‥」
言葉が続かない。
つい先刻までは出来ていた冷静な振りも、今はどうやっていたのかすら分からなくなっている。
半分近くが土砂に埋まった部屋の中で、僕は涙を流し続けた。
これにて第四部は終了です。
少し迷いましたが、この様な結果になりました。
次章の二話目をお楽しみに。




